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死神からのラブコール?

由衣は思い切り不機嫌だった。

「・・・・・・初めて自分の部屋に入れる男の子が
・・・よりによって・・・何であんたなの・・・・」

道路で立ち話もなんだから、仕方なく自分の家に連れて来た。
この『案内人』と名乗る奇妙な少年『1285号』
「僕の姿は君にしか見えないですよ」・・・と言うので
・・・半信半疑で「もしお母さんに見えたらどう説明しよう」と思いながら連れて来たが・・・
玄関で私達を出迎えたお母さんの目には彼の姿は映っていないようだった。

「すみません・・・」
恐縮したように部屋の隅にちょこんと座る少年。
由衣はベッドに腰を降ろし、少年に詳しい説明を求める。

「渡辺由衣さん・・・君の人生のプログラムはさっきも言った通りあのワゴン車に
跳ねられ全過程終了する予定だったんです」
「でも私・・・生きてるわよ?」
「はい。僕が予定を・・・狂わせてしまいました」
そう言って少年はへらっと笑う。
由衣は・・・そこで気がついた。
「あの金縛り・・・貴方の仕業・・・?」
「そうです」

少年は立ち上がり部屋の窓を開け・・・日も落ちすっかり暗くなった
夜空を見上げた。
「狂った予定を修正しに、きっと誰か・・・来ます」
「修正?」
「管理人・・・いえ、君たちの言い方で言う所の『神様』はカンカンに怒っていますよ
・・・僕のこと」
少年は少し肩をすくめ苦笑いした。
「僕の手に負える奴が来るといいんですが・・・」




プログラムの修正・・・要するに私を殺しに来るわけか・・・・・
頭で理解しても・・・・どうも現実味がなくて・・・由衣は自分の置かれた状況を
実感できずにいた。

・・・そんなことよりも・・・・少年のくるくると良く動くおっきな瞳を見ていたら
・・・・・・・昔飼っていた愛犬『太一』を想い出す・・・・。懐かしい・・・。

「ねぇ・・・『1285号』ってあなたの名前?」
「はい。・・・名前というより識別番号ですけどね」
「呼びにくいから『太一』って呼んでいい?」
少年は一瞬大きく目を見開き、嬉しそうに笑った。
「名前付けてくれるんですか!!嬉しいな!!太一かぁ・・・嬉しいなぁ!!」
本当に嬉しそうに笑う少年・・・太一を見て、由衣は犬の名前を付けてしまった
ことに多少の罪悪感を感じる。でもまあ、犬の太一は由衣にとってかけがえのない
大切な家族だったし・・・まぁいっか・・・と思った。







「あのさ・・・太一は何で自分の仕事を投げ出してまで私を助けてくれたの?」
「ドキドキしたから」
「はぁ?」
「君を見た瞬間、胸がドキドキしたんです。こんな気持ち初めてです」
そして太一は・・・透き通った無邪気な笑顔で言う。
「君みたいなかわいいコ見たことない」




・・・これは・・・愛の告白だろうか・・・・由衣はため息を付いた。
実は由衣は告白されたこともしたこともなかった。
由衣自身誰かに『恋』したこともなく・・・周りの友人たちがそんな話題を
していても『どうして自分は・・・』と、そのことで悩んだこともなかった。
かといってまるっきり興味がなかったとは言わないが・・・・。

何で初めての告白とやらも・・・こいつなの・・・・。由衣は心の中で
愚痴を言って嘆いた。





この異常事態なはずなのに緊迫感のない会話に突然終止符が打たれた。

「・・・来ました」

太一が緊張した面持ちで窓の外に目をやる。
由衣も少し体を固くし太一を見つめる。

太一は窓に足をかけ、白い羽をはばたかせて外へ飛び出した。
由衣も窓に駆け寄り外を見る。



そこには・・・夜空を鳥のように飛んで行く太一と、その先に
太一を同じように白い羽を持ち黒い衣に身を包んだ・・・太一より
年上に見える青年の姿があった。
青年のその手には大きな鎌が握られていた。

由衣は机から小型の望遠鏡を取り出し、青年の姿を映した。




そして・・・

由衣は青年を見て初めて恐怖を感じた。

手にした大きな鎌よりもその青年の目が・・・とても恐く感じられた。
太一の仲間とは思えないほど冷たいものだったから・・・・。



一方、太一は青年の姿を確認するなり、ホッとしたような笑顔になる。
「777号!!」
青年・・・777号の元へ飛んで行く。
「1285号・・・お前何考えているんだ・・・」
青年は冷ややかな声で言いながら太一を見据える。
太一は頭をかいて苦笑いした。
「見逃してくれると嬉しいんだけれど・・・」
「見逃せるわけないだろう。前代未聞だぞ・・・こんなこと・・・」
「どうしても・・・だめ?」
「何度も聞くな。これから修正作業をする」
青年は淡々と話す。太一は小さなため息を付き、寂しそうに微笑む。
「だったら・・・しょうがないね。戦うしかないよね・・・」
「1285号。今ならまだ許してもらえるかもしれない。大人しく俺の言うことをきけ」
青年は説得する気があるのかないのか・・・感情のこもっていない言葉を吐く。

太一はそんな言葉には耳を貸さず、言った。
「彼女には生きていて欲しいんだ・・・」
太一は青年を見据えて・・・青年も鎌を構え太一を睨む。





その時、由衣は部屋の隅で体を震わせ泣いていた・・・・。
ようやく実感した、自分の置かれた状況。

『恐い!』『恐い!』『恐い!』
声も出せず泣いていた・・・・・・・。





そんな由衣の気持ちを感じたのか
太一がハッとしたように由衣の部屋の窓に目を向け・・・・
「由衣さん・・・?泣いてるの・・・・?」
太一は由衣の気持ちを感じとり困惑する。


太一はここで初めて気が付く。

『自分はとても残酷なことをしてしまったのかもしれない・・・・』
自分の感情で彼女の運命を変えた・・・・・でもそれは
彼女に恐怖を与えただけに過ぎないのか・・・・?


何も知らない方が・・・・幸せだったのか・・・・?



太一は愕然とし・・・青ざめうつむいた・・・・。



そんな太一を見て青年は少しイライラしながら言った。
「お前は何でそんな『感情』があるんだ?」
構えていた鎌を下ろし話を続ける。
「昔からお前と仕事を組む事が多かったせいか最近は気にも留めなかったけれど・・・
何でそんなに『笑ったり』『落ち込んだり』『悲しんだり』出来るんだ?」
太一は涙をためた目で青年を見つめる。
「お前といると何だか俺まで変になる・・・・『案内人』に感情なんてないはずなのに」
「自分でも・・・よくわからない・・・・」


太一は昔から違和感を感じていた・・・・。違和感・・・みんなと少し違う自分。
他の『案内人』達は太一のように笑わない。・・・笑えないんだ。

自分の中にだけ芽生えた『感情』というものが原因なのか・・・と気が付くのに
随分と時間がかかった・・・・・。
自分の中に芽生えた小さな心。時々辛かったり悲しかったりしたけれど
太一はそんな『心』をとても大切にし受け入れた。


そんな彼が初めて恋をした。


彼はその感情も大切にした・・・・。


とっさに変えてしまった由衣の運命。
すぐに『修正』されることはわかりきっていた・・・。
自分にはそれを阻む力が無い。そのこともわかっていた。
それでもやれるとこまでやってみようと・・・そう思った・・・・。

でもそれは・・・・彼女を苦しめるだけなのかもしれない・・・。





太一は自分を襲う初めての感情にただ動けずにうつむいていた・・・。
『愛しさ』と、どうにもならない『切なさ』そして・・・『自責の念』






『ごめんね・・・』太一は心の中でつぶやき顔を上げ・・・・青年の顔を見た。




「777号・・・君に与えられた修正完了までの時間ってどれくらい?」
青年はしばらく黙って太一を見つめ静かに言った・・・。

「あと24時間」

太一は寂しげに微笑み言った。
「その時間・・・僕にくれないか?」
「・・・何するつもりだ?」

青年の問いに太一は答えずただ微笑んでいた。
「・・・わかった・・・でも24時間たったら・・・修正するぞ」
「ありがとう・・・・」


青年はその場を離れようと太一から目をそらしたが、もう一度太一を見て言った。
「24時間後じゃ・・・お前消されるぞ」
太一はクスっと笑って言った。
「今だってもう手遅れだよ・・・君だってそう思っているんだろ?」
青年はしばらく太一の顔を見つめ・・・・去って行った。





青年を見送り・・・太一は何かを決心したかのように
由衣の元へ戻って行った。

2001.4.26