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死神からのラブコール?

由衣の心は恐怖に占領されていた。
自分はどうなっていしまうのか・・・体が震えて止まらない。

「由衣さん」
太一は由衣に駆け寄る。
「きゃぁぁ!!」
突然肩を掴まれ由衣は悲鳴を上げ力の限り暴れて・・・
握った拳が見事に太一の顔面に・・・当たった・・・。
太一は顔面の痛みを堪え由衣を落ち着かせようと必死になる。
「由衣さんっ!落ち着いて!!・・・あ・・」
もう一度肩を掴もうと思い手を伸ばし・・・その時由衣の暴れた手が偶然当たり
見事に胸を掴んでしまった・・・。

「何すんのよっ!!」

由衣は思いっきり太一を蹴り飛ばした。
すっ飛ばされた太一は床に仰向けで倒れた。
でもこのお陰で由衣、少し落ち着きを取り戻した。


コンコン

ドアをノックする音。「由衣?どうしたの?今の怒鳴り声・・何?」
由衣の母親が声に驚いて様子を見に来たらしい・・・。
由衣は慌てて「何でもない!」と答える。
母親が部屋から遠ざかる足音を確認し
「あんたのせいよ!」・・・と
蹴られた衝撃からようやく立ち直り起き上がろうとした太一の頭をペチッと叩いた。




「由衣さん。安心して下さいね。僕がどんな奴が来ても追い返しますから」
ニコっと笑う太一。
・・・頼りない・・・と思いながら由衣はため息を付いた・・・。
「私の運命が貴方に掛かってると思うとドキドキしてくるわ・・・」

そして・・・由衣は深刻な面持ちでつぶやいた・・・。
「実際・・・私の運命・・・いつどうなるのかわからないのよね・・・・」

太一はそんな由衣を見つめて言った。
「由衣さん。いつどうなるのかわからないのはみんな一緒ですよ・・・」
由衣は太一を睨んだ。
「そんなこと言われて納得できると思うの?」
「・・・そうですよね・・・すみません・・・・」

由衣は素直に謝る太一を見つめ言った。
「・・・ねぇ・・太一・・・あのお仲間さんって・・・どうしてあんなに冷たい目をしているの?」
「え?・・・777・・いや、彼・・冷たい目・・だった?」
777号は『案内人』の中で異端児の太一を唯一相手にしてくれる仲間だったので
由衣の言葉に少しショックを受けた。
でも・・・由衣がそう感じるのも当たり前なのかもしれない。
『案内人』には『心』がないのだから・・・。
「僕ら案内人には心がないから・・・そのせいだと思います」
由衣は目をみはり・・・太一を見つめた。
「じゃあ・・・太一は何なの?」
「僕は案内人の中じゃ変わり者だから・・・」
頭をかいて苦笑いする太一を見ながら由衣は言葉を続ける。


「じゃあ・・案内人さん達は・・・嬉しいとか悲しいとか・・・感じないの?」
「はい」
「それじゃ・・・楽しいことも・・・ないんだ・・・そんなのって・・・嫌じゃない?」
「楽しいとか嬉しいとか悲しいとか・・・そんなのは関係ないんです。僕らの役割は
予定通りあの世に魂を案内する・・・それだけですから」

由衣は太一の言葉を聞き驚き・・・そして寂しく思う。
人や生き物の魂を予定通り奪いあの世へ案内する。本当にまるで『死神』・・よね。
『心』があったら・・・辛い仕事なのかも・・・・ここまで考えて由衣はハッとする。
太一にはどう考えたって『心』がある。

「太一・・・太一は・・・この仕事辛くないの?」
太一はその質問には答えずに別のことを話し出す。

「由衣さん。僕に出来ることがあったら何でもしますよ。何かリクエストありませんか?」
ニコニコしながら言う太一。
「何が出来るの?」
「空を飛べます」
「その他は?」
「金縛り」
「・・・・・・・その他は?」
「・・・・・・・・・・・・」
由衣はため息を付き方を落とす。でも気を取り直しリクエストする。
「空を飛ぶっていうのは気持ちが良さそうね!夜空の散歩がしたい」
太一は微笑み右手でOKマークを作る。


その時母親の「由衣〜!ご飯ですよ〜」と言う声が聞こえ由衣は
Tシャツ、ジーパンに着替え食卓へ向かう。(もちろん着替え中は太一は外へ強制撤去)
夕食の後由衣はそっと玄関から自分の靴を手に取り自分の部屋へ戻る。
部屋で待っていた太一と窓から脱出し夜空の散歩へ出かけた。

太一の腕に抱えられて夏の夜空を飛び回る。
空から見下ろす街の明かりはとても綺麗で・・・・・。


「綺麗だねぇ・・・・・」
由衣は思わず感動の言葉を口に出す。
もし予定通りに人生が終っていたら・・・こんな瞬間なかったんだ。
由衣はそう思い太一の顔を見上げる・・・太一はずっと由衣を見ていたようで
目が合う。太一は相変わらずニコニコしていた。


それから近くの高層ビルの上に舞い降りて、2人並んで座る。
夜空を見上げながら・・・




「ね・・太一・・・ありがとね・・・」
由衣は小さな声で言った。
太一はキョトンとし由衣を見つめる。
「今この時間は太一がくれたんだもん・・・」


それを聞いた太一の犬のような瞳から大粒の涙がこぼれた。
「・・・太一?・・・なに泣いてんの?」
由衣は少し焦った。お礼を言っただけなのに泣かれるとは思っていなかったからだ。

太一はこぼれる涙をそのままに小さな声で話し出す。

「『心』なんて・・・・辛くて悲しくて・・・・痛くて・・・捨ててしまいたい・・・そう出来れば楽なのに」
太一は言っていることとは裏腹に『心』という言葉を愛しそうに使う。


「由衣さんは今までたくさん笑って泣いて怒って喜んで・・・・たくさんの人に会って
いろんな想いを感じてきたんだろうな・・・・・由衣さんの『心』の中にはたくさんの人達がいるんだ・・・」



そう言った後、太一は涙を右腕でぬぐって勢い良く立ち上がる。
「そろそろ帰りましょう。明日も学校でしょう」
ニコっと笑い由衣に右手を差し出す。由衣も太一の手につかまり立ち上がる。


太一は由衣の顔を見つめ、・・今にも消えてしまいそうな澄んだ笑顔を向けた。

「由衣さん。忘れないで下さい・・・・『心』の中にいる人達を・・・大切にして下さいね」


由衣はそんな太一を見て不安になり太一の右手首を掴む。
今にも何処かに行ってしまいそうだったから。
「・・・由衣さん?」
「太一はどこにも行かないよね?最後まで私の味方だよね?側にいてくれるんだよね?」

太一は・・・ほんの一瞬目を見開き、そして微笑んだ。
「・・・最後まで味方ですよ。約束します」








次の日・・・
「じゃあ、お母さん、行って来るね!!」
「気をつけてね」
由衣は玄関までいつもお見送りしてくれる母の顔をいつもより
少し多めに見つめ元気に学校へ向かった。
太一も由衣を見守っていた。

普段と変わらない学校・・・友人たちと他愛の無いおしゃべりをし・・笑い・・・
違っていたのは由衣の心の中。

いつもの会話のはずなのにその言葉一つ一つが愛しくて
友達の顔を自分の目に焼き付けようとしていた。


「由衣今日変だよ?なんか・・・」
友人の一人が由衣の顔を覗き込み聞いた。
「そんなことないよ!いつもと一緒!」
由衣はそう言い両手で友人の頬をムニっとのばした。
「何するのよ〜!」




校庭の大きな木の枝に座り、由衣を見守る太一。
ここから由衣の教室は良く見える。
友人と楽しそうにしている由衣の姿を見つめる・・・。

胸を手でおさえ、その痛みに耐えるかのように由衣を見つめる。
必死で『心』に由衣の笑顔を焼き付けようとしていた・・・・。





そして夜がやってくる・・・・・・・・・。






楽しそうに家族と夕食をとる由衣。
太一は由衣の部屋でその時を待っていた・・・。


もうすぐ24時間・・・。

太一は窓を開け夜空に向かってはばたいた。

夜空には青年・・・777号が待っていた。
太一は青年の側まで飛んで行った。


「約束の時間までもうすぐだ・・・・」
太一の顔を見ながら青年はあいかわらず淡々と話す。

「由衣さんの修正作業の方法は?」
太一は由衣の家を見つめながら聞く。
「彼女にはもう一度事故の起こる日を繰り返してもらう」
「繰り返す?」
青年は頷き言った。
「時間を巻き戻す。この24時間は本来なら存在してはいけない時間だ。
念のため彼女から、この24時間分の記憶も消すよ」
「・・・そっか・・・」

太一はそのまま青年の顔を見ずに夜空を見上げた。
そしてそこに向かって飛び立つ。

青年は太一の意外な行動に驚き、言った。
「何処へ行く気だ?彼女の側にいなくていいのか?」

青年の問いに太一は振り向き笑顔で答えた。
「『管理人』に直談判しに行く!!」
「そんなこと無駄だってお前もわかりきっているだろう!!」




「約束したんだ!最後まで味方でいるって!」
青年はそう言って遠ざかる太一をただ見つめていた。



青年はその時の自分の中から湧き出る得体の知れない痛みに困惑する。
そして夜空に向かって小さく囁いた。

「・・・お前は馬鹿だ!」

2001.4.27