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初めての変身

秀が楓に出会ったのは4歳の時だ。
そっくりな家が2軒並んでいる。
建売住宅で同じ時期に売り出された2件の家。
そこに同じ日に越してきたのが秀の家族と楓の家族だ。
その日から家族ぐるみの付き合いが始まった。
秀の恋も始まった。

「私かえでっていうの!」
ニコッと笑って秀に話し掛ける楓。
楓は・・・可愛い・・・本当に可愛い女の子で・・・秀は一瞬で楓が好きになった。

秀と楓は同い年。
秀は一人っ子だったが楓には1つ下の妹がいた。妹の名前は紅葉。
楓は明るくて元気で活発な女の子だった。
一方紅葉は引っ込み思案で人見知りの激しい子。
秀と楓は出会ってすぐに仲良くなった。
引越しで忙しいお互いの両親をよそに
秀と楓は2つの新居を行き来して遊んでいた。
紅葉はしばらく遠くで2人のことを見ているだけだった。
秀はそんな紅葉にニコッ笑って「いっしょにあそぼうよ!」と言った。
秀の笑顔はおひさまのように温かくて・・・紅葉は一瞬で秀が好きになった。
この日は紅葉の恋の始まりの日でもあった。



この日の夕方・・・お互いの家に帰る時に秀は楓に告白した。
「ぼく、かえでちゃんおヨメさんにしたい!!」
会ったその日のうちに愛の告白!
楓はニコッと笑って「私のことまもってくれるってやくそくしてくれたらいいよ!」・・・と言った。
秀は嬉しくて「ほんとに?ぼく、やくそくする!」と即答した・・・。

側で・・・2人の様子を寂しそうに紅葉は見つめていた。



そして・・・楓はこの約束をその日の内に忘れてしまい・・・。
秀は・・・・・ずっと・・・ずっと覚えていた。
まもってあげる・・・その約束を大切にした・・・。



本当に宝物のように大切にした。




時が流れて・・・。
秀と楓は小学2年生になっていた。紅葉は1年生。
秀はいつもニコニコしていて楽天的な性格。
背はちっこくて、痩せていて・・・もっと大きくなりたいな・・・といつも思っていた。
秀に瞳を向けられると誰でも笑顔になってしまう。
そんな不思議な子供だった。

楓は可愛さに拍車がかかっていた。色白で、肩まで伸ばした髪はサラサラしていて綺麗だった。
大きな瞳、鼻も唇も・・・全てが可愛いかった。
背は秀より高く、秀はそのことを気にして牛乳をいっぱい飲んでいたが、なかなか伸びなかった。

紅葉は地味な子で楓のような人目を引く可愛さはなかった。
いつもおどおどして・・・うつむきがちな女の子。
楓より長い髪を2つ結わきにしていた。


3人は同じ小学校に通っているので登下校はいつも一緒。
学校から帰ってきてからも一緒に遊んでいた。






ある日。
3人で近所の公園で遊んでいると・・・・1人の40歳くらいの男が楓に話し掛けてきた。
男は大柄で上も下も黒っぽい服を着ていて野球帽を被っていた。
男の目の奥は・・・どこか歪んだ感情を映していた。

楓はしきりに話し掛けてくる男が恐くなり秀も男の危険さを肌で感じていた。
辺りに人はいない・・・。
男の子なんだから!!・・・と自分に言い聞かせて楓と紅葉を背中で庇いながら男を睨んだ。
男は突然秀を力ずくでどかし楓の腕を掴みどこかへ連れて行こうとした。
秀は必死になって男の足にしがみついて「楓を放せ!!」とわめいた。

男は忌々しそうに秀を足で思いっきり蹴飛ばした。
お腹を蹴られてその場に蹲る秀。
息が出来なくて痛くて涙が出た。

紅葉は恐怖で動けず・・・泣き出した。



男は嫌がる楓をひょいっと抱き上げて公園の奥にある茂み入っていった。


秀は頭では『楓が危ない!何とかしなきゃ!』と思っていたが蹴られた衝撃で体が動かず
焦っていた。

『守ってあげるって約束したのに・・・』
悔しくて悔しくて・・・唇を噛んだ。









楓を茂みの奥に連れ込んだ男は大きな木に楓の体を押し付けて体中を触り出した。
楓は男が恐くて・・・自分が何をされようとしているのかわからず・・・ただ男が恐いのと・・・
自分を触る男の汗ばんだ大きな手が気持ち悪くて・・・・瞳から涙の粒が落ちる。


助けて・・・・。

楓は助けを求めていた。

パパ・・・ママ・・・恐いよう・・・。

お願い助けて・・・!!

そして

楓が最後に必死で助けを求めていたのは・・・。


「助けて!!秀!!」







楓が秀の名前を叫んだ瞬間。




秀の体に異変が起きた。

泣きながら秀の側にいた紅葉・・・その変化に気がつき秀の体を見つめた。
秀の体がビクッとして・・・苦しそうにうめきながら体を丸めた。
その体が金色の光に包まれて・・・紅葉は目を見開いた。



秀は、体が焼けるように熱くなっていくのを感じていた。
熱くて痛くて苦しくて・・・このまま俺は死んでしまうんじゃないかとさえ思った。
目を固く瞑り歯を食いしばり必死に耐えて・・・しばらくすると・・・今までの苦痛が嘘のように
体が楽になった。
それどころか・・・。
体に力がみなぎり元気いっぱいになっていた。
恐る恐る目を開けてみると視界がずいぶん地面に近く、低いように思え・・・下をむく。
・・・下には・・・白いフワフワの毛が生えた可愛い犬の前足があった。
『あれ?俺・・・4つ足で立ってる・・・・』
秀は自分の状況を徐々に理解し・・・・。
『うわぁ!!俺、犬型ヒーローになったんだ!!』
と結論を出した。
5歳の時、流れ星に叶えてもらった願い事。
秀は1日も忘れたことはなかった。
ただ・・・今まで楓は危険な目に遭ったことなど1度もなかったから
変身するのはこれが初めてだったのだ・・・。

『・・・楓が俺を呼んでくれたんだ!!』
それは秀にとってとても嬉しいことであり・・・同時に楓の身に危険が迫っているということを感じた。

『楓!今行くからね!!』
秀は心の中で叫び、それは犬の遠吠えとなって表された。


一方紅葉は秀の変身する様を一部始終見ていて・・・ポカンと口を開けていた。
紅葉の前に・・・羽のはえた・・・・可愛い犬が立っていた。
先ほどまで人間だったはずの秀の・・・変わり果てた姿。





犬は「わぉーん」と鳴いて白い羽をぶぁさぶぁさとはばたかせて宙を飛び
男が消えた茂みの中へ突撃していった。


ガサガサガサ!!


楓の体を夢中になって触っていた男、突然の音に驚き振り返る。
男の目に映ったのは・・・犬がすごい勢いで男の目の前の茂みから出てきたその瞬間の映像。
犬は男の顔面に体当たりをした。

「うわあああああぁぁ!!」
その衝撃は凄まじく、男の体は後ろに弾き飛ばされ・・・そのまま数メートル先の地面に叩き付けられた。
地べたに這いつくばり、男は痛みに顔を歪ませた。
「う・・・うううう」
男がうめきながら上半身を起こしかけた時、犬はタタタタ!と男に駆け寄り
男の顎に『ミラクル犬キック』をお見舞いした。

男は今度こそ完全に気を失ったようだ・・・。


犬は自慢げに『くふぅーん!!』と鼻を鳴らした。


楓は目の前で起こった出来事を理解出来ず・・・力なく座り込んでいた。
男から解放された安心感と、助かったからこそ感じる心の底から湧き出る
冷たい恐怖。
そして・・・今確かに自分のことを助けてくれた・・・・犬・・・のような生き物。
羽がはえた犬・・・それは楓の心の辞書には載っていない理解出来ない存在だった。


楓の泣きはらした目は赤く染まっていて服は乱れていた。
震える手で服を直しながら・・・瞳から新たな涙の粒が落ちてゆく・・・。

「うう・・・ふぇええ・・・」
泣いてしまった楓の元に・・・犬がゆっくりと近付いて・・・・『くぅーん』と鳴いて体を摺り寄せた。
楓の顔を覗き込む犬の瞳は優しくて・・・。
まるで・・・楓の中の恐怖を取り除こうと必死になっているようで・・・。
気がつくと・・・楓は犬にしがみ付いて泣いていた。
羽がはえててやたら強くて・・・変な犬だったが・・・楓にとってこの犬はヒーローだった。
自分を助けてくれた正義の味方だった。
犬は楓に抱かれながらじっと大人しくしていた。
犬の体はふわふわで・・温かくて・・・心地よかった・・・。






しばらくして・・・楓の涙も止まりかけた頃・・・犬である秀の体に再び異変が起きた。
先ほど変身した時と同様、体が熱くなりだしたのだ。

元の姿に戻ってしまう!!・・・そう感じた秀、ゆっくりと楓の腕の中から体を離し
タタタッと茂みの中へ走りこんで姿を消した。

プライベートヒーローは守っている人に正体を知られたら・・・その力をなくしてしまう。


必死になって茂みを抜けて・・・ちょうどその時タイムリミットが来たようで、
金色の光に包まれ・・・その光が跡形もなく消えた後には元の姿の秀が立っていた。

『・・・元にもどっちゃた・・』
下を向いて自分の体を確認した。
秀は少しがっかりした。そりゃ元に戻れなかったら大変なことになるが、
もう少し楓の側にいてあげたかったのだ。



何とか正体がバレずに済んだとホッとして「ふぅ・・・」とため息を付き、顔を上げると・・・
そこには自分を見つめる紅葉の姿があった。



秀は焦った。一部始終を紅葉に見られていたのだ。

秀は紅葉に駆け寄り、必死に頼み込んだ。
「紅葉、今のこと・・・俺が犬に変身したこと・・・誰にも言わないで!!特に楓には絶対言わないで!!」
秀の真剣な眼差しに・・・紅葉は何も言えずただコクンと頷いた。

その時茂みの中から犬を追ってきた楓が出てきた。

秀と紅葉の姿を見つけると走ってきて、「犬!羽のはえた犬見なかった?」と言った。



紅葉は黙ったままうつむき、秀はビクビクしながら首を横に振った。

楓は残念そうにうつむき、「そう・・」と言った。
そして・・・キッと顔を上げ秀を睨みつけた。
秀はビクッとして体を硬直させた。

「秀!私・・・助けてって秀のこと呼んだのに・・・来てくれなかった!!最低!」
「ご・・ごめんね」
「秀なんか知らない!!いいもん!秀の代わりにかっこいい羽のはえた犬が私のこと守ってくれたもん!!」
楓は膨れっ面のまま秀と紅葉を置いてズンズン歩いて行ってしまった。

紅葉は楓の言葉を聞いて・・・犬に変身した秀はあの恐い男をやっつけて楓を助けたということを知った。
だからこそ・・・楓が秀を責める姿に胸が痛んだ。
紅葉は秀を見上げ、『本当のこと言わなくていいの?』と目で語った。
その視線に気がついた秀はへらっと笑い「怒らせちゃったね」と頭をかいた。


そして紅葉に右手の小指を差し出し
「俺が変身出来ること・・・絶対に内緒だよ。約束だよ・・・」・・・と、優しく言った。
紅葉はおずおずと自分の右手を上げて・・・指きりげんまんをした。

「紅葉と俺の秘密だね」
秀は微笑みながら言った。
そして紅葉の手を引いて、ずいぶん先に行ってしまった楓の後を追った。




秀に手を握られて歩きながら・・・紅葉は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
秀と紅葉だけしか知らない秘密。
そのことがとても嬉しかった。


家に帰った楓達は親に男のことを報告した。
公園に警官達が到着した時も男は先ほどのまんま倒れていた。
よほど『ミラクル犬キック』がきいたのだろう。
楓の言っていた『羽のはえた犬が助けてくれた』という言葉を警官は信じてはいなかったが
男の顎についた犬の足形をした赤い痣を見て・・・犬に助けられたことだけは本当なのかも・・・と思った。








ギリギリセーフで楓を守ることが出来た。
秀は嬉しかった。
約束を守れたから嬉しかった。
事件の後、楓のご機嫌はしばらくの間悪かったけれど・・・・。
それでも嬉しかったのだ。

2001.7.31