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友情と愛情

「はい、チョコレート。言っとくけど義理チョコだからね」
ニコっと笑ってチョコレートの入った小さな箱を差し出す楓。

「・・・そんな『義理』って思い切り言わなくてもいいじゃんか」
秀はむすっとしながらチョコを受け取った。
『義理』なんて・・・言われなくてもわかってる・・・心の中で・・・呟いた。
「何、むすっとしてるのよ!もらえるだけありがたいと思いなさいよね〜!!」
微笑みながら秀の髪の毛をくしゃっと指でかき回す楓。
秀はそんな楓を見て苦笑いした。
そして・・・2人の姿を少し後ろから見つめる紅葉。
2月14日、登校中の風景。毎年・・・こんな感じである。

秀と楓。中学2年生の2月14日。バレンタインデー。


学校は一緒でもクラスは別だった2人。それでも顔を合わす時間は相変わらず多かった。


ようやく楓の身長を追い越した秀。・・・と言ってもほとんど同じくらいだが・・・。

秀は・・・見ようによってはかっこ良く見えなくはない・・・まあ、そんな感じに育っていた。
天真爛漫な秀は男子にも女子にも人気があった。
女子に人気があると言っても、決してもてているわけではなく、友達としてだ。
だから、バレンタインデーに、チョコはいっぱいもらえるが、本命のチョコは1つもなかった。
・・・いや、たった一つだけ・・・毎年紅葉から贈られるチョコレート。これはバリバリの本命チョコだ。
でも・・・秀は紅葉の気持ちに気がついていなかった。楓と同じで義理チョコだと思って受け取っていた。
紅葉もそんな秀に何も言えず・・・気持ちは伝わらないままだった。

一方楓は学年でもトップクラスの成績で運動も得意。おまけに綺麗で性格も良い。
明るい彼女は男子にモテまくっていたし女子からも好かれていた。
みんな、何でも出来る楓を羨ましがるが、秀は楓が努力家だということを知っている。
楓の努力は『天才』とか『秀才』という言葉に置き換えられ、消されてしまう。
そんな周りの自分を見る目に時々疲れを感じている楓。
秀はそんな楓の気持ちをわかっていた。





「ねぇ楓、チョコレート・・・先輩にあげるの?」
授業中、隣の席の、楓が1番仲良くしている友人、真奈が小さな声で話し掛けた。
楓は照れくさそうに頷いた。鞄の中には2日前に買ったチョコレートが入っている。
「真奈は誰かにあげるの?」
「・・ううん」
楓の言葉に真奈は少しうつむいて言った。



放課後・・・。
「はい。秀君。友情チョコだよ!」
クラスメートの女の子が可愛くラッピングされた小さな箱を渡す。
本日7個目の温かい友情が込められたチョコレート。楓のを入れれば8個目だ。
「ありがと」
「3月14日豪華な見返り期待してるね」
「・・・・このチョコに愛はないのか?」
秀がわざと泣きまねをするとクラスメートは笑って肩を叩いた。
「何いってんのよぉ!愛してるわよ〜秀!じゃあね〜また明日〜」
そう言って投げキッスをして教室を出て行く彼女。
秀はクスッと笑って「こんなんばっか」と呟いた。
誰もいなくなった教室。窓際へ行き空を見つめる。
「あ〜あ。たまには本命になってみたいなぁ・・・」などと情けない言葉を吐いてみる。
・・・・でも秀が本命になりたいのはただ一人。今も昔も変わっていない・・・。

カラッ・・・

静かな音がして教室のドアが開いた。
紅葉がひょこっと顔を出した。
「遅くなってごめんね。秀」
申し訳なさそうに微笑みながら秀の側へやって来た。
朝、紅葉は楓の目を盗み、秀に「話があるの。お姉ちゃんには内緒だよ」と耳打したのだ。

「謝らなくていいよ。そんなに待たされてないし」
秀が微笑む。紅葉の大好きな秀の笑顔だ。
紅葉は・・・今年こそ、今日こそはちゃんと自分の気持を言葉にして伝えよう・・・と心に誓ったのだ。
毎年、楓と一緒に渡しているチョコレートは義理チョコだと思われている・・・それが辛かったのだ。
だから今年は2人きりの時渡そうと決めたのだった・・・。

手に持っていた可愛い包装紙に包まれた箱を秀の前に差し出した。
昨日一生懸命焼いたチョコレートケーキが入っている。
ケーキを焼いている最中、楓が「誰にあげるの〜?」としつこく聞いてきたが秘密は守り通した。
楓には自分の、秀への気持ちを悟られたくなかった。

「チョコレート?」
コクンと頷く紅葉。秀は「毎年ありがとな!」って言って受け取った。
紅葉は秀を見つめて・・・覚悟を決めた。
「あのね・・・・秀・・・・私ね・・・・」
紅葉がずっと言いたかった言葉を口にしようとした時・・・・秀に異変が起きた。
秀が手にしていたケーキの箱が床に落ちていくのと同時に秀自身もその場に崩れ落ちた。
「秀?秀!!どうしたの?ねえ!秀」
紅葉はその場に座り込み必死に呼びかけた。
秀は苦しそうに体を丸め蹲っていた。

やがて秀の体を金色の光が包み込み・・・・
その時・・・・秀も紅葉も何が起ころうとしているのか感じていた。
忘れもしない記憶。
2人だけの秘密。

そして・・・だんだん光が消えて・・・羽のはえた犬の姿が現れた。

犬型ヒーロー参上!・・・なのである。

秀・・・2回目の変身である。


秀は焦っていた。今回は何で変身したのかまったく事態を飲み込めていないからだ。
ただ1つわかっているのは楓が秀を呼んでいる・・・助けを求めている・・・ということだけ。

秀の心に流れ込んでくる楓の心。
『どこにいるの?』・・・・秀は耳を澄ました。
ピクンと耳が動き、窓の外に目をやる。
秀は窓際に飛んで行き、閉まっている窓を何とか開けようとした。
が、犬足で、しかも焦っている秀にはなかなかロックを外すことが出来ず・・・
いったん床に下りて紅葉の方に振り返った。
紅葉は唖然として立ち尽くしていた。
いくら変身を見るのが2回目だからといってもやっぱり驚くなと言う方が無理なのである。
秀は懸命に後ろ足だけで立って前足で窓をかしかし引っかいた。
鼻をひくひくさせて「くぅ〜ん」と鳴き紅葉に訴える。
『紅葉・・・頼む・・・窓開けてくれよ・・・』

紅葉はハッとして窓に駆け寄り一気に窓を開けた。
秀の体を抱上げ開かれた窓のところまで持ち上げた。
秀の教室は2階にある。秀の目に外の風景が飛び込んだ。
「秀・・・手、放すね」
秀はコクンと頷いた。
紅葉は窓の外に秀の体を出して・・・手を放した。


秀の小さな背中の羽がバサバサとはばたき、すごい勢いで飛んで行った。
放課後・・・まだ校庭には人がまばらにいて、部活を終えた生徒たちの姿もあった。
秀は自分の姿を見られてはまずいと木の中を通ったり茂みの中に身を隠しながら楓の居場所を探す。
感覚で・・・わかるのだ。段々近付いてくる楓の気配。
校舎裏まで来て・・・無造作に生えた雑草の茂みの中から鼻先だけ出して辺りの気配を探る・・・。
葉っぱの隙間から楓の姿が見えた。
一人ぼっちで・・・レンガ作りの花壇に腰を下ろしてうつむいている楓。
秀が茂みから出ようとした時、再度体を苦痛が襲った!!

『な・・・何で?まだ楓を助けてもいないのに・・・』
戸惑い、苦痛に耐えながら秀は自分自身の体に戻っていくのを感じる。






ガサッ!

草の音に顔を上げた楓。
目の前に擦り傷だらけ、泥だらけの秀が立っていた。
茂みや地べたを這いつくばったりしていたのですっかりうす汚れてしまっていた。


「よお!どうした?景気の悪い顔して」
ニヤッと笑う秀を見て・・・・楓は・・・クスッと笑った・・・。
でも・・その瞳から大粒の涙がこぼれた・・・・。

秀は慌てておろおろした。
「お前・・・どうしたんだよ!」
楓は泣きながら笑った。
「だって。秀・・・可笑しいんだもん」
「お・・・俺、泣かれるほど変か?」
「違う・・・そういう意味じゃなくて・・・。さっきね私秀のこと呼んだの・・・。小さな声で・・よ。
来て欲しくて・・・側にいて欲しくて・・・・」
楓の瞳から・・・ぽろぽろ涙が落ちる。
「そしたら・・・本当に来てくれるんだもん。秀・・・本当に来てくれるんだもん」
秀は楓の隣に腰を下ろし・・・・静かに聞いた。
「どした?・・・何があったんだ?」
楓は秀の顔を見つめ・・・目を瞑る・・・。
秀の肩に頭を預け・・・・ゆっくりと話を始めた。




「秀・・・私・・・振られちゃった・・・。憧れてた先輩にチョコレート、受け取ってもらえなかった・・・。
でも・・でもね。悲しかったけれど・・・先輩はっきり断ってくれたから・・・私、ちゃんと自分の気持を伝えて
振られたから・・・だから後悔はしてない・・・」
「うん・・・」
「でもね・・・さっき私・・・聞いちゃったの・・・。私の友達と先輩の会話・・・。友達も今日先輩に
チョコレートあげたみたいで・・・先輩はその気持ちを受け入れた・・・」
「うん・・・」
「その後・・・友達は・・・嬉しそうに先輩と話しを始めて・・・そのうち・・・私の話をしだしたの
・・・『今日南川さんからもチョコレートもらいませんでした?』・・って先輩に言い出したの」
「・・・・・・・・」
「先輩は正直に話してた・・・そして『俺、あーゆー子、肩こっちゃって嫌なんだ』って言って・・・・・
それを聞いた私の友達は・・・・真奈は・・・微笑みながら言ったのよ・・・」
楓は手を膝の上で固く握り辛そうに言った。
「『先輩の気持ちわかります。南川さんって完璧で美人で、あーゆー風に何でも出来ちゃう人は
近寄りがたい所、ありますもんね』って・・・笑いながら言ったのよ!」
「・・・・・・」
秀は何も言わずただ黙って楓の言葉を受け止めていた。
「真奈は私の友達よ!友達だと思ってた。・・・なのに・・・・・」
楓は真奈も先輩のことが好きだということを知らなかった・・・。同じ人を好きになっているなんて知らなかった。
楓は先輩のことを隠さず話していた。真奈だけには話していた。でも真奈は・・・秘密にしていた。
友達だからって全てを話せと言うつもりはない。でも・・・・真奈が言った、楓に対する言葉は・・・・裏切りだった。
『何でも出来ちゃう人』・・・何もわかってないくせに勝手なこと言わないで!
どれくらい私が努力していると思ってんのよ!!・・・楓は思いつく限りの言葉を吐く。

偶然廊下で聞いてしまった好きな人と親友の会話。見つからないように空いていた教室に身を隠した楓。
その時の楓は・・・・自分のことを惨めだと感じた・・・。

真奈にしてみれば・・・不安だったのだろう。楓にはかないっこない・・と思っていたのだろう。
嫉妬もあるだろうし・・・そんな真奈を先輩は選んだ。
真奈が舞い上がるのは無理もない。楓に対しての罪悪感もあるだろう。
楓に対しての言葉も・・・・本心ではないだろう・・・・。
でも・・・楓は2度と今まで通りの本当の笑顔を真奈に向けることは無いだろう・・・・。

楓の涙が枯れるまで・・・秀は黙って側にいた。


やがて・・・楓は秀の肩から頭を上げて・・・クスっと笑った。
「それにしても・・・秀、何でそんなに泥だらけなの?」
秀はふふんっと笑って「秘密」・・・と言った。
「何が秘密よ〜!頭に枯葉も乗ってるし〜」
そう言って秀の頭に手を伸ばし葉っぱを取る楓・・・。


その葉っぱを手で遊んでいる楓を見つめて秀は言った。
「俺は知ってるよ・・・楓がどんなにいい奴かってこと・・・俺は知ってる」
楓は一瞬目を見開いて秀を見つめて・・・微笑んだ。
秀は知ってる。
頑張り屋で負けず嫌いで優しくて・・・何に対しても真っ向から受け止め信じてしまう楓・・・だから・・・
今どんなに辛いかも知っている。

楓はもう一度秀の肩を借りて頭を預ける・・・。
「秀・・・男と女の友情ってあると思う?」
秀は・・・・頷いた。
「私・・・秀が一番の親友だと思ってる・・・。親友って言葉でも足りないくらい・・・・
大事な大事な存在だよ・・・」
秀は楓の言葉を聞いて・・・わかっていたことだけれど・・・胸が痛む。

楓は秀を一番の親友だと思っていた。
秀には何も飾ることなく言いたい事を言い合い、笑い、泣きたい時には泣けた。
楓にとって秀は大切な存在だった。
でもそれは・・・あくまで親友としての気持ち。

一方・・・秀は楓を親友だと思ったことは・・一度もない。
・・・・・秀は初めてあった時から楓に恋してる。
でも、楓が秀に求めるものはあくまで『親友』としての自分・・・・そのことを秀は
嫌と言うほど感じている。だから・・・楓への想いは心の底にしまいこんだ。


今回は犬型ヒーローとしての力は楓を発見した時点で必要なくなった。
だから人間の姿に戻ってしまった。
この時楓に必要だったのは・・・言葉を受け止めてくれる・・・ありのままの自分をさらけ出せる
唯一の親友・・・秀だったのだ。





夕日が差し込む教室で床に落ちたケーキの箱を拾い上げてうつむく紅葉。
小さな頃・・・・初めて犬型ヒーローに変身した秀は紅葉にだけ秘密を話してくれた。

『俺が変身できるのは楓が名前を呼んでくれた時だけなんだ。楓が俺に助けを求めた時だけなんだ』
笑いながら秀は言った。
紅葉は秀の気持ちを知っている・・・。どんなに楓のことを想っているか知っている。
だから・・・紅葉は楓に自分の・・・秀への気持を悟られたくなかった。
紅葉の瞳から涙が溢れる・・・・・。
その場に座り込み・・・・泣いた。
「秀・・・・・秀ぅ・・・・」


紅葉がいくら呼んでも秀は来てくれるはずもなく・・・・。

2001.8.2