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俺の名前を呼んでくれ!(後)

楓が名前を呼んでくれなきゃ秀は変身することが出来ない。
楓が秀を必要だと思ってくれなきゃ秀は変身できない・・・・・・。

走って・・・楓を探す・・・・。

ずっと楓を想ってきた秀。

どんなに想っても届かない秀の気持ち。

それでも今まで・・・犬型ヒーローになって楓を守れて・・・・幸せだった・・・・。

住宅街の坂を駆けあがり・・・秀の目に星空が映る・・・・。




ちょうどその時・・・・流れ星が落ちた・・・。










子供の頃願った。

楓を守れる力が欲しかった・・・。

秀は・・・迷わず叫んだ。



「変身させてくれ!!」







その瞬間・・・・体を激痛が襲い・・・・秀の体を金色の光が包む・・・・。



その場に崩れ落ちながら・・・。


『変身・・・出来るんだ・・・・』
痛みと苦しみの中・・・・秀は流れ星に感謝し・・・微笑んだ。
犬型ヒーローに変わっていくのを感じながら・・・直接心に話し掛けてくる声を聞いた・・・。
『まぁ〜た、お前かよ!ったく世話のかかるクソガキだなぁ・・・』

忘れもしない・・・・あの日の『流れ星』の声・・・・


犬型ヒーロー参上!

秀は羽をはばたかせ夜空に舞い上がる。



楓の心を感じる。

恐怖に怯え泣いている楓の心・・・・。

秀はぎゅるんと方向を変え、楓の元へ向かう・・・。





途中、公園内を探し回る・・・昨日・・・車で楓を送っていた男の姿が目に入った。
『あの人・・・水沼さんだ!!』
秀は低空飛行し、水沼の頭上を円を描くように回った。

「ワン!!」



水沼は犬の声を聞いて立ち止まった。
『今・・・・犬の声・・・空からしなかったか?』
恐る恐る上を見る・・・。


そこには。

犬・・・。


「・・・犬が・・・空飛んでる・・・・・」
唖然とし・・・その可笑しな犬を見つめる・・・・。


そして・・・思い出す・・・。

楓が以前話してくれた不思議な犬の話・・・。

『笑わないで下さいね!羽のはえた白地に茶色のぶちがある雑種の犬か、私のことを
守ってくれたことがあるの』
笑いながら楓は話してくれた。
まさに・・・そのまんまの犬が今空を飛んでいる・・・。
冗談かと思ってた。
楓も冗談っぽく話していた。




「本当の話だったんだ・・・・」



犬が必死に水沼を見つめ・・・もう一度「ワン!」・・と鳴き・・・まるで水沼を誘導するように空を飛んで行く。



「楓のことを・・・助けてくれる犬・・・・」
水沼は犬を追って走り出した。

「あの犬は楓を救ってくれようとしている!!」
必死になって犬を追った。










男3人相手に・・・楓は必死に抵抗していた。

「時間はたっぷりあるんだし・・・」
笑いながら楓を見ている男達。
暴れる楓に男達も少し手を焼いていたが、少しずつ追い詰められる楓を見て楽しんでいるようでも
あった・・・。


かなりの時間・・・抵抗していた・・・でも。
楓の抵抗も限界で・・・。
両手両足を押さえつけられ・・・・後はただ叫ぶことしか出来ない。

服を破られて直接肌に触れる男達の気持ち悪い手・・・。

悔しくて悔しくて・・・涙が零れる・・・。

「水沼さん・・・・」
お願い・・・助けて・・・。


楓の必死な叫び・・・。

届かない・・・。

その時・・・・・・・。



ガサガサガサ・・・!

何かが草を踏み分けすごい勢いで近付いてくる。

男達の手が止まった・・・。


一人の男が
「な・・・何だ?この音・・・・」
と言った瞬間!

草の中から犬が飛び出した。


犬は男の顔に食いつき離れない!

「ぎゃあああああ!!」
男が必死になって犬をひっぺがそうともがくが犬の牙は男の顔を離そうとしない。

別の男が落ちていた太い木の棒を拾上げ犬に向かって振り下ろす。

が、・・・とっさに犬は男から離れた。
木の棒は見事に犬に噛まれていた男の頭を直撃し・・・男は倒れた。
男は気を失ったようだ。

棒を持った男は呆然と犬を見つめる・・・。


『この犬・・・羽がはえてやがる・・・』
思わず笑ってしまうその犬の姿も今の男達にとっては恐怖の対象だった・・・。



残り2人・・・・。


犬はゆっくりと楓の側に行き・・・・・楓を押さえつけていた男を威嚇する。

「ぐるるる・・・・」
犬は唸り声を上げ男を睨む・・・。

男は気迫負けし・・・「ヒぃ!」と言って楓から離れた!



楓には何が起こったのかわらなかったが・・・とにかく自由になった体。
・・・体を起こし破れた服を掴んで体を隠す楓・・。
寒さと恐怖で震える楓の瞳に・・・・昔自分を守ってくれた・・・・羽のはえた犬の姿が映る。

犬の後ろ姿・・・。
ふわふわした尻尾。
茶色ぶち。

後姿でもわかる・・・。
楓のヒーローだ・・・。


犬が・・・楓を守るように男達の前に立ちはだかる・・・。













『こいつら絶対許さない・・・・』
秀は怒りで体を震わせた・・・。
『楓をこんな目にあわせやがって・・・絶対に許さない!』



空を飛んでいた秀の方が当然後を追って走っている水沼より先にここに来れた。
ある程度の所まで誘導したが、状況が切羽詰っていたので
秀は途中で水沼を置いて楓の元へ駆けつけた。

いくら犬型ヒーローになっているとはいえ、男3人が相手。
厳しい状況だろう。

でも・・・そんな思いは秀の頭にはなかった。
ただ楓をこんな目にあわせた男達に対しての怒りしかなかった。


あと2人・・・。
男達にじりじりと詰め寄る秀。

一人の男が我を忘れて飛び掛ってきた。

秀はいったん身をかがませ勢い良く後ろ足を蹴った。

飛び掛ってきた男の頭上を飛び越えくるんと空中ででんぐり返しして
男の背中に『ミラクル犬キック』をかました。

男は派手に顔面から地面に激突し気を失った。



あと1人・・・。

倒れた男を見た後、最後の男に目をやる秀。


その時・・・・最後に残された男はこの犬が楓を守っていることに気がつきポケットから
ナイフを取り出し楓の元へ駆け寄っていく。



『楓が刺される!』


秀は何も考えず楓の前に立ち塞がり、体でナイフを受け止めた。

「きゃぅん!!」
犬の悲痛な叫び。
楓の目の前で刺された犬。

お腹に刺さったナイフ・・・。
痛みで身を縮ませる犬に向かって男は容赦なく蹴りを入れる。

「やめて!!」
楓は男を止めようと足に抱きついた。


「うるせえ!」
男は手加減せずに楓の頬を殴りつけた。

楓は弾き飛ばされて・・・意識を失った。


『楓!』
秀は男の足に思い切り噛み付いた。

「痛ぇ!!ちくしょう!この犬!!」
男は半狂乱になって秀を殴りつける。

それでも秀は必死になって噛み続けた・・・。





ようやく河原についた水沼は、わめき散らしている男の声を聞いてその声めがけて走っていた。


水沼の目に倒れている楓と・・・犬と格闘している男を見つける。




「お前!!何やってんだ!」
水沼は男に殴りかかった。

男は・・犬のお腹に刺さったままのナイフに気がつき乱暴に引き抜いて
向かってくる水沼に振り回した。

ナイフは水沼の頬をかすめた。
水沼はそんなことは気にも止めず男を思い切り殴り飛ばした。

男はあっけなく気を失った。


水沼は倒れている楓に駆け寄り抱きかかえる。
コートを脱いで楓の体を包み込む・・・・。





秀は・・・・よろけながらも何とか立って・・・そんな2人の姿を見つめる・・・。


『もう・・・俺のやれること・・・・ないや・・・・』
悲しいけれど・・・・もう楓に名前を呼んでもらえることはないだろう・・・。
今回、楓は・・・きっと恐怖の中水沼のことを呼び続けたんだろう・・・・。
秀にはわかっていた・・・。






「きゅぅ〜ん・・・・」
水沼の耳に切ない犬の鳴き声が聞える・・・。
水沼が振り返ると・・・側に・・・楓を救ってくれた犬がいる。

犬は水沼を見つめていた・・・。
まるで楓のことを守ってやってと言っているような真剣な眼差し。





水沼は微笑んで言った。
「・・・大丈夫・・楓は俺が必ず守るから・・・だから心配すんな・・・」

犬は・・・水沼の言葉を聞いて安心したかのように頭を下げ小さく尻尾を振った・・・。


水沼はこの時初めて犬が酷い怪我をしていることに気が付いた。
「お前・・・その傷・・・・」
そう言って水沼が犬の体に手を伸ばした時・・・・・。



犬は羽をはばたかせ・・・・飛び立った。



「お前!そんな怪我で無理したら・・・」
水沼の叫びも聞かず・・・・犬はふらふらと飛んで・・・姿を消した・・・。

しばらく犬の消えた方を見つめていた水沼だが・・・。
ハッとし、我に返る。
「救急車や警察を・・・呼ばないと・・・」
水沼の頭にはもう楓のことしかなかった・・・・・・。











変身が解ける・・・・。

秀は少し飛んで水沼たちから充分離れたことを確認し・・・再び河原に降り立った。
草むらに倒れこみ・・・自分の体が元に戻っていくのを感じる・・・。
楓に正体をバラすわけにはいかなかった・・・。

秀は水沼を認めた・・・だから『力』を失いもう変身することはないだろう。

だけど楓に正体を知られるわけにはいかなかった・・・・。


人間の体に戻った秀。
でも傷はそのままで・・・。

草むらに仰向けになって夜空を見つめる・・・・。


かなり血が出ている。
「・・・病院・・・行かなきゃな・・・」
のろのろと考える・・・。
でも体はまったく動かなくて・・・・・。

かさっ

秀の胸のポケットから何かが草の中に落ちた。
秀は寝たまま手探りで落ちた物を探す・・・。
手に触れた小さな物を手で握る。

手をゆっくりと胸の所まで持ち上げ・・・・見つめる。

秀の手の中には・・・キーホルダーが握られていた。

『ああ・・・そっか・・・これ、紅葉のかどうか・・・聞かなきゃな・・・』
紅葉・・・犬の飾りが気にいったって・・・・もっと高い物買ってあげられたのに・・・・。
高校に合格した時プレゼントしたキーホルダー・・・。
紅葉は嬉しそうだったな・・・。
ぼんやりと考えて・・・犬の飾りを見つめる・・・。

「・・・これ・・・犬型ヒーローそっくりじゃん」
クスッと笑って・・・。





秀の手からキーホルダーが落ちる・・・・。





草むらに転がったキーホルダー。
キーホルダーの・・・・・・薄汚れた小さな犬が夜空を見つめている・・・・。

2001.8.8