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君を守る人


紅葉の気持ちを楓が知って・・・しばらくたったある日。

大学から家への帰り道、電車を降りた所で偶然顔を合わせた楓と秀。
「秀今日バイトは?」
「今日は休んだ・・・何だか風邪引いちゃったみたいで・・・」
「あらら・・・大丈夫?」
「帰ったらすぐ寝る・・・」
たあいのない会話をしながら家路を急ぐ。
既に日は暮れ徐々に辺りが暗くなり始めていた。
空気が深々と冷え・・・・雪でも降りそうな空模様。
そんな空を見上げながら秀が言った。
「なあ、最近お前さぁ・・・・」
「何?」
きょとんとした目で秀を見つめる楓。

そんな楓を見て・・・秀はちょっと考えて・・・。
「・・・何でもない」
「何なのよ〜!気になるじゃない!!」
「いや・・・肥ったかな・・とか」
「ひっどーい!!」
・・・もちろん秀が聞きたかったことはそんなことではなくて。

楓は、秀に冗談話や普通の会話はするけれど・・・辛い時、悲しい時など・・・秀に助けを求めないと決めた。
秀に相談したいなぁ・・・と思うこともあったが気持ちを押さえ自分で乗り切ったりしていた。

その変化を秀は感じていた。
変わっていく楓の心。
変わらない秀の気持ち。


秀は風邪で3日間寝込んだ・・・。










そして
2月。
・・・2月14日、バレンタインデーがやってきた。


紅葉は決心していた。



あれから紅葉は秀に対し何度心の中で謝っただろう・・・。
自分が変えてしまった2人の関係。



だから・・・紅葉は決心した。






夕飯を食べ終わり家族と居間でのんびりとテレビを見ていた秀の元に紅葉がひょこっと現れた。
「こんばんは!」
「紅葉。ちょうどみんなでお茶飲んでたんだ。紅葉も座りなよ」
笑顔で迎える秀。
「あら紅葉ちゃんこんばんは〜!今お茶入れるわね〜」
「いえすぐ出かけますからいいです」
秀の母親が腰を上げかけたのを止める。

紅葉は秀の横にちょこん座った。
「・・・紅葉、どうしたの?」
「秀に話があるんだけど・・・・」
「うん?何?」
紅葉は秀を真っ直ぐ見つめて言った。
「2人きりで話があるの」
秀は自分を見つめる紅葉の瞳に少し押されていた。
「・・・外行く?」
紅葉はコクンと頷いた。


「母さん、ちょっと外出てくる」
上着を手に取り玄関に向かう秀。
靴紐を結わいている秀の後姿を見て紅葉は・・・軽く深呼吸した。







夜の散歩。
寒さにちょっと震えながらゆっくりと歩く2人。
「話って何?」
秀の優しい笑顔が紅葉の瞳に映る。
初めて会った時から・・・大好きだった秀の笑顔。

紅葉は足をとめた・・・・。

数歩先に歩いた後、それに気がついた秀・・・紅葉の方へ振り返る。



「紅葉?・・・どうしたの?」
きょとんとしながら紅葉を見つめる秀の瞳。
紅葉はコートのポケットから赤いリボンのついた小さな箱を取り出す。

ゆっくりと秀の前に差し出した。
「チョコレートだよ」
毎年必ず渡していた。
1度も気持ちに気付いてもらえず・・・それでも気持ちを込めて渡していた。

「あ、今日14日か・・・」
秀はバレンタインを忘れていたようで・・・。
紅葉からチョコレートを受け取る・
その時。

「本気だよ」

紅葉の言葉。





「紅葉?」
「私は秀のことが好きなの」

真っ直ぐ秀を見つめる紅葉の眼差しは静かな決意を宿していた。

秀は自分の手の中にある紅葉の気持ちが込められた小さな箱を見つめて・・・・。
「紅葉・・・・毎年くれてたチョコレート・・・・」
「全部本気だったんだよ・・・」
紅葉はクスッと笑う。




秀は・・・目の前に立っている紅葉を見つめて・・・しばらく何も言えなかった。

紅葉はいつも秀の味方だった。
いつも側にいて・・・そっと秀を見守っていた・・・。


秀の心が痛む。

『気が付かなかった・・・・・。
紅葉の気持ちにずっと気がつかないで・・・・・そんな俺の側にいることが辛くなかったはずがない』
鈍いにも程がある!!
秀の胸が痛んだ・・・。


紅葉の気持ち。

『その気持ちを受け入れることができれば・・・・俺は誰よりも幸せになれるだろうな・・・・・』

本当にそう思う・・・。

でも。



「紅葉・・・俺は・・・」
辛そうに言葉を続けようとする秀を紅葉の言葉が遮る。
「お姉ちゃんのことが好きなんでしょう?」
「紅葉・・・」
「それもずっと知ってた・・・」
あれだけ紅葉の前でわかりやすい行動をとれば嫌でもわかる。
「紅葉・・・・お前・・それでもずっと・・・俺のことを・・・・?」
「好きだった・・・。秀のことが好きだった」





『俺が変身できるのは楓が名前を呼んでくれた時だけなんだ。楓が俺に助けを求めた時だけなんだ』
        俺は・・・楓のことを想い、楓のことだけを考え何度紅葉を置き去りにした?
        それでも紅葉はいつも俺の側にいた。
        何も言わず側にいた・・・。
        辛くなかったはずはない。


うつむき、考え込んでしまった秀に・・・紅葉はクスッと笑って言った。
「秀・・・今自分を責めてるでしょう」
「え?」
「秀の考えてること・・・手にとるようにわかる・・・」
「紅葉・・・」
「秀の方がずっと辛い目にあってるくせに・・・秀はすぐ自分を責める」

紅葉はゆっくり秀に近寄って・・・。

とんっ・・。
秀の胸におでこをくっつける。

あったかい・・・秀。


バカみたいに一途で、辛いのに楓への気持ちを変えられず、楓を想い続ける秀。
紅葉の気持ちに気付きもしなかった・・・鈍感な秀。
紅葉の気持ちを知って自分を責める・・・・・優しい秀。
それでも・・・・それでも楓への気持ちを変えられない秀。

そんな秀が大好きな紅葉。
そんな秀がどうしようもないほど好きだった・・・・・・。

「秀・・・返事をして・・・私の気持ちに返事をちょうだい」

答えなんかわかりきってる。

それでも・・・秀の胸に顔をうずめて答えを待つ。


秀は辛そうにゆっくりと目を閉じた・・・。
「ごめん・・・紅葉。俺は楓が好きなんだ・・・・だから・・・ごめん・・・・」


ばいばい秀・・・。




これで自分は前に進んでいける・・・・・・。
紅葉はそう信じていた・・・・・。

そうすればいつか秀と楓も昔のように戻ってくれる・・・・。
紅葉はそう信じていたのだ・・・。










部屋に戻り・・・秀は考えていた・・・。
『私からの最後のチョコだから食べてよね!』・・・と秀の手に残された小さな箱。
秀は紅葉の強さと潔さを見て・・・それに比べて自分の情けなさを痛感していた。

『俺も・・・気持ちを伝えよう・・・・』
このままじゃ何も変わらない。
このままじゃ先へ進めない・・・。

「答えはわかってるけどね・・・」
秀はクスッと笑う。







やっと決心した秀。



数日後・・・。

「ごめんね秀。遅くなって・・・待った?」」
息を切らして秀の前の席に座る楓。
「俺もさっき来たばっかりだから」
笑って答える。
自宅近くにある喫茶店。
気持ちを伝えたくて・・・楓と会う約束をしたのだ。


楓は注文を取りにきたウエイトレスにコーヒーを頼んだ。
「で・・・話って何?」
微笑みながら秀を見つめる楓。


初めて会った時から好きだった・・・楓の笑顔。



「楓・・・あのな・・・」
秀が言葉を言いかけた時、楓が慌てて言葉を遮った。
「あ、待って!私先に言いたい事があるの」
楓の言葉に・・・・言いかけた気持ちを飲み込む秀。
楓は・・・少しうつむき・・・静かに言った。
「私・・・秀にずっと言いたかったの」
「?」
「ありがとう・・・・って」
ゆっくりと顔を上げて・・・楓は微笑む。
「私・・・子供の頃から秀に支えてもらってた。辛い時いつも秀に泣きついてたよね・・・。
秀に悲しみも辛さも半分背負ってもらっていたような気がする・・・・・・だから・・・ありがとう」
秀は・・・何も言えず・・・黙って楓の言葉を聞いていた・・・。
「私自分のことばっかり背負わせて・・・秀のこと振り回していた。ごめんね・・・。秀にばかり負担を
かけさせてた。親友だからって甘えてた・・・・・そんな私の友達でいてくれて感謝してる」





秀は・・・これから先、楓が言おうとしている言葉を感じ・・・・逃げ出したくなった。
でも体は動かず・・・。



「片方ばかりが寄りかかっている・・・それは友情じゃないよね・・・。だから私強くなる。
今度は私が秀を支えられるような親友になれるように・・・強くなるから・・・・・。
だから・・・今までありがとう。・・・どうしてもお礼が言いたかったの・・・・・」



秀の感じていた楓の気持ちの変化。
楓は紅葉や秀や・・・自分自身のことを考え・・・出した結論だ。
2人のことを大切に想うからこそ出した答えだった。






もっと違う出会い方をしていれば自分の気持に自由でいられただろうか。
いつも当たり前のように側にいた・・・2人で過ごした時間の重さが秀を縛り付ける。
秀の本当の気持ちを知ったら、楓はどうなるだろう・・・。
親友だと思っていたから秀の名前を呼び続けた楓。


『今更気持ちを伝えて・・・楓を苦しめてどうする気だよ・・・』
ずっと自分の気持を楓に伝えず友情だと偽り続けた秀。
嘘をつき・・・その上、自分が負うべき苦しみを楓にも背負わすことは・・・・秀にはどうしても
出来なかった・・・・・。

結局・・・・秀は変われなかった・・・・。










時が流れ・・・。




秀と楓は就職し社会人になった。

秀はA物産のサラリーマン・・・総務部に配属になった。楓はB商事の秘書課勤務。
入社1年目の新人。
2人とも忙しく、それでも朝、たまたま時間が合えば駅まで一緒に行くことや休日などは顔を合わせたりも
していた。






「野中〜今日飲みに行かないか?」
秀の部署の1コ上の先輩、岡村は秀をよく飲みに誘う。
この部署は岡村と秀を除くと他は入社10年以上の先輩ばかりだ。
岡村は秀が配属されたのが嬉しいらしく何かとかまっていた。



2人は退社後適当な居酒屋に入りのんびりと話をしていた。
「もう野中が来てから半年かぁ・・・早いよなぁ・・・」
「年取るごとに時間って早く過ぎていくような気がしますね・・・」
「・・・何じじむさいこと言ってんだよ・・・俺らまだ若者だぜ」
秀のスーツ姿。普段着だったら学生にしか見えない秀もスーツを着ればそれなりにサラリーマンに見えた。
「なあ、野中・・お前彼女いるか?」
「いませんよ」
「経理の井上さん、あれ、お前のこと絶対気にいってるぜ」
「まさか」
秀は笑いながら受け流す。
「何だよ・・・興味なさそうに・・・誰か好きな奴いるのか?」
「・・・いますよ。片想いですけどね」
「うへぇ〜・・・何やってんだよ。とっとと押し倒しちゃえばいいのに」
さも『当たり前』みたいな態度でとんでもないことを言う。
「・・・犯罪じゃないですか・・・それ・・・」
秀は苦笑いしながら岡村のグラスにビールを注ぐ。
岡村は口で言うことと違って・・・・本当は真面目で・・・そのことを秀は知っている。
「だってよー。片想いなんて不健康な状態・・・俺だったら耐え切れない」
まさか岡村が言うところの『不健康』な状態を4歳の頃から続けているとは・・・とてもじゃないが言えるはずもなく・・・。
「あーあ・・。彼女欲しいなぁ・・・」
岡村が本当に物欲しげに呟く。
「ホントですね・・・彼女いれば男2人で寂しく飲み会なんてしなくてすみますね」
秀はクスクス笑った。














夜のオフィス街。
その近くにある広場のベンチに座り、中央にある噴水を見つめる楓。

「南川さん。遅くなってごめん」

楓の前に立ち、話し掛ける男性。
かっこよくて背が高くちょっと近寄りがたいような雰囲気を持つ・・・スーツを着た男性。


「いえ、そんなに待ってませんよ。ケーキでも奢ってくれればOKです」
立ち上がり嬉しそうに微笑む楓。

この男性。
水沼真治。・・・28歳。楓と同じ会社で営業部の先輩だ。
2ヶ月前から2人は付き合いだした。
拓海に振られてから・・・やっと好きな人が出来た楓。
水沼は寡黙で・・・穏やか・・・包容力のある優しい男だ。
楓のことを大切にしてくれている。
憧れていた水沼から一言「好きだ」と言われ・・・嬉しかった。


楓は幸せだった。
今度こそ好きな人の手を放さないように・・・・そう心に誓っていた。

楓は水沼のことを愛していた。

『・・・・・・お前以外に楓ちゃんを守る存在が現れ・・・
お前がその存在を認めてしまった時にも・・・この力はなくなる』
犬型ヒーロー。
ずっと楓を陰で支えてきた羽のはえた可笑しな犬。
秀の愛の塊だ・・・。
秀と犬型ヒーローとの別れの時がゆっくりと近付いて来ていた・・・・。

2001.8.7