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届かない想い(前)

「紅葉、本当にこんなんでいいのか?」
「うん。これが欲しいの!」
紅葉は小さな犬の人形が付いたキーホルダーを手のひらに乗せた。
犬のグッズが置いてあるお店で見つけた・・・ずっと欲しかったキーホルダー。
飾りの犬が、変身した秀にそっくりなのだ。

お店でこれを発見した時決めたのだ。
秀がプレゼントしてくれるって言った高校の合格祝い・・・これにしようって・・・。

紅葉は見事に合格し光岡高校へ入学した。





そして時は流れて・・・・・。
秀と楓高校3年生、紅葉は高校2年生の・・・・夏休み。

秀も楓も大学受験に向けて必死に勉強していた。


そんな多忙な受験生の楓は、今それ以外のことでも忙しく・・・悩んでいた。
楓には付き合っている彼氏がいる。付き合いだして半年。
犬型ヒーロー時の秀とのキスを数に入れなければ正式なファーストキスはこの彼氏とだった。
その彼氏に・・・誘われたのだ。
どっか旅行に行こう・・・って。もちろん2人きりで・・・だ。


これは、要するに・・・・2人の関係の最終段階に踏み込もうとしているわけで・・・。


今まで、この彼氏の話や相談は秀にしていたが・・・さすがに今回ばかりは相談するわけにもいかず・・・。

楓の彼氏・・・伊東拓海。
楓と同じクラスだ。

今まで男運の悪かった楓だが、拓海に出会い、その悪い運からも解放されたと思っていた。
拓海は格好良くて性格も温和で優しい。クラスでしっかり者で通っていた楓のことを気づかってくれる。
拓海とは2年の時も同じクラスでよく話をしたり、一緒に遊びに行ったりしていた。
『好きだ』と告白したのは拓海の方だった。楓も好きになりつつある自分の気持ちを感じていた時で・・・。
返事はもちろんOK!
拓海のことを考えるとドキドキした。
楓は拓海といると楽しくて嬉しくて・・・本当に好きで・・・幸せだった。
それに『ああ・・・この人は自分のことをわかってくれてる・・・』・・・という信頼感も生まれていた。

その人と一緒に旅行・・・・正直・・・行きたい・・・と思った。
でも恐さもあった。

『ねぇ・・・秀・・・どうしたらいい?』・・・心の中で問い掛けるが楓のそんな気持ちを秀は知るはずもなく・・・。



楓は・・・・決めた・・・・・。










秀は相変わらす片想いを貫いていた。
楓に彼氏がいることも知っている。
今回ばかりは『良い奴』だということも知っている。
それでも・・・諦められず・・・・。
そんな自分に呆れながらも・・・楓専用犬型ヒーローを辞められずにいた。
『もう2度と俺に助けなんか求めないかもしれないのに・・・』
窮地に立たされた時・・・もう俺の名前なんか呼ばないだろう・・・
そう思っても・・・・辞められなかった。




よく晴れた8月の昼下がり・・・。
楓が秀の部屋にやってきた。
勉強していた秀・・・部屋に入って来てずっと突っ立ってる楓を見て首を傾げる。

「どしたの?」
「うん」
楓は微笑み机の脇にあるベッドに腰を下ろした。
「秀・・・勉強はかどってる?」
「うん。ぼちぼち・・・・それより何か話があるんじゃないのか?」
楓の様子を見ればわかってしまう。
何か相談事があって来たのだと言うことを・・・秀はわかってしまうのだ。
「うん。別に・・・・ただ私、明日から2泊3日で友達と旅行に行くからお土産のリクエスト聞こうかと
思って・・・」
「旅行・・・」
秀の心に不安が過ぎる。
本当に友達と行くのだろうか・・・・・。
不安な想像ばかり思いついてしまう・・・。
「何がいい?」
普段通りの笑顔で秀を見つめる楓。
「・・何でも良いよ・・・あ、お菓子がいいな!何か美味しそうなやつ!」
ぎこちなく笑い答えるのがやっとだった。

「うん。わかった。楽しみにしていてね!」
楓は立ち上がり「勉強の邪魔してごめんね」と言って部屋を出ようとした・・・。
その時・・・秀はとっさに立ち上がり・・・楓の手首を掴んでいた。

「秀?」
秀を見つめる楓。

秀はハッとして我に返り手を放した。

「ごめん!・・・何でもない・・・」
慌ててうつむきながら言った。

楓は・・・少しの間無言で秀を見つめて微笑んだ。
「じゃあね。私・・・帰るね・・・」
そう言って今度こそ部屋を出て行った。




『俺・・・何やってんだろ・・・』秀は心の中で呟いた。
楓の言う通り・・・本当に友達と行くのかもしれないじゃないか・・・・・。
そんな風に考えながら・・・心のどこかで感じていた・・・。
たぶん・・・楓は嘘付いてるんだって・・・感じていた。
楓は・・・何を求めて秀の元へ来たのか・・・・。

もし、楓が素直に『拓海と旅行に行く』と言っていたとしても・・・・秀には止められなかった・・・。
楓は秀に背中を押してもらいたかったのではないかと考えてしまうからだ・・・。
秀は3回拓海に会ったことがある。
1度目は楓の家に初めて拓海が遊びに来た時にわざわざ紹介しに来たのだ。
2回目も同じように楓の家に遊びに来た時一緒に勉強までした。
3回目は偶然デート中の2人に街で会ったのだ。その後は3人で遊んだ。
秀は・・・3回ともその場から逃げ出したかったのが本音だ。
拓海といる時の楓の笑顔は・・・どこか照れていて、でも嬉しくて幸せで・・・そんな笑顔で・・・・。
秀には手の届かない笑顔だ。
楓は拓海を好き。拓海も楓を好き。

悔しいけれど・・・秀も拓海のことを結構良い奴だなって思ってしまった。

そんな2人の側にいるのは辛くて・・・。
でも笑い通した・・・。楓の『親友』を完璧に演じた。


もし楓に今回の旅行の件を相談されていたとしたら秀は・・・何も答えられなかっただろう。
いや、本心は決まっている。
行って欲しくない。
当たり前だ。秀は楓が好きなのだ。
でも拓海は良い奴で・・・楓は秀に『あいつなら信じられる』って言って欲しかったんじゃなかったのか・・・て
感じていて・・・。
楓の本心は既に決まってて・・・ただ初めの一歩を踏み出す『お守り』みたいな言葉を心のどこかで
求めていたのではないのか・・・。

そして・・・秀のこんな不安な思いは悲しいほど事実だった。
楓の気持ちを誰よりも感じることの出来る秀にとっては残酷な・・・事実だった。



秀も・・・何度か気持ちを伝えようと思ったことはあった。
でも伝えてしまって・・・唯一の居場所を失ってしまうことが恐かった。
『親友』という、たった一つの居場所・・・・・・・。






「秀、花火買ってきたんだ!一緒にやろうよ」
楓が旅行に出かけた日の夜、紅葉が秀の家にひょっこり顔を出した。

庭に出て・・・花火に火を付ける。

色とりどり・・綺麗な火花を散らせる花火たち。
秀も紅葉も・・・黙って・・・見つめていた。
綺麗な花を咲かせる花火が2人の目には滲んで見えた・・・・・・。


紅葉も楓の嘘に気付いてて・・・・。
秀の気持ちが痛いほどわかる・・・・でも紅葉にはどうすることも出来なくて・・・ただ側にいてあげることしか
思いつかなかった・・・。






その後・・・
楓と拓海は同じ大学に進み・・・・その恋はずっと続いていた。




秀と楓大学3年生の冬。
秀は楓とは別の大学にいた。

秀にも何回も彼女を作るチャンスはあった。
秀を好きだと言ってくれる女の子も少なくはなかった。
ただ、その都度思うのだ。
楓に何かあったらたぶんその子よりも、誰よりも楓のことを優先してしまうだろうと・・・・。
そんな気持ちでいるうちは誰とも付き合えない。

いい加減・・・諦めが悪いにも程がある・・・と自覚しながらも気持ちは変えられない。



そんなある日・・・・・。



「お先に失礼します」
ペコリと頭を下げてバイト先を後にした。
秀は夜、大学近くの飲食店で皿洗いのバイトをしていて帰りは9時や10時になる。
夜の繁華街を歩きながら・・・・・・・体の異変を感じた。

『まさか・・・・変身するのか?』

・・・・久しぶりの感覚。
苦しくて・・・・・。
でも・・・・・楓が呼んでる・・・・・。

秀は人目を避けるために必死で路地裏に入り・・・倒れた・・・。





自分にまとわりつく金色の光。

苦しみの中、秀は呼びかけていた。
『楓・・・・何があったの・・・・?』










相変わらずの犬型ヒーロー。
必死で空を飛び楓を探す。

『楓・・・どこ?』

秀の心に楓の悲しさが伝わってくる。
今にも壊れてしまいそうな悲痛な心の叫び。


『楓!!』
楓は秀のすぐ側にいたのだ。
繁華街を糸の切れた凧のようにふらふらと歩いていた・・・。


秀は人目の無い路地裏に降り立ち、楓のところへ向かおうとしたが
再び体を苦痛が襲った・・・・・・・。

変身が解ける・・・・。
















楓は目的もなく歩いていた。
「秀・・・・」
時折秀の名を呼ぶ・・・・。
「秀・・・助けて・・・・」


ふいに腕を掴まれ顔を上げた。
楓の目の前に・・・心配そうに自分を見つめる秀が立っていた。


「楓・・・どうしたんだよ・・・お前・・・・」
「・・・す・・ぐるぅ・・・・」
楓の瞳から涙がこぼれた。
人目も気にせず秀に抱きついて泣き出した。
今までこんなに激しく泣いた楓を見たことがなく、秀はただ・・・そっと抱き返してあげることしか
出来なかった・・・。

通り過ぎる人達が2人のことを興味深げに見ていく。

そんなことは気にならず・・・秀はただ楓のことを想っていた。




激しく泣いて・・・・どれくらいたってからだろう・・・・ようやく少し落ち着きを取り戻した楓。

2人は近くにあった公園のベンチに座っていた。

秀は楓から何か話し出すまで待っていた。
楓はずっと秀の手を握りぼんやりしていた・・・・。



楓は・・・夜空を見上げながら・・・・ポツリと言葉をこぼした・・・。


「私・・・拓海に振られちゃった・・・」


その言葉を聞いた時・・・秀はすぐには信じられなかった・・・・。
『あれほど楓が想っていた男が楓を振ったのか?』

楓は瞳を潤ませながら・・・震える声で話を続けた・・・・。

「私より・・・繊細で・・・・守ってあげなきゃいけない子が出来たんだって・・・・」

楓の声は・・・聞いている秀の心にも悲しく辛い雨を降らせる。

「君は強いから・・・・僕がいなくても大丈夫だから・・・・・だってさ・・・・ははは」
楓の瞳から涙がこぼれる。



拓海は楓のことを本当に好きで大切にしていた。
でも・・・ある日拓海を好きだと言う女の子が現れた。
その子は・・・・・・今にも泣きそうな小さな声で「貴方が好きなの・・・」と拓海に伝えた。
拓海には楓がいた。
もちろん断った。
でもその子は諦めなかった。
痛いほどの健気さで拓海を追いかけ・・・・そのうち拓海もその子から目が離せなくなっていた・・・。

その子は誰かが支えてあげなければ・・・と思わせるような女の子だった。

もちろん楓は・・・拓海が心変わりをしないかと・・・不安で不安で・・・。
でも・・・。
楓は拓海を信じていた。
楓は拓海を信じていたからこそ不安を表に出さずいつも通りの自分でいた。
そんな所が楓の強い所だ。
確かに楓は強い・・・・でも背中合わせで弱さと脆さを抱えている・・・。
拓海は私をわかってくれてる・・・・そんな信頼が彼女を強くしていただけなんだ・・・。
なのに・・・拓海が選んだのは・・・・支えてあげなきゃと思わせる・・・その子だった。




「結局・・・拓海は私のことを何一つ理解してくれてなかった・・・ってことよね・・・」
楓は・・・この世に一人ぼっちにされたように寂しそうな微笑を浮かべた。

秀は楓の手を強く握り締めていた。
拓海に対する怒りもあった。
・・・・自分にはどうすることも出来ないもどかしさもあった。






「秀・・・・・・・」
「・・・ん?」
「秀・・・・・・・」
「・・・・・・・楓?」

楓の頬を涙が伝う・・・・。
楓は秀を見つめて・・・・・言った・・・。


「私を・・・・抱いて・・・・」





『秀・・・男と女の友情ってあると思う?』

『私・・・秀が一番の親友だと思ってる・・・。
親友って言葉でも足りないくらい・・・・大事な大事な存在だよ・・・』
カチャン・・・・。

ルームキーをテーブルに置く音が静かな部屋に響いた。
秀は・・・気持ちを決められないまま楓とホテルに足を踏み入れてしまった。

部屋に入って・・・秀はうつむいたまま立ち尽くしていた。
楓も秀の隣で手を握ったままじっとしていた。

しばらくして・・・楓は秀の手を放して
秀と向かい合った。


コートを脱いで・・・・上着を脱いで・・・。
楓の指が・・・楓自身のブラウスのボタンを1つ1つ外していく。





うつむきながら服を脱いでいく楓の手を・・・・秀の手が包み込んだ。
楓が顔を上げると・・・・秀が微笑んでいた。
「・・・秀?」
秀はゆっくりと首を横に振った。
「楓・・・やっぱり変だよ・・・こんなこと・・・・間違ってる」

優しく楓を止める・・・・。
秀の笑顔は優しくて・・・でも瞳はとても悲しそうだった。

「楓・・・俺たち親友だろ?・・・ダメだよ。こんなこと・・・」


楓はハッとした。
自分が何をしようとしていたのか気がつき・・・自分を恥じた。
寂しいからって・・・・秀を拓海の代わりにしようとしたのだ。
寂しいからって・・・・寂しさに負けて大切な親友を利用しようとしていたのだ・・・・・。



「ご・・・ごめん・・・秀・・・ごめん・・・」
ブラウスを押さえて・・・体を隠すように・・・楓は身を固くし・・・泣いた。

秀は床に落ちた上着を楓にかけてやり・・・楓を抱きしめた。
「大丈夫だよ。俺、楓のことわかってるから・・・泣かなくても大丈夫だよ」
「ごめん・・・ごめんねぇ・・・」
楓は何度も何度も謝り・・・・泣いた・・・・。
秀に対しての申し訳なさと・・・それでも秀の優しさに甘えてしまう自分を嫌悪して・・・泣いた。



秀はそんな楓を落ち着かせるように・・・・優しく楓を受け止めていた。。
「抱いてあげることは出来ないけれど・・・親友として側にいてあげることは出来るから・・・」









楓と秀は自宅に電話した。
今日は2人で泊まるからと・・・両親に素直に伝えた。
何もないから信じて欲しい・・・と伝えた。

「ウチの親も秀の親も・・・私達を信じまくってるよね」
楓は笑いながら言った。
「本当だね。少しは疑えばいいのに・・・」
秀も笑う。
2人の両親はあっけないくらい信じてくれた・・・と、いうより楓と秀が同じ部屋で泊まったからといって
何かあるなどと・・・考えもしないようで・・・。

「『あ、そう。秀君によろしくね』・・・だもんね!」
楓は本当に可笑しそうに笑う。
両親にしてみれば、2人は幼い頃から一緒にいる兄弟みたいに見えるのだろう。




秀と楓はベッドに横になり・・・手をつないだまま話をした。
昔の話。小さかった頃、遊んだ・・・楽しくて幸せだった頃の話・・・・。
毎日が楽しくて輝いていた子供の頃の話。


夜が明ける頃・・・・楓は話し疲れて眠りについた・・・・。




秀は楓の手を握ったまま体を起こした。

楓の・・・静かな寝顔を見つめて微笑んだ。


「楓・・・お願いだから・・・俺の居場所を取り上げないでくれよ・・・」

秀は楓を想って・・・辛くて・・・・・・初めて涙を落とした。
『泣くなんて・・・情けないな・・・・』とぼんやり考えながら・・・・それでも涙は止まらず・・・。



秀がもし楓を抱いていたら・・・。
秀は自分の手で『親友』という居場所を壊してしまっただろう・・・。
楓の気持ちは・・・秀には向けられていない・・・。
楓にとって秀は大切な存在だけど・・・友情以外の想いはない。

・・・もし楓を抱いてしまえば・・・秀は2度と親友として楓の前に立てなかっただろう。



初めて楓に会って、好きになって・・・その時から秀が必死で守ってきた居場所。
自分の気持を押し殺して・・・ずっと守ってきた。




『親友』という役割は秀に残された最後の場所だった・・・・。

2001.8.5