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「楓・・・・・どうしてここに・・・・」
秀は何が起こったのかわからず・・・・楓を見つめていた・・・・。

楓の涙。

『今の話・・・全て楓に聞かれた・・・?』
ふいにそのことに気がつき・・・・紅葉の方に顔を向ける。


紅葉は微笑み頷いた。
「ごめんね秀・・・・」
「紅葉・・・・?」
とにかく秀は戸惑っていた。

「俺がこうしたかったんだ」
突然割り込んだ男性の声。
楓の後ろから現れた男。
「水沼さん・・・・?えっ・・・何で?」
何で水沼までここにいるのか・・・秀はもうパニック状態になっていた。

水沼は入口で立ったままの楓の手を取り病室の中へ入って来た。
ベッドの側に行き、困惑した眼差しで水沼を見つめる秀。

秀の瞳・・・
あの日自分を見つめていた犬の眼差しと重なる・・・水沼は微笑んだ。
「こんにちは秀君」
「あの・・・これはどういう・・・」
困惑しながらも秀は多少水沼を責めるような視線を送る。
今まで秀が必死になって隠してきたことが楓に知られてしまった。
水沼が仕組んだことなんだろうか・・・秀は水沼を見つめる・・・。


水沼はニコッと笑った。
「・・秀君と直接会うのは2回目だね・・・」
「2回目・・・」
「1回目は・・・・君は犬の姿だった・・・・」
秀は視線を水沼から紅葉へと移した。

紅葉は小さく頷き・・・秀に詫びた。
「約束破ってごめんね・・・。でも秀を助けたかったの・・・・」

『そうだ・・・紅葉一人であんな広い夜の河原で俺を見つけ出すなんて無理な話だ・・・』
今頃そのことに気が付いた秀・・・自分の浅はかさにため息が出た・・・・。

「・・・助けてくれてありがとうございました・・・・・」
秀はうつむいたまま小さな声で言った。

「君を助けたのは紅葉ちゃんだ。俺は手伝っただけだよ・・・。でも・・・君が無事で本当に良かった・・・」
水沼の声は優しく・・・秀は顔を上げ瞳を見つめる。


「・・・余計な御世話なのは重々承知している・・・。でも知ってしまった以上知らない振りなんか
出来なかった。君とあの犬の存在抜きで楓との未来を歩いていくのが嫌だったんだ」
「水沼さん・・・」
「・・・楓だって・・・同じ想いのはずだ・・・・」
水沼は少し離れた所で涙ぐみながら立っている楓に視線を向けた。

楓は辛そうに瞳を閉じて・・・・頷いた。

「さてと・・・・じゃあ・・俺と紅葉ちゃんは退散するよ」
「水沼さん・・・」
秀は追いすがるように水沼を見る。

そんな秀を置いて水沼は紅葉を連れて病室を後にした・・・。


廊下を歩きながら紅葉は水沼に聞いた。
「水沼さん・・・もしお姉ちゃんが秀を選んだら・・・・どうするんですか?」
「君はどうするの?」
「・・・私はそれでも・・・もう一度気持ち伝えてやるだけやってみる」
「俺も君と同じさ」
2人で顔を見合わせてクスッと笑った。
・・・実際2人の心の中は・・・・・・緊張で笑ってなどいられない心境だったわけで・・・。





病室に残された秀と楓。
しばらく無言のまま時が流れる。
楓は立ったままうつむいて何も言わない・・・。




「・・・楓・・・・俺・・・」
秀はやっとの思いで口を開いた。
秀が言おうとした言葉・・・。
でもそれは楓の言葉に取って代わられた。
「秀・・・今謝ろうとしたでしょう・・・・・」
楓が少し首を傾けて・・・微笑んだ。


楓の言ったことは図星で・・・。


「・・・私・・・秀の考えていること誰よりもわかると思っていたのに・・・肝心なことがわかってなかったんだね・・・」
涙を堪えているんだろうか少し声を詰まらせ・・・目が潤んでいる。



「お願い秀・・・謝らないで・・・」
謝りたいのは私の方だ・・・と楓は思っていた。
秀に縋り付いて謝りたい衝動に駆られている楓。
その気持ちを必死で押さえている。
謝ってしまったら・・・・・楓自身が楽になり・・・秀を苦しめることになる。
楓を傷付けないために今まで気持ちを押し殺し秘密を守ってきた秀・・・なのに
楓に謝れてしまったら秀が苦しむ。
だから楓は必死で耐えていた・・・。

秀に謝られてしまったら耐え切れそうもなかった。

「秀・・・秀の気持ち・・・教えて・・・」
「楓・・・」
「隠さないで・・・本当の気持ちを私に教えてよ・・・・」



秀は少しの間楓を見つめていて・・・ゆっくりと目を閉じた。
そして・・・痛む体を庇いながらベッドから降りて楓の前に歩み寄った。



「教えてよ・・・・・秀」
楓は顔を上げ微笑む。
瞳は涙でいっぱいになっていた。














「俺、初めて会った時から好きだったんだぜ!お前のこと!」
秀は・・・ニコっと笑っておどけたように言った後・・・・・・・
少しだけうつむいて穏やかな微笑を浮べた。


「・・・・初めて会った時から俺は楓のことが好きだった・・・・・」
・・・・・・とても静かな声でもう一度言葉にした。





やっと伝えることが出来た秀の想い。





楓に届いた秀の想い。



楓の瞳から涙がこぼれ落ちた。

ぽろぽろと床に落ちて行く涙。

秀がその涙に気持ちを奪われぼんやりと見ていると
ふいに胸が温かくなり・・・。
楓が秀の胸に顔をうずめ泣いているのに気が付いた・・・・。

声を殺して泣き続ける楓。

秀は楓をそっと抱きしめた。


「・・・好きだよ・・・・秀・・・・私だって・・・大好きだよ・・・」
楓の小さな声。
秀は・・・今にも消えてしまいそうな楓の言葉を心にしまった。



子供の頃からずっと一緒だった2人。
その距離は近すぎて・・・・。

秀にはわかっていた。



楓が言った「好き」の気持ち。

秀の「好き」と楓の「好き」は・・・・・違う。
そのことを感じていた・・・。
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