戻る

真実

「どうして今まで黙っていたのよ!」
楓は怒っていた。
秀が入院して2週間後、ようやくそのことが楓に知らされたのだ。
楓の両親も秀の両親も・・・当然水沼と紅葉も、あんな事件の後だったので楓のことを気遣って楓自身の
気持ちが落ち着くまで黙っていたのだ。


楓が受けた恐怖心はすぐには消せる物ではないが、それでも家族や水沼のおかげで元気を取り戻し
会社にも行っている。

秀の姿が見えないことは不思議に思ってはいたが、社会人になってからはそんなに頻繁に顔を合わせていた
わけではないので「どうしたんだろうな・・・」くらいの疑問で終わっていた。


それがいきなり怪我で入院していると両親から聞かされたのだ。しかも自分を探している時に怪我をしたと聞いたら
楓としては怒るのも仕方のないことだ。

聞かされたのは土曜日の朝。
実は・・・楓の両親にこの日に話して欲しいと願い出たのは水沼だ。






水沼と紅葉が考えに考え抜いた作戦が始まる。






この日は紅葉は朝から秀の所へ行っている。



「私秀のお見舞いに行く」
楓が身支度を整えた頃、チャイムが鳴った。
やって来たのは水沼だ。




「一緒に秀君のお見舞いに行こうと思ってね」
まるで楓が秀のお見舞いに行くことを知っていたかのように楓の顔を見るなり水沼は言った。
今さっき秀の入院のことを知り、たった今お見舞いに行こうと決めたのに・・・どうして水沼は
そのことを知ってるのか・・・・・・・楓には謎だった。
微笑む水沼に楓は首を傾げて言った。
「・・・水沼さん秀のこと・・・知ってたんですか?」
入院のこともそうだが・・・水沼は秀のことを楓の話を通してでしか知らないはずだと思っていた。
なのに水沼はまるで秀に会ったことがあるような口ぶりだ。
水沼は少しうつむき答えた。
「ああ。・・・・ある意味君より彼のことを知っているかもしれない・・・」

水沼の言葉はますます楓を混乱させた。
水沼はそんな楓に手を差し伸べてニッコリ笑った。
「行こう。秀君の所に」


楓は・・・・水沼の笑顔に導かれるように彼の手を取った。













秀は病室で窓の景色を見つめていた。
曇り空で風が強そうだった。
「・・・外は寒そうだね・・・」
傷が痛むのであまり体を動かせないがそれでも秀は元気だった。
体を起こし紅葉が持ってきてくれたプリンを食べる。
その傍らに座り紅葉も一緒にプリンを食べて・・・紅葉には、この穏やかな時間がとても嬉しくて
笑顔がこぼれる。

「午後には晴れるって天気予報で言ってたよ」
紅葉はニコニコしながら言った。
そんな楽しげな紅葉を見てつられて秀も笑いながら言った。
「だからそんなに嬉しそうなの?」




紅葉はクスッと笑い、立ち上がり窓際に足を運んだ・・・・。
「そうだよ・・・・もうじき晴れるんだ・・・・」
ガラス越しに空を見上げ呟いた。


どんな結果になるかはわからない・・・・・でも、そこから新しく進んでいける。
今まで優しさに阻まれて隠されてきた想い、切なさ、悲しさ・・・・・痛み・・・全て楓に届く。
『そこから始まるんだ・・・・・・秀もお姉ちゃんも水沼さんも・・・・私も・・・・』
紅葉は静かに目を閉じた。






水沼の車で病院まで来た楓。
駐車場に車が滑り込む。
車が止まり、降りようとした楓の腕を水沼は軽く掴み微笑んだ。

「・・・水沼さん・・・?」
きょとんとして水沼を見つめる楓。

水沼は楓の腕から手を離し、ハンドルに手をかける。
そのまま静かに話し出した。


「・・・もしかして俺はとんでもない大馬鹿者かもしれないな・・・・・」
「・・・水沼さん?」
「でも・・・どうしても彼の気持ちをこのまま埋もれさせておくことが出来ないんだ・・・・。
あんなひたむきな姿を見たら・・・・・・放っておくことなんて出来ない・・・・」
「・・・水沼さん・・・今日の水沼さん・・・変です・・・・」
楓は水沼が言っていることがわからず困惑していた。
水沼は穏やかに微笑み楓を見つめる。


「俺は君を愛してる」


水沼の言葉。

楓は幸せそうに微笑んで頷いた。
「うん・・・知ってる・・・私も水沼さんのこと大好きです」

水沼はクスッと笑って・・・・それから少しうつむいた。
「楓。君はこれから辛い経験をするだろう」
「辛い・・・・経験?」
「辛くて・・・・・でも・・・幸せな経験をすると思う・・・」


水沼は顔を上げ、楓を見つめた。
「君が思った通りにすればいい。・・・・君が決めるんだ・・・・」
「水沼さん・・・・?」


水沼の優しくて・・・でも真剣な眼差しに楓は戸惑った。





水沼はフッ・・と小さなため息を付いて車の時計を見た。

AM10:55

『時間だ・・・』


「そろそろ行こう・・・秀君の所へ・・・」
水沼が微笑んだ・・・・・。









紅葉は病室の時計を見た。
AM11:00



『時間だ・・・・』
紅葉は窓際から秀の側へ歩いて行き、傍らのイスに座った。


「秀・・・初めて犬型ヒーローになったのって・・・いつだっけ・・・」
紅葉は懐かしそうに話す・・・。

「小学2年の時だよ。紅葉、驚いてたよな・・・」
秀も懐かしそうな瞳で昔を思い出す。
紅葉の目の前で変身しちゃったんだよな・・・・・秀はクスッと笑う。

「何回も紅葉の前で変身しちゃったよな」
「うん」
紅葉もくすくす笑う。

「また見たいな・・・犬型ヒーローの秀」
紅葉はあの・・・可笑しい犬の姿を思い出す。
『ヒーロー』のイメージにはとてもあてはまらないその姿。
でも紅葉は犬型ヒーローがとても愛しかった。




「・・・・もう変身出来ないよ・・・・・」



秀の言葉。
紅葉はその言葉に驚いて秀を見つめる。

紅葉の瞳に映ったのは秀の透きとおるような微笑。







「秀・・・何で秀は今まで犬型ヒーローに変身できたの・・・・?」
紅葉は今まで聞こうとしなかった・・・。
秀は楓を守ろうとしている・・・そのことだけは痛いほど感じていた。
紅葉にとってそれが知りたいことの全てだったから・・・・その先はあえて聞こうとしなかった・・・・。
でも今は・・・。


少し話しにくそうな顔をしている秀に紅葉は微笑んだ。
「聞きたいの。話して・・・秀」



秀は紅葉の顔を少しの間見つめて・・・・ゆっくりと話し出した。

「5歳の時・・・流れ星に願い事したんだ。楓を守るために・・・・強くなりたいって」



小さな秀の願いごと・・・。
「叶えてくれたんだ。流れ星が・・・・それがあの犬に変身出来る力」

『流れ星・・・・』
紅葉はハッとした・・・。
『秀を探していたあの夜・・・・・・私も流れ星を見た・・・・。
秀の場所を教えてくれたのは流れ星・・・?』
あの夜見た犬の姿が脳裏を過ぎる。




「俺の話・・・信じられる?」
秀は苦笑いしながら紅葉に聞いた。
紅葉はそんな秀を見て・・・思わずクスクス笑ってしまった。

「信じるに決まってるよ〜!」
「だって・・・現実離れした話だろ・・・」
「今更だよ秀。あの犬型ヒーローの方がよっぽど現実離れしてるよ〜」
紅葉はお腹を抱えて笑ってしまった。


「・・・それもそうだね・・」
秀もクスッと笑った。
そして・・・秀はひとしきり笑った後フッと小さなため息をついてまた話の続きを始めた。
「変身出来る条件は・・・楓に必要とされて名前を呼んでもらえた時だけ。そして・・・
楓に俺の正体がバレた時と、楓を守ってくれる俺以外の人間が現れ・・・俺がそれを認めて
しまった時は・・・・『力』を失う・・・・それが流れ星との契約の決まりだった」

紅葉は秀を見つめていた・・・・・。
楓を守ってくれる俺以外の人間が現れ俺がそれを認めてしまった時・・・・・秀の言った言葉が
何を意味しているのか・・・・紅葉にはわかってしまった。


「認めちゃったんだよね・・・・俺・・・・」


だから力を失った・・・・・・。




「楓は水沼さんとなら幸せになれる・・・・・そう思ってしまったんだ・・・・・」


紅葉はただ・・・秀を見つめていた。
秀は目を閉じて・・・自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
「最後の変身・・・楓に名前を呼ばれたからじゃないんだ・・・・。流れ星の力だった。
・・・楓はきっと・・・水沼さんの名前を必死に呼んでいたんだ・・・・水沼さんだけの名前を呼び続けていたんだ」

「・・・・秀」
「水沼さんは良い人だよ。そう感じた・・・・。楓を守ってくれる・・・・そう思ったんだ」
「秀」
「だから俺はもう変身出来ないんだ」


秀は・・・・寂しそうな・・・でも穏やかな微笑を浮かべた。
楓を好きになり、楓が自分を必要だと思ってくれた時側にいれて・・・守ることが出来た・・・・。
それだけで幸せだった。
「犬型ヒーローの役目は終わったんだ・・・・」
それと同時に俺の想いも終わらせよう・・・・そう思っていた。


カタン・・・。
紅葉が静かに席を立ち、ゆっくり後ずさりながらドアへ向かう。

「・・・まだ終わってないよ・・・・」
秀に微笑んだ。

「・・・・紅葉・・・?」
「まだ・・・終わってないよ・・・大事なことが・・・」
秀はキョトンとして紅葉のことを見ていた。




紅葉はドアの所まで行き、ノブに手をかけた・・・・。
「秀。ここから先の気持ちは直接伝えなきゃ・・・・ね」
紅葉の笑顔。
ドアをゆっくり開ける・・・・・。






ドアが開けられ・・・・そこに立っていたのは・・・・・・。







「・・・・楓・・・・・」






秀の瞳に映ったのは、こぼれ落ちる涙もそのままに立ち尽くす楓の姿だった・・・・。


















車から降り、楓は水沼に案内されるまま秀の病室に向かった。
ずっと水沼の様子がおかしいと思いながらも理由も聞けず、ただ導かれるままに秀の元へと向かう。


エレベーターで3階まで上がり外科の病練を進んでいく。
病練は静かで・・・時々看護婦さんが歩く音や患者さんの声が聞えるだけだった。
『野中秀』の名前が表示されている扉の前まで来て水沼が足を止めた。
少し後から着いて来ていた楓も足を止め・・・ドアを開けることなく自分を見つめている水沼を
見て首を傾げる。

『入らないんですか・・・?』
そう楓が聞こうと思った時、水沼は無言で楓の側に寄り、肩に手を置いてドアの前に立たせた。




ドアの向こう側・・・。
紅葉と秀の声が聞えてくる・・・。

「秀・・・初めて犬型ヒーローになったのって・・・いつだっけ・・・」
紅葉の言葉・・・。

『犬型・・・ヒーロー・・・?』
楓はその可笑しな言葉にキョトンとした。

「小学2年の時だよ。紅葉、驚いてたよな・・・」
秀の声・・・。

犬型ヒーロー・・・?小学校2年・・・・・・楓はハッとして顔を上げた。



『犬・・・・あのわんちゃんのこと・・・・?』
忘れたことなんか1度もない。
幼い楓を助けてくれた羽のはえた犬。
怯える楓に寄り添い・・・楓を見つめていた犬の優しい瞳。
その時のやわらかくてあったかい犬の存在を忘れたことなんかなかった。


「秀・・・何で秀は今まで犬型ヒーローに変身できたの・・・・?」
紅葉の言葉。

・・・・その言葉が耳に入った時・・・・・。

楓は胸が締め付けられるように痛かった。
2人の会話は楓の心に流れ込んでくる・・・・。


羽のはえた可笑しな犬・・・。
『秀・・・・?』
楓の中で・・・・犬の姿と秀とが重なった・・・。
『・・・・・あのわんちゃんは・・・・・秀・・・?』
楓は混乱しながらもたった一つの真実を受け止めていた。






楓が秀を必要とした時・・・いつでも秀は側にいた・・・。
秀自身だったり・・・・・犬の姿だったり・・・・いつも側にいた。



楓は秀を呼び続け秀は楓に応え続けた。


男達に襲われた時・・・。
楓を庇うように立ちはだかった犬の後姿。



『秀・・・・・・』
楓の瞳から涙がこぼれ落ちた・・・。


刺されても蹴られても楓を守り続けた。

『秀・・・・・・・・痛いよぉ・・・』
胸が痛い・・・・・。

涙が止まらず・・・楓の頬を伝う・・・。



『5歳の時・・・流れ星に願い事したんだ。楓を守るために・・・・強くなりたいって』
秀の言葉・・・。
この言葉に込められた秀の気持ち。
楓が受け止めるには辛くて・・・・・。





『秀・・・男と女の友情ってあると思う?』

『私・・・秀が一番の親友だと思ってる・・・。親友って言葉でも足りないくらい・・・・
大事な大事な存在だよ・・・』







昔言った楓の言葉。
楓が秀に求めていたもの・・・。
それはとても残酷な言葉。


『ごめん・・・・秀・・・・』

刺されたのに姿を消した犬。
大怪我していたのに正体を知られないように姿を消した秀の気持ち。

楓の心を守ろうとした。
『親友』という言葉に最後まで応えようとしていた。



『抱いてあげることは出来ないけれど・・・親友として側にいてあげることは出来るから・・・』
いつだって楓のことだけを考えていた。
楓の幸せだけを願っていた・・・。




『私・・・・何も知らなかった・・・・』


楓にとって・・・とても痛くて辛い、そして優しい真実。

『秀・・・・・・痛くて苦しいよ・・・・』

楓の心にあふれる気持ち。
その気持ちをどうすることも出来ず・・・立ち尽くしていた・・・・。






そして・・・ゆっくりとドアが開き・・・・
楓の瞳に映ったのは・・・。
目を見開き驚きの表情で楓を見つめている秀の姿だった。

2001.8.14