薔薇の花束にはカードが付いていて、野々村の自己紹介が書いてあった。 みのりに、野々村という男への好意は微塵もない。 『いきなり抱きつきやがった変な奴』と思っている。
ただ・・・『可愛い』と言われた、その言葉がみのりを縛る。
<いったい私のどこが可愛いって言うんだ?> そういった疑問が湧き上がる。 それと同時に・・・・好きでもない男に言われた言葉なのに、心のどこかで <嬉しい>と感じていた自分がとても嫌だった・・・。
みのりにとっては、自分を初めて『女』として扱ってくれた最初の男。
・・・これは、壮介にとっては大誤算だった。
「・・・なんか・・・視線が痛いんだけど・・・・。」 ・・・みのりがポツリと呟いた。 誕生日の次の日。 お昼休みに学校の屋上で壮介、麗奈と共に昼食を取っていたみのり。 朝から感じている『敵意』のこもった周囲の視線に頭を悩ませ、2人に相談をもちかけた。
「・・・私何か悪いことしたかなぁ。」 みのりは頭をかいて、首を捻る。
壮介と麗奈は軽く視線を交わした後、考え込む。
<・・・みのりを守らなきゃな> 2人とも、そう思っていた・・・。
みのりに向けられる敵意のある視線。 それは、全て女子からのものだった。 野々村が女子生徒からとんでもなく人気があることを知らないみのり。 自分が今どんな立場に立たされているのかわかっていないのだ。
昨日の出来事は、あの有名人、野々村が「僕は水野みのりが好きなんだ。」・・・と、 公衆の面前で告白したようなものだ。
<女の嫉妬は怖いからな> 中にはかなり過激なファンもいるという・・・。
壮介は、この時ばかりは日頃から気に食わないと思っている麗奈と協力し合おうと 思っていた。麗奈も同じ考えだった。
「さすがの俺もトイレや更衣室までは見張れないもんな。こんな時は男は不利だな。」 体育の授業の後、更衣室で着替えている時、口惜しげに呟いた壮介。 壮介の独り言が隣にいた友人の耳に入り、友人は訝しげに首を傾げていた・・・・・。
同じく体育の授業を終えたみのり。
「あれ?私の制服がないぞ・・・。」 着替えようとしたら、ロッカーの中に入れておいた制服がなくなっていた。
傍にいた麗奈は、直感でわかった。 <誰かが隠したんだ!> ・・・・・・・嫌がらせ。
そんな発想がなかったみのりは、頭をかいてしきりに不思議がっている。
少し離れた所にいた数名の女子達が、みのりを盗み見るようにして、クスクス笑っていた。 「セーラー服なんてどうせ似合わないんだからジャージのままでいれば良いのよね。」 「男子の制服着た方がよっぽど似合うわよね〜。」
みのりを茶化す小さな声。 麗奈はその言葉が耳に入った瞬間、その女子達のリーダー的存在が誰なのかを見極め 即座に行動に移した。
少し癖のある髪を一つに束ねてた少女に、凄い勢いで駆け寄り、胸倉を掴んで体を壁に押し付けた。
麗奈の行動にみな目を奪われ、更衣室の中が一瞬静まり返った。
「・・・どこにやったの?」 麗奈の冷やかな声。 相手の少女は、かなりビビっていたが何とか虚勢をはった。 「何のことよ!放してよ。」 「言わないと・・・大変なことになるわよ・・・。」 「何よ!暴力振るう気?」 少女は半泣き状態だった。 ・・・それほど麗奈の放つ怒り光線は凄まじかったのだ。
麗奈は恐ろしいほど冷たく美しい微笑を浮かべ、相手の少女に顔を寄せて囁いた。
「素直に白状しないと・・・・・キスするわよ。」
この言葉に当事者の少女だけでなく、その場にいた全員(当然、みのりも含む)が <ひぃ!!>・・・と血の気が引いて凍りついた。 ・・・キスされたら最後、呪いでもかけられそうな迫力があったのだ・・・。
「・・・はい・・・。これです・・・。」 少女は半ば放心状態で、ロッカーの横にあった掃除用具入れの中から制服を取り出した。
「ありがとう。」 麗奈はにこやかに受け取り、その後、声のトーンを下げて忠告した。
「今度こんなことしたら、押し倒すわよ。」
・・・恐ろしい宣言。
その後、麗奈は軽い足取りでみのりの下へと戻ってきて、「はい、これ。」・・・と、言って制服を渡す。
受け取りながら、みのりは先ほどまでの状況が掴めず戸惑っていた。
「なあ、一体何がどうなってんだ・・・・。」 その言葉を遮るように、麗奈はみのりを抱きしめた。
「何すんだよ!」 「いいのいいの。みのりはそのまま変わらず鈍感さんでいてね。」
「はぁ・・・?」
麗奈は腕を解き、みのりの頭を軽く撫でて微笑む。
「さあ、次の授業に遅れちゃう。早く着替えましょう。」 何事もなかったように着替え始める麗奈。
<わけわかんねーよ・・・> みのりは麗奈を見つめながら、心の中で呟いた・・・・。
後日談になるが、これ以後、みのりに嫌がらせをする女子はいなくなったそうだ・・・・。
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