戻る

野々村は硬直しているみのりをそっと抱きしめる。

そして耳元で、みのりにしか聞こえない小さな声で囁いた。


「君はなんて可愛いんだ・・・。」

みのりの手から、薔薇の花束が落ちた・・・・・。





特別な言葉







みのりは、今まで男から「可愛い」と言われたことがない・・・。

もちろん水野家の兄達は、心の中じゃみのりは世界一可愛くて、
目の中に入れても痛くないくらいだーーーー!!
・・・・と、思っているのだが、みのりが物心ついた時から
その言葉を意識して言わないようにしていた。

もっぱら、ほめ言葉としては
「たくましく育ってくれて兄は嬉しいぞ!」・・・だった。


麗奈からは毎日のように
「みのりってば可愛い〜。食べちゃいたいくらい!」・・・と、言われている。
マジに応対すると本当に食べられてしまいそうなので、聞き流しているが・・・。
いくら麗奈に可愛いと言われても、みのり側の気持ちとしては・・・
男から言われる『可愛い』とは、やはり違うだろう。



そして、壮介・・・・。
壮介もみのりに『可愛い』とは言ったことがない。

・・・・壮介はみのりのことが大好きだ。誰よりも可愛いと思っている。
でも、それを言葉にして伝えたことはない。

壮介にとって、みのりに『可愛い』という言葉を言うことは・・・・特別なことなのだ。

<俺はみのりに男として見られてないもんな>
壮介は自覚している。
男として見られていない今の自分が『可愛い』という言葉を言っても、
真面目に受け取ってもらえないと思っていた。

<みのりにとって、男から初めて言われる『可愛い』って言葉は特別なもののはずだ>
壮介はそう思っていた。
だからこそ、男として見て貰えるようになった時、伝えたかったのだ・・・。



<・・・私が・・・可愛い・・・?>
野々村の言葉に、みのりはドキッとした。照れと焦りとが入り混じったような感覚に襲われた。
今まで言われ慣れていなかった分、強烈に心に響いた。

野々村は、放心状態で大人しく抱かれているみのりの体を、手馴れた手つきで
周りの人間に気が付かれない様に素早く、さりげなくチェックする。

<小さく可愛らしい胸>
<幼い子供を思わせるようなフワフワした体>
<ブルマーをはかせたらさぞかし映えるであろう足>
何もかも僕好み!!・・・・野々村は嬉しくて叫びだしたくなった。
思わず抱きしめる腕にも力が入る。


ここで初めてみのりが我に返り、暴れだす。

「おい!こら!何するんだよ!離せよ!!」

その声で壮介、麗奈も我に返った。

<みのりを助けないと!>

思ったのは同時だったが、壮介より先に行動に移せたのは麗奈だった。

「あんた!何やってんのよ!」
言葉と同時にみのり達に駆け寄り、握り拳を野々村に向かって振り上げる。

その拳を上手い具合に避け、野々村はみのりを解放した。

両手を軽く上げて、クスっと笑い・・・
「みのり。僕はもう君のものだからね。」
・・・・と、宣言して、多くの見物客に動じることなく・・・笑いながら去って行った。


「何なのよ!あいつ!」
野々村を追おうとはしなかったが、麗奈は憤慨し、去っていく背中に罵倒をあびせた。
麗奈と壮介は野々村という男の存在は、噂で聞く程度には知っていた。
でも、まさかみのりにちょっかいを出してくるとは思ってもみなかった。

「あいつ、ちょっと自分がもてるからっていい気になってんのよ!何て奴!変態!」
思いつく限りの悪態をつく麗奈。

みのりは、今さっき自分に何が起こったのか、気持ちとして消化出来ずに、
ぼんやりとしていた。

「おい!みのり?みのり。さっきあいつに何て言われたんだ?」
壮介はみのりの顔を覗き込みながら、肩を掴み軽く揺する。
野々村がみのりに何か呟いていたのを見ていたのだ。

みのりはハッとして、苦笑いする。

「いや、何も言われていないよ。」

<嘘だ・・・>
壮介にはすぐにわかった。
みのりは酷く動揺している。


・・・・壮介は、とても不安だった・・・・・。


薔薇の花に罪はない。
みのりは落ちた花束を拾い、ちゃんと家に持って帰った。

2002.2.12 

うわぁ!やっぱ変になっていく〜。みんな逃げないで〜!
・・・壮介ちょっと切ないかも。