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あい・愛・あい(最終回)



 後日談。


(野々村と美咲)

 夏休みがやってきた。
 好く晴れた日の午後。野々村は庭のテラスで優雅に紅茶なんぞを飲んでいた。

「輝義様ー。」
 お手伝いさんが慌てて駆け寄ってくる。

「どうしたんですか?」

 野々村は席を立ち、キョトンとする。

「あの、あの、今、美咲さまがお見えになって…。」
 お手伝いさんが言葉を詰まらせながら説明する前に…野々村はハッとする。

 お手伝いさんの肩越しから見える風景の中に少女が立っていた。
 少女はペコリと頭を下げた後、ゆっくりと近づいてくる。

「み…美咲…さん?」

 野々村の前に現われた美咲の姿に、呆然とする。

 肩まであった綺麗な黒髪が…ばっさりと切られてて、まるで少年のようなショートカットになっていた。

「美咲さん…その髪…。」

 美咲は、驚く野々村を、真っ直ぐ見つめて、小さな声で言った。

「…輝義さまは、こういう髪型がお好きだと思って…。」
「え?」
「あの…わかってます。輝義さまがみのりさまを好いていることはわかってます…。でも…。」

 美咲は頬を赤く染め、言葉を続ける。

「でも…私、頑張ろうと思って…。」

 そして、自分で言った言葉を思い返し、慌てて言葉を付け足す。

「あ、こんなこと突然言われても、ご迷惑ですよね。…だけど、諦めたくなくて…。だから…。」

 もともと小さかった声が、どんどん小さくなり、消え入りそうになる。…それでも、最後に宣言した。

「だから、覚悟して下さい…ね。」

 そう言った後、黙ったまま耳までリンゴのように真っ赤にして俯いてしまう。

 野々村はしばらく美咲を見つめていたが…不意に微笑を浮かべる。その笑顔はとても優しくて、幸せそう
だった。

 そして、その微笑みは、楽しそうな笑顔に変り、クスクスと笑い出した。

「輝義さま?」
 美咲は顔を上げ、キョトンとして、野々村を見つめた。

 野々村は、しばらくの間笑い続け、その後、美咲の両肩をぽんぽんと軽く叩き、ニコッと微笑みかける。

「美味しいケーキがあるんです。一緒にお茶にしませんか?」

 その言葉を聞いて、美咲は嬉しそうな笑顔になった。そして元気に頷いた。
「はい。ご一緒します。」



(麗奈)

「年下の男の子から好きだって告白されたわ。」

 突然麗奈から電話で呼び出されたみのり。
 喫茶店でカキ氷を食べながら、麗奈が珍しくない話題を提供した。麗奈と出会ってから、みのりは何回くらい
『また告白されたわ。』という話を聞いたことか、既にわからなくなっている。

「うちの高校の1年。昨日いきなり電話がかかってきて、『好きです。』って言われて。断ったんだけど
どうしても1回会って欲しいってしつこいから会ってみた。」
「断ったのに、よく会う気になったな。」
「声がね、とても澄んでて素敵だったの…だから興味があった。でも、会う前はちゃんと面と向かって振って
やろうと思ってたんだけど……。」

麗奈はちょっと複雑な表情を浮かべ、言葉を続けた。

「すごく可愛くて綺麗な子だったの…。」
「…もしかして、女の子?」
「ううん。男の子。でも、女の子みたいなのよ…。」
「ふ〜ん。」
「声なんて、めちゃくちゃ可愛くて、たまんないの。」
「…麗奈…気のせいか目がうっとりしてるぜ?」
「嘘!マジ?やだ…どうしようかな…。」

麗奈は困っているようでいて…どこか嬉しそうだった。




(水野家3兄弟)


 夕食後のひと時。
 秋人の部屋でのミーティング。

「何でよりにもよって、壮介なんだよ。みのりの傍に置いといた奴が一番危険だったってことじゃないか〜!」
 春好が頭を抱えて呻いた。

「壮介の奴、小さな頃はあんな根性ある奴じゃないと思ってたのにな…。」
 冬樹はそう言って首を傾げた。

「みのりは壮介にまかせるのが一番だ。なんてったって、隣同士で目が届く。」
 秋人が腕組をしながら、冷静にコメントし、最後にニヤリと笑い呟いた。

「もし、みのりに相応しくないとわかったら、すぐにどうとでもできるからな。」

 ・・・相変わらず、妹命の困った3兄弟であった…。

 3兄弟がこんなことを話し合っている時、壮介はみのりと映画を観終わったところだった。

「…寒気がする。」
 壮介は一瞬だけ背筋が凍りつくように冷たくなり、体を震わせた。まるで秋人の言葉に反応している
ようだった。


(そして・・・みのりと壮介)


「真夏だぞ?こんな蒸し暑いのに、風邪か?」
 みのりが心配そうに顔を覗き込む。

「いや、大丈夫。それよりお腹すいたな!この後、ご飯食べてくだろ?」
「うん。お腹へって倒れそうだよ。」

 夜の街をゆっくり歩きながら、お店を探す。

 みのりの本日の服装は、スカートではなくTシャツとジーパンだ。壮介と並んで歩く姿は、仲のいい少年
2人という雰囲気だった。あの日以来、服装はたまにスカートやワンピースを着るようになったが、とりたてて
急激な変化はなかった。…でも、心の中は…。

 繁華街は賑わっていて、時折肩や腕を組んだ恋人たちがみのりたちとすれ違う。

 そんな場面を見るだび、みのりは目をまるくする。

<よくこんなトコでベタベタできるよなー…>
 …と、思いながらもちょっとだけ羨ましく思ったりもしていた。

 晴れて恋人同士となったみのりと壮介。その後の進展は、とても穏やかでゆっくりだった。

 いざ念願の両想いになったからといっても、今まで幼馴染として一緒にいた分、照れ臭いという気持ちが
かなりあった。2人きりになった時、ちょこっと触れるだけのキスをする程度の進展。人前でベタベタするなど、
とんでもなかった。それでも、2人一緒にいる時は、ドキドキするし、楽しくて幸せだ。

 みのりは、服やお化粧のことを麗奈に色々ききながら買ったりもしていた。でも、やっぱりジーパンが1番
出動回数が多い。着たいものを着る。そんな感じだった。…みのりがそんな風に思えたのも、スカートを
はいていても、今まで通りの少年のような格好でも、壮介は嬉しそうだったからだ。

<壮介はこのままの私で良いって思っているのかな…>
 そんな思いをこめて壮介に目をやる。
 みのりの視線に気がついた壮介は、少し首を傾げた。

「何?」
「なあ、壮介は私がスカートとかはいて、綺麗にお化粧とかすると嬉しいか?」
「うん。嬉しいよ。」
「じゃあ、今みたいな格好している時は嬉しくないのか?」
「ううん。同じくらい嬉しいよ。」
「何だよそれ。どうだっていいってことか?」
 みのりはちょっとふくれっ面になり、壮介を睨んだ。
 壮介は<何怒ってんだよ>っていうような、不思議そうな目をした。

「違うよ。色々着飾ってるみのりも可愛いし、着慣れた格好してるみのりも可愛い。」
「え?」
「どっちも可愛いんだよ。」
 そう言って、この上なく幸せそうに微笑む壮介。
 壮介にとって、自分とのことがきっかけとなって気持ちを縛ることなく今まで着てみたかった服を着る
みのりも、服も振舞いも今まで通りで、安心して自分の傍にいるみのりも、どちらも愛しかった。

 みのりが自分のことを想ってくれているってことが感じられるから、それが何より、幸せなのだ。

 『可愛い』という言葉を連呼され、みのりはあまりの照れ臭さに立ち止まる。

 壮介もそれに気が付き、数歩先で足を止め、振り返る。

「どうした?」
「お…お前、可愛い可愛いって…恥ずかしげもなく、よくぽんぽん言えるなぁ…。」
「ああ。今まで言えなかった分、かなり溜まってたから。」
「へ?」
「小さな頃からずーっと言いたくて、言えなかった言葉だもん。」
「壮介…。」
「みのりは誰よりも可愛いよ。」
 照れまくっているみのりに対し、壮介はちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 みのりは、真っ赤な顔をしていたが、照れ隠しに、わざと呆れたようなため息をついた。
 その後、心の中から込み上げてくる、嬉しさと愛しさに逆らうことなく微笑んだ。
 …それは天下一品な笑顔で…今度は壮介が頬を赤くする

「早く店探さないと混んじまうよ。行こう。」
 早口でそう言って、壮介は歩き出した。

 みのりは元気に頷いて壮介に駆け寄った。

 そして、壮介の右手に自分の左手を絡ませ、ゆっくりと歩き出した…。


2002.4.24 END

あとがき