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お前のことが好きなんだ!E


「みのりちゃん!!無事かい?」
 杉田はそう言ってみのりに駆け寄るが、みのりはその横をすり抜け、倒れている壮介の許へと
走って行った。

「壮介!壮介、大丈夫か?」
 壁に上半身寄りかかるように倒れている壮介。みのりは傍らにペタンと座り込み、必死に呼びかけるが
完全に気を失っているようで、うんともすんとも言わない。

 杉田は、自分が何をしてしまったのかわからず、おろおろしながらみのりのことを見つめていた。勇気を振り
絞り、みのりを助けようと行動したのに、この男、運も悪いが、タイミングも最悪なようだ。

 みのりは動転し、何もできないでいると、壮介のポケットに入っていた携帯電話が鳴った。
慌てて取り出し、電話に出てみると、麗奈からだった。麗奈はみのりと壮介の待ち合わせの駅まで来ており、
そこから携帯で電話してきたのだ。

「みのり?!無事だったのね!!」
「麗奈、どうしよう…壮介が、どうしよう!!」

 みのりの無事を確認したものの、すぐに様子がおかしいことを感じ、麗奈は携帯電話を強く握った。
そして、混乱状態のみのりを落ち着かせ、事情を聞きだし救急車を呼ぶように指示した。







『お前のことが好きなんだ!』
<みのりは確かにそう言ってくれた…。夢じゃないんだ>
 壮介は嬉しくて幸せで、ニヘっと笑う。夢を見ているようだった。

「七瀬君、ニヤケてるわよ。」
 ベッドの傍に立っていた麗奈は、<一体どんな夢見てんのよ>と思いながら言った。
同じく傍に立っていたみのり、壮介の顔を食い入るように覗き込む。

「…壮介、壮介!」
「…ん…。」
 みのりの呼びかけに壮介は反応した。


<みのりの声だ…>
「みのり、もう一度、好きだって言って…。」

 もう一度、その言葉をみのりの口から聞きたくて、壮介はうっすらと目を開けながら気持ちを言葉にしていた。


「おい。壮介。お前どんな夢みてんだ?返答次第によっては首絞めるぞ。」

 少しずつ意識がはっきりとしてきた壮介の耳に入ったのは、そんな物騒な言葉。

<あ…秋兄の声…?>

 壮介の視界に、心配そうに覗き込むみのりの顔が最初に飛び込んできた。そして、麗奈、秋人、冬樹、春好の
顔を確認し、目をまあるくする。

 驚いてガバッと上半身を起こすが、途端に体中が痛み、顔をしかめる。

「寝てろよ壮介!」
 慌てたみのりが、そっと肩に手を添えて再びベッドに寝かせる。

「えっと…。」
<俺はいったいどうしちゃったんだ?>
 戸惑いながらもようやく自分の置かれた状況に疑問を持ち始めた壮介。

<病院?>
 壮介が寝かされている場所は、病院のベッドの上。しかも、やたら豪華な個室のようだ。服も寝巻き姿に
なっていた。

「良かった…。」
 みのりは壮介が目を覚ましたのでホッとして微笑んだ。

「俺、確か変な男に突き飛ばされて…。」
 壮介は右手で軽く頭を押さえ、ゆっくり思いだしながら呟いた。

 すると、病室の端から突然声が響いた。

「俺のせいです!!」
 杉田の声だった。

 今まで病室の端っこで身を縮めていた杉田が、ベッドに駆け寄った。そして、まるで壮介に襲い掛かりそうな
勢いでガバっと頭を下げた。

「ごめんなさい!俺が勘違いしたばっかりに…!!」
「え?」

 杉田の言葉にきょとんとし、いまいち事情を飲み込めていない壮介。みのりが苦笑いしながら杉田とのことを
話そうとした時、それを遮るように、「それは僕から説明します。」…という声が病室に響いた。

 野々村の声だ。

 それまで杉田同様病室の隅で立っていた野々村がベッドの傍まで歩いてきた。その野々村に従うように
おずおずと、権藤と藤谷、そして美咲も壮介の許へとやってくる。

 麗奈はみのりが襲われたビルに救急車より先に辿り着き、みのりと杉田と共に救急車に同乗した。そして、
壮介が入院した病院を、秋人達と野々村に連絡を入れて、教えたのだ。

「野々村…。」
 壮介は野々村を見つめる。最初の電話で、麗奈から大まかな説明を聞いていた壮介。
<みのりを狙ったの、こいつらなのか?>と、目で尋ねる。
 野々村は申し訳なさそうにコクンと小さく頷いた。それを見て、今度は権藤と藤谷に視線を移し、少し責める
ような目つきで見つめた。

 野々村が少し俯き加減で、ことのいきさつを丁寧に説明し始めた。壮介が気を失っている間に、みのり達は
既に真相を聞いていた。

 権藤がみのりを狙った理由や杉田を雇った経緯までを野々村が話し終え、今度はみのりが口を開いた。

「でも、杉田さん、途中で思いとどまってくれたんだ。」
 みのりは、身を縮め、震えている杉田に目をやり、やんわりと微笑んだ。

「とんでもない間違いをしてくれたけどね。」
 麗奈は杉田を軽く睨みながら言葉を付け加えた。

 みのりは杉田との出会いと男達に襲われるまでのことを壮介に伝えた。

 聞き終わり、壮介はため息をついた。
「じゃ、俺はあの男達の仲間と間違われて突き飛ばされたってわけだね。」
「本当に申しわけありません…。」
 しょぼんとうな垂れる杉田。

 あの時、みのりを助けることしか考えておらず、壮介がみのりを襲っていると思いこんでしまった。

 野々村がみのりと壮介を見つめ、重い口を開いた。

「みのり。…それに、七瀬君。今回のことは、僕に責任がある。本当にごめんね。謝って済むことでないのは
わかってる。でも…。」
 いつもの、いやってほど明るい声と打って変わって、静かな重々しい声だった。

「いや、輝義君は何も悪くない。わしが全て仕組んだことなんだ!!」
 権藤がいきなり床に土下座し深々と頭を下げた。

「私も…私がしっかりしてなかったから、お父様が余計なことを考えてしまったのです!ごめんなさい!」
 美咲も深々と頭を下げ続けた。それを見た藤谷も、慌てて頭を下げた。

「あ…いや、別にもういいよ。頭を上げてくれよ。」
 みのりは戸惑いながら、権藤たちを見つめた。

「杉田さんには何もされてないし、私を襲った連中は全然関係ない奴らだし…謝られても困っちまう。」
「みのり……。」
 本当に困ったって顔して苦笑いしているみのりの姿が野々村の瞳に映る。
「許してくれるんですか…?」
「だから、許すも許さないも、何もされてないんだってば!」
 少しでも野々村の気持ちを軽くしてやろうと思い、みのりは冗談っぽくぶっきらぼうに言った。それに同調する
ように壮介も言葉を付け加えた。
「俺の喧嘩だって、その人たちとは何の関係もない奴らとしたんだ。謝らなくてもいいよ。」
「七瀬君。」
 野々村は涙ぐんでいた。

「つまり、悪いのはあの男たちってことだ。もう気にすんな。」
 みのりが最後に、ニコッと笑って言った。


「ありがとう…みのり。」
 野々村はみのりの優しさに心から感謝した。そして、顔を上げ、いつもの明るい笑顔で言った。

「せめてものお詫びです。七瀬君。この病室を思う存分満喫して下さい。」

 この個室は病院内に1室しかない特別室で、内装はホテル並みだ。野々村が用意したのだ。

「満喫って言っても、病院じゃなぁ…。」
 壮介は苦笑いした。

 権藤とのことが丸く収まった所で、秋人が言った。
「さてと、じゃ俺たちはやることがあるから。冬樹、春好、行くぞ。それと杉田、お前も来い。」
 そう言ってドアへと向かう。冬樹と春好も無言のままついて行く。杉田も、戸惑いながらそれに従い、
後を追う。

「秋兄。何処行くの?」
 みのりが慌てて声をかけると、秋人は振り返って、淡々と言った。

「人んちの妹を酷い目にあわせた奴らをとっ捕まえに行く。」
「え?」

 秋人は杉田を冷やかな目で見た。

「杉田。お前、反省してるんだったら、そのバカタレども捕獲するのに協力しろよな。」
「は、はい!」
 杉田は困惑しながらもしっかり頷いた。

 秋人は燃えるような目で宣言する。

「その5人の顔、覚えてんだろ。草の根分けても探し出すぞ!」
「警察に突き出すんですね!」
 杉田が正義感に満ちた目で尋ねたが…。

「いいや。警察になんか渡すもんか。」
「へ?」
「法律に触れない方法で、この俺自ら生き地獄を味あわせてやる。」
 ふふふふ…と、笑いながら背筋が凍るような笑みを浮かべた秋人は……悪魔のようだった…。




 それから、麗奈や野々村たちも去り、病室にはみのりと壮介だけになった。…みんな気を利かせたらしい。


 みのりはベッドの傍らで椅子に座り、俯いてしばらく無言でいた。壮介もベッドの上で上半身を起こし、
みのりの背後にある窓の方を見つめたまま何も話さないでいた。

 窓からは夕日が射し込み、空は赤く染まっていた。

「みのり。」

 不意に壮介の声が耳に入り、みのりは顔を上げた。

 すると、壮介の少し照れ臭そうに微笑む顔があった。

「みのりが今日のためにワンピース着てくれて、すごく嬉しかった。」
「あ…。そ、そっか。でも、汚れちゃったな。」
 みのりは体をひねり、自分の服を見渡した。所々埃で黒くなってしまってる。
 それから、小さく深呼吸した後、壮介の顔を見る。

「壮介。もう一度言うよ。私はお前のことが好きだ。」
 みのりは少し赤くなりながら、もう一度告白した。

<嬉しい!>
 壮介がみのりの言葉に、じ〜んとして感激していると…。

「でも、もう遅いかもしれないけどな。」
 みのりが苦笑いして言った。
 壮介はきょとんとして首を傾げた。
「…もう遅いかもって…何で?俺の気持ち、知ってんだろ?」
「え?だって、壮介、水島さんと付き合ってんじゃないのか?」
「…は?」
「だって…教室でキスしてたじゃん…。」
「あ…あの時、まさか、見てたのか?」
 壮介は少し焦ったように目を見開き、頭をかきながら、慌てて言葉を続けた。

「あれは未遂だよ。それに、告白されたけど、俺はそんな気なかったから断った。」
「え?ホントか??」
 みのりは身を乗り出し、壮介の顔を縋りつくように見つめた。

「水島さん、あんなに可愛いのに、振っちゃったのか?」
 驚きと、嬉しさで声がひっくり返る。

「お前なぁ…。」
 壮介は『心外だ』って顔をしてみのりを軽く睨む。

「今までわき目も振らずお前のことばっか見てた俺が、そう簡単に気持ちを変えられるわけないだろ!」
「壮介…。」
「俺はみのりが好きなんだ。」

 そう言って、まるで陽だまりのような暖かい笑顔になる。傷と痣だらけの、痛そうな顔だったけど…とても
カッコ良くてみのりの心がピョコンと跳ね上がる。

 カタン…という音がして、みのりが椅子から腰を浮かせる。

 壮介の顔を赤く染めていた夕日の光が、みのりの背で遮られる。


「みのり?」

 少し首を傾げ、みのりのことを見ていた壮介。…そんな壮介の唇に、そっと触れるみのりの唇。

 ほんの一瞬の出来事で、みのりはすぐに離れた。

 何が起こったのか、いまいち実感できていない壮介。瞬きするのも忘れ、みのりを見つめていた。

 みのりは、頬を赤く染め、ふいっと顔を背ける。でも、その後すぐ、照れ隠しが混ざった悪戯っぽい笑みを
壮介に向けた。

「この前、いきなりキスしやがったお返しだよ。」

 2人はこの日、幼馴染から恋人同士へとめでたく変身した。

2002.4.22 

途中で区切れなくて、長くなっちゃった。ああ、照れ臭かったー!
でも楽しいー。これだからラブコメはやめられない〜。次回最終回。