<こいつら絶対許さない>
怒りに燃えた壮介。どうやら痛覚も恐怖心も危険回避の神経も放り投げてしまったようで 殴られても蹴られても、痛みなんか感じていないように、構わず男たちに向かって行った。
「こいつ、化けもんか?」
男たちは何度殴ってもすぐに反撃してくる壮介を、半ば呆れ、残り半分は恐怖の目で見ていた。
先ほど急所を蹴られた大柄な男が何とか復活し、立ち上がる。激しい憎しみを込めて壮介を睨み ポケットから小さなナイフを取り出した。
「ぶっ殺してやる…。」 と、ナイフを構え、震える声で言ったが…いくら怒っているといっても、本気で刺すつもりなど、なかった。 単なる脅しのつもりだった。
「それはいくらなんでもヤバイでしょ。」 「おーい。壮介君とか言う坊や、大人しくした方が良いぞー。」
仲間の男たちも、ちょっと苦笑いしながらその脅しに加勢した。もういい加減疲れてもきていたのだ。 壮介を大人しくさせ、ちょっと痛めつけて終わらせるつもりだった。
でも、壮介は自分に向けられている鈍く光るナイフがまるっきり眼中にないようで… 大柄な男目掛けて走り出した。
「わー!ちょっと、危ねぇぞ!!」
大柄な男は信じられないようなものを見たように愕然と目を見開いた。
そりゃそうだろう。自分の握っているナイフに向かって一直線に突進してくる無謀な奴など見たこと なかったのだから。
<危ない!>
みのりは咄嗟に目を瞑ってしまった。
「お前は馬鹿かーー!」
大柄な男は叫びながらナイフを横へ逸らした。
間一髪、ナイフの刃は壮介の胸には刺さらず、代わりに左腕をかすめ、宙を切った。
壮介は普段、充分すぎるほど冷静で、判断力もある。
でも、どうやらみのりのことで理性を失った時は、この上なく無鉄砲で無茶な奴になってしまうようだ。 それでも、一応ナイフを避けることを計算に入れて向かって行ったのだが、予定外にナイフを動かされた為、 腕を切られてしまった。
壮介の左腕から血が流れ出した。かなり深く切れてしまったらしく、血の量は半端じゃなかった。半そでの Tシャツと上着を赤く濡らし、腕を伝って血が滴り落ちる。
それでも壮介はかまわずに大柄の男を殴ろうと体制を整えた。
「も…もうやめろって!悪かったから…。」
たじろいだ男は今度は自分の身を守るためにナイフを構え直した。
「みのりに怪我させといて、ただですむと思ってんのかよ。」
この場に来て、初めて壮介が言葉を発した。声質がそれほど低い方ではなく、迫力はなかったが…。 はたから見たら、一方は5人がかりで、しかも軽傷。もう一方はたった1人でボロボロ状態。
どう考えたって壮介の方がピンチなのだ。
でも、顔中殴られ腫れ上がり、体は埃まみれの傷だらけ、おまけに腕から血を流しているにも かかわらず、まるで痛みを感じていないように平然と怒りに燃えた睨みをきかせている壮介の姿は、 男たちに恐怖を与えた。
「刺したきゃ刺せよ。でも、その時はお前も道連れだからな。」 そう言って、ジワジワと大柄な男に近づいて行った。
「ひ…ひええ…。」 大柄の男は怯えた目を壮介に向け後退り、しまいには出口に向かって脱兎のごとく逃げ出した。 他の仲間たちも一斉に大柄の男の後に続いた。
「待てよ!!」
壮介が男たちを追おうとした時、胸の中に何かが飛び込んだ衝撃を感じた。みのりだ。
「壮介、もういい!じっとしててくれ!!」
みのりはこれ以上壮介に怪我をさせたくなくて、必死に抱きしめた。
「みのり…。」
壮介はようやく冷静になり、自分に抱きついているみのりを見つめた。
みのりの肩は少し震えていた。壮介には泣いているように見えて慌ててみのりの肩に触れ そっと体を離した。
「泣いてんのか?どっか痛いのか?殴られたトコか?」
みのりの瞳に、心配そうに自分の顔を覗き込む壮介の顔が映る。幼い頃からずっと見てきた顔。でも今は
怪我で悲惨な状態になっていた。しかも、涙ぐんだみのりの瞳には、壮介の顔は滲んで見えて、余計酷く
見えた。
<ボロボロじゃねーか>
「みのり、どこが痛いんだよ。」 おろおろしながらみのりを見つめる壮介。みのりはクスっと笑った。
「私なんかより、壮介の方がよっぽど重傷だろ?」 その言葉に一瞬何を言われているのかわからず、きょとんとする壮介。 みのりは、右手で壮介の腫れた頬にそっと触れた。
「痛…。」 傷に触れられて、ようやく痛覚が復活したようで壮介は顔をしかめた。
「病院いかないと…。」 みのりは、壮介の傷を辛そうに見つめた。
「…ワンピース、着たんだね。」 壮介は、みのりの言葉とは全然関係ないことを、嬉しそうに言った。
「…あ、えっと、あんまし似合ってねーだろ。でも、本当はもう少しマシだったんだ。 麗奈がお化粧もしてくれたし、服だってこんなに汚れてなかったし。」
みのりは無理して笑いながら頭をかいた。壮介の視線を感じる照れと、何て言われるかの怖さとで、 先に否定の言葉を早口に口走る。
「ネックレスだって初めて買ってさ…。」 ここで、ふいにみのりの瞳から涙が零れた。今まで堪えてきた恐怖が一気に噴出した。慌てて俯いて、 涙を見せまいとするみのりの体が、ふわりと温かさで包まれた。
「壮介…?」 「すっげー似合ってる。」 壮介はみのりをそっと抱き、耳元で囁いた。
みのりへの愛しさと、労わり、そして自分と会うために初めてワンピースを着てくれた嬉しさがこもった 声だった。
優しい…安心する温かさに包まれながら、みのりは心の底から愛しさを感じた。
みのりはもう泣き顔を隠すことも忘れ、顔を上げ、壮介を見つめた。
「壮介。私は、お前のことが好きなんだ!」 「え?」 壮介は驚いて目を見開いた。
「自分の気持ちから逃げて、壮介に酷いこと言っちまったけど、私はお前のことが…。」 みのりの言葉が途中で遮られる。壮介が今度はギュッとみのりのことを抱きしめたからだ。
「みのり…。」 壮介はみのりにもう一度告白しようとした。
その時、『バーン!!』っという大きな音を立てて、ドアが開いた。
驚いた壮介とみのり、抱き合ったまま音の方に顔を向ける。
そこには、荒い息をして汗だくになっている杉田が立っていた。
<嫌がるみのりちゃんに無理やり抱きついてる!> みのりを助けに舞い戻った杉田。壮介が誰なのか知るわけがなく、先ほどの男達の仲間だと思って 目に入った光景を完全に誤解してしまった。
<許せない!>
「その子を放せーーー!」 凄い勢いでダッシュし、呆然としている壮介に向って行った。
<何なんだー?> 杉田とみのりとのいきさつを知らない壮介。当然杉田が何者なのかもわからない。しかも先ほどの喧嘩で 完全に体力も奪われている。壮介には、迫りくる未知の男からみのりを庇う余裕しかなかった。
とっさにみのりを押しやり、自分から離した。
その直後、大柄な杉田に体当たりをかまされ、小柄な壮介は弾き飛ばされた。
「壮介!」 叫ぶみのりの瞳に、宙に浮く壮介の体が映る。
ゴン! 鈍い音がした。 壮介は壁に後頭部をぶつけてしまい、そのまま床に崩れる。
<みのり…>
気を失っちゃいけないと思いながら、意識が遠のくのを止められなかった。
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