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お前のことが好きなんだ!A

 壮介は待ち合わせ場所に到着し、みのりのことを待っていた。

<あと10分か…>

 壮介の腕時計はAM9:50を示していた。


 そして逃げ出した杉田はというと…。

 全力疾走で闇雲に走り続け、息を切らしてよろめきながら側にあった電柱に手をつき立ち止まる。

<どうしよう…どうしよう…>

 残してきてしまったみのりのことが頭から離れず、泣きたい気持ちになる。その時、上着のポケットに
入れていた携帯電話が鳴った。

<まさか…>

 震える手でポケットから携帯電話を取り出し、出てみると…『仕事』を依頼した男の声がした。

『もしもし、杉田、俺だが…。』

 要するに藤谷からの電話なのだが、杉田は何を思ったのか、そこまで聞くといきなり電話を切ってしまった。
そして携帯電話を思い切り地面へ投げつけた。

 ガシャっという音を立てて携帯電話がコンクリートの上を転がる。

<やっぱり俺にはできないよ……>

 先ほど、自分を助けてくれた少女のことを想い、胸が熱くなる。

<あの子、あんなに小さな体なのに、俺のことを助けてくれた!酷いことをしようとしていた俺なんかを
助けてくれた!!>

 杉田は、両手をギュッと握り締め、顔を上げた。

<あの子の所に行かなきゃ!助けなきゃ!>

 杉田は逃げてきた道をよろよろと引き返し、その足取りはだんだん駆け足へと変わって行った。






「電話、切られちゃいました……。」

 藤谷は真っ青になって権藤へ報告した。

 権藤家では今パニックになっていた。先ほど野々村から権藤宛に電話が入り、すでに悪巧みが全てバレて
いることを知ったのだ。しかも今、野々村は詳しい事情を聞きに権藤の自宅へと車で向かっている最中なのだ。

『みのりに何かあったら、その時はわかっていますね。』

 電話口での野々村の凍りつくような冷やかな声に権藤は震え上がった。しかも、密告者が自分の愛娘、
美咲なので怒るわけにもいかず、怒りと怯えの矛先は全て藤谷に向いていた。


「切られちゃったじゃ済まんぞ!!とにかく即刻計画は中止しないと!!」
「しかし杉田の自宅は留守電でしたし携帯を切られてはどこで何をしているか、わからないです。」
「この役立たず!そんないい加減なことでどうすんだ!!」

 藤谷は心の中で<こんなことになったのはあんたの娘のせいで、俺のせいじゃねーだろ!>と
悪態をついたが、あくまで反省していますというポーズをとって、うな垂れていた。

「もしその男があの少女を傷つけでもしたら、おしまいだ…!」

<たぶんクソガキ…いや輝義君は容赦せず何らかの報復に出るだろう>…と、心の中でもきちんと名前を
呼ぶように改めるほど、権藤は追い詰められていた。

 居間で落ち着きなく円を描きながらウロウロしている権藤。必死で知恵を絞っているのだが何も思いつかない。

「お父様。」

 突然美咲の声がして、権藤と藤谷、同時に入り口の方へと視線を向ける。そこには固い表情の美咲と、
いつもの笑顔がない無表情の野々村が立っていた。

「美咲…。輝義君。」

 権藤は、搾り出すように声を出した。

 美咲はゆっくりと権藤に歩み寄り、顔を上げた。父親を見つめる美咲の目からは、静かな怒りと悲しみが
感じ取れた。権藤は何か言葉を言われる前から、美咲の気持ちを感じ取り、いたたまれず俯いた。

「お父様…。」
「美咲…こ…今度のことは藤谷が勝手に…。」

 混乱した権藤は横にいた藤谷に責任を押し付けようとした。

「ちょ…ちょっと、それはあんまりですよ!私は社長の命令に従っただけです!」

 さすがの藤谷も抗議した。たった一人悪者にされるのなんかまっぴらごめんだった。

 美咲は手をギュッと握り締め、目を固く瞑り叫んだ。

「お父様の馬鹿ーーー!」

 居間に美咲の大きな声が響く。父親である権藤を始め、藤谷、野々村も驚いてしまう。美咲がこれほど
大きな声を出したのは生まれて初めてだったからだ。

「人のせいになんかしないで下さい!全て、お父様が仕組んだことなのでしょう!」
「美咲…わしはお前のために…。」
「私のためだと言うならば、もうこんなことやめて下さい!」

 美咲の瞳から涙が零れた。

「美咲!わ…わしが悪かった!!だ、だから泣かんでくれぇ!!」

 権藤の悲痛な叫び。大切な娘の悲しみの涙だ。そりゃ焦るだろう。さすがの権藤も、この涙を目の当たりにし、
深く深く反省したようだ。

 ここで野々村が、口を挟んだ。早急にみのりの安全を確保しなければならないからだ。

「みのりに手を出すのを止めさせてくれましたね?」

 声は冷静だが、目は一切の拒絶を許さないほどの迫力があった。

「それは…。」

 口ごもる権藤。混乱状態で上手く説明できないようだった。野々村は藤谷に視線を移した。藤谷は小さな
ため息を付いた後、キビキビと事情を説明し始めた。

「連絡が取れない?」

 説明を聞き終えた後、野々村は愕然とした。

「はい。仕事を依頼した男がどこにいるかもわからないので、依頼の取り下げができません。」


「くそっ!」

 野々村は苛立ちと焦りを隠せず、その言葉を吐き捨てた。そして胸に痛みを感じ、祈るように
目を閉じた。

<みのり…ごめんなさい。僕のせいで!!>

 権藤家に向かう途中、野々村はできる限りのことをしていた。携帯電話で権藤家に電話を入れた後、
あらかじめ記憶していたみのりの家の電話番号を押した。みのりは携帯電話を持っておらず、まずは
そうするしかなかった。

 電話に出たのは秋人だった。野々村は、その時点でみのりは前日からウチを空けていることと、
麗奈の家に泊まりにいったことを知った。秋人にわかる限りの大まかな説明をして、もしみのりから連絡が
入ったら安全を確保してあげて欲しいと頼んだ。次に、麗奈のウチの電話番号を秋人に調べてもらう。
そして、麗奈へ電話を入れた時、今日みのりと壮介が会うことになっていることをきいた。すでに家を出た
後だと聞いて、壮介にもこのことを連絡して欲しいと麗奈に頼み、自分はとにかく権藤家へと乗り込んだのだ。
麗奈からも秋人からもまだ何の連絡もない。何か状況が変化したら連絡をもらえるように頼んでいたのだ。

「輝義様。」

 美咲は不安げに野々村の顔を覗きこんだ。野々村は数秒の間考えた後、顔を上げた。

<今はとにかく、みのりと七瀬君との待ち合わせ場所へ行こう!>…そう決断し、口を開いた。

「権藤さん、藤谷さんも一緒に来て下さい。それから美咲さんも。」

<人は多い方がいい>

 みのりを探し出すため、動き出した。

<無事七瀬君の許へ辿り着いていて下さいね…>

 そのことだけを願っていた。

2002.4.10