コンコン。
電話ボックスのドアがノックされ、杉田は振り返る。すると、まだ10代と思われる若者達が5人、 ニヤニヤと不快な笑みを浮かべて電話ボックスを囲むように立っていた。
みのりが腕時計を見ると、AM9:43を示していた。
<緊張するなぁ…>
期待と不安に胸を膨らませ、再び視線を駅の方へと戻した時、電話ボックスから大柄の男が 数人の若い男達に引きずられる様にして狭い路地へと連れて行かれるのが見えた。
<…あれ?>
みのりは、その大柄の男に見覚えがあった。サングラスにマスクをつけた…あの時転んで怪我をした
男ではないかと感じた。明らかに様子がおかしく見えたので、みのりは首を傾げた。
<どうしよう・・>
数秒間迷ったが、ゆっくりと男達の後を尾行し始めた。
どんどん人気のない寂しい道へと連れて行かれ、杉田は泣きたい気持ちになっていた。
途中でサングラスもマスクももぎ取られ、気弱な顔がますます怯えたように歪んでいるのを見て、 若者達は笑っていた。
<何でいつもこうなんだ>
杉田はからまれやすい自分の体質(?)を呪った。
「俺らちょうど暇でさあ。」 「遊ぶ金、出してくれたら何もしないからさ。」 「仲良く話でもしようぜ。」
5人とも、一見見た所、良い家のお坊ちゃんという感じだった。ごく普通に見える若者達だったが、
その瞳は残酷な光を放っていた。口では金が欲しいと言いながら、実際はただ単に怯える杉田を弄んで
楽しんでいるだけだった。彼らにとって、これは単なる暇つぶしで、当然金を出してもただでは開放する気
なんてなかったのだ。
寂れたホテルや小さな飲み屋がひしめき合う路地裏に、廃屋があった。小さな2階建てのビルだ。
取り壊す予定のようで、周りはロープが張り巡らされていて立ち入り禁止の札がかかっていた。少年達は
そこへ向かって歩き出した。
まわりの店は夜では比較的にぎわっているのだろうが今は真昼間で人の気配もなく静まり返っている。
こんな所に連れ込まれたら最後、何をされるかわからない。杉田は真っ青になって抵抗を始めた。
「放して下さい!!」 「大人しくしろよ!」
一人の男が杉田の頬を思い切り殴った。杉田の唇が切れて血が滲む。
男たちが杉田を引きずり、ロープをくぐろうとした時少女の声が辺りに響いた。
「お前ら何やってんだよ!!」
<あ…>
声の方へと目を向けた杉田。瞳に、自分が付け狙っていた少女の姿が映る。
5人の男達の目にも同様に、小柄な少女の姿が飛び込んできた。
「その人を放せよ!」
みのりは怯むことなく5人の男たちを睨みつけていた。
<こいつら許せねー!!>
こういう弱いもの虐めが大嫌いなみのりは黙ってはいられなかった。後先考えずに行動に出ていた。
「何だ?この子。」 「どうする?」
男達はみのりを見て、面白そうに笑い、ヒソヒソと言葉を交わしていた。どうやら杉田からみのりへと
標的を変えたようだ。獲物としてはみのりの方が楽しめそうだと思ったようだ。とっとと杉田を放り出し、
みのりへとにじり寄る。放り出された杉田はへなへなとその場へ座り込んでしまった。
「お嬢ちゃん、小学生?」 「中学生だろ。」
ヘラヘラ笑いながら男たちはじわじわとみのりを取り囲み、逃げ道をなくしていった。
「ふざけんな!こう見えても17だぜ!」
年齢への抗議の言葉を叫びながらみのりは数歩後ずさるが、途中で腕を強く掴まれ身動きができなくなる。
「放せよ!痛ぇじゃねーか!」 「何言ってんだよ。君があの男を放せって言ったんだろ?俺らそれに従ったんだから その責任は君が取ってくれなきゃな。」 「何だよ!責任って!」
「暇潰しに付き合ってもらわなきゃ。あいつの代わりにね。」
腕を掴んだ男が、座り込んだままの杉田に目線を送り、にやりと笑った。
「もうお前、邪魔だからどっか行けよ。」
杉田の横にいた別の男が、杉田の肩をポンッと叩き面倒くさそうに言った。
杉田は戸惑いながら視線を泳がせて男達とみのりとを、交互に見つめた。
「早くどっか行けって言ってんだよ!」 「のろま!また殴るぞ!」
杉田の様子にイライラした男達が口々に怒鳴った。
「す…すみません!!」
杉田は目をギュッと瞑り、急いで立ち上がって駆け出した。みのりを置いてきぼりにする罪悪感が
杉田を襲うが、振り切るように全力でその場から逃げ出した。
取り残されたみのり、杉田を助けることができてホッとする余裕もなく、さすがに自分が置かれた立場に
危機を感じていた。
「放せよ!馬鹿野郎!!」
懸命に、掴まれた腕を振り解こうと暴れるが、小柄で非力のみのりには到底無理なことだった。
「大人しくしろっつーの。」
腕を掴んでいた男は、手を放し、今度は両手でみのりの胸倉を掴み睨みつけた。その時、みのりの
首にかかっていたパールネックレスの紐が切れて、白い粒が地面へと転がり落ちた。
<負けてられるか!!>
みのりは不意をつき、男の手に思い切り噛み付いた。
「痛ぇえ!この野郎!!」
男は手を放し、怒りに任せてみのりのみぞおちを蹴り上げた。
信じられないくらいの痛みが襲い、みのりは息ができなくなりそのまま意識を失った……。
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