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頑張るぞっと!


次の日の朝、みのりはすいぶん早くに目が覚めてしまった。
いよいよ迎えた日曜日。壮介との約束の日だ。
布団から起きだして窓の外を見ると、雲ひとつなくとても良い天気になりそうでみのりはホッとした。
みのりは窓を開け、朝の空気を思い切り吸い込んだ。
明け方に寝たばかりなのであまり睡眠をとっていなかったが、頭は冴えていて気力はみなぎっていた。

そして、<がんばるぞ!!>と気合を入れた。
「みのり?おはよう〜。」
みのりの気配に気が付き麗奈も目を覚ましてしまった。
トロンとした目で時計を見て麗奈は起き上がる。

「ごめん、起こしちゃったな。まだ6時だし寝てろよ。」
みのりが申しわけなさそうにそう言うと、麗奈は首を横に振った。
「どうせもう少ししたら起きるつもりだったの。」
「え?」
「みのりを変身させなきゃ!」
麗奈はニッコリ笑った。

母親を起こさないように朝食を作り、食べ終えた麗奈とみのりはさっそく準備にとりかかる。

「待ち合わせは何時なの?」
「10時。」
現在の時刻は7時ちょっと前。
デート場所として選んだ所の最寄駅前に噴水があるので、そこが2人が決めた
待ち合わせ場所なのだ。そこは麗奈の家からは電車には乗るが、30分程度で行ける距離だった。

「じゃあまだまだ余裕があるね。」
麗奈はみのりの爪に淡い桜色のマニュキアを塗りながら、表情はまるで
白いキャンバスに絵を描く芸術家のようだった。
そんなものを爪に塗るのは生まれて初めてのみのり。まじまじと見つめていた。
そして1時間以上の間、麗奈のされるがままになっていた。
<何だかまな板の上の鯉な気分だな>
心の中でそうコメントしていた。
こうして麗奈の部屋でみのり改造計画は滞りなく進んで行った。

「どう?」
麗奈が自信満々に手鏡をみのりの前に掲げる。
身支度もして、髪も整え、薄くメイクもしてもらい・・・みのりは鏡に映る自分の顔を緊張気味に覗く。

<…うわぁ>
何てコメントして良いのかわからず、ただただ戸惑っていた。

「全身も見てみなよ。」

麗奈の部屋には等身大を映せる大きな鏡もある。
みのりは恐る恐るその前に立つ。

昨日揃えた真っ白いワンピースやネックレスを身につけ、挙句はメイクまでしている
自分の姿を見て、苦笑いする。

<似合ってるのかどうか、全然わかんねーや・・・>
とにかく、今までこんな姿になったことがなかったので違和感を感じていた。
でも、照れくさいけど嬉しくてワクワクしている。これもまた、本当の気持ちだ。

ふいに背中が温かくなる。
麗奈が後ろからみのりを包み込むように抱きしめていた。

「れ、麗奈?」
みのりは少し慌てたように後ろを向こうとしたが、耳元で囁かれた麗奈の言葉に動きを止める。

「大丈夫。みのりはとても可愛いよ。」
麗奈の声は優しくて、みのりは俯いてスカートの生地をギュッと握りしめ、
小さな声で「ありがとう。」と言った。

「じゃ、行ってくる!」
みのりは、新品の鞄を肩にかけ緊張した顔で玄関に立つ。
「頑張ってね!」
「おう!」

麗奈に見送られ、元気良く飛び出して行った。
<七瀬の奴、みのりのあの姿を見たら泣いて喜ぶだろうな>
その場に立ったまま、麗奈は閉じられたドアをしばらく見つめていた。
「・・・あれ?」
麗奈の瞳から小さな涙の粒が零れ落ちた。

<ヤダなぁ。もう・・・>
苦笑いしながら手の甲で涙を拭う。
<みのりの恋の成就を応援するって決めたのに…>
簡単には切ない気持ちは消せず、それでもみのりの健闘を祈る麗奈だった。



その頃、権藤は不機嫌極まりない顔をしていた。
権藤家には広い庭に大きな池があり、高価な鯉がのどかに体を漂わしている。
池の縁に立ち、鯉を眺めながら後ろにいる藤谷に苛立ちを言葉にしてぶつける。

「例の少女の件はどうなったのだ?」
藤谷は権藤の短気さには慣れているので悪びれることなく淡々と状況を説明した。

「手は打ってあるのですが、まだ成果は出てないようです。もし今日中に連絡がなければ
別の手を考えます。」
「その杉田って男、本当に役に立つのか?」
「ダメならダメですぐにお払い箱にしますから。」
「頼むぞ。どんな手を使ってもかまわんぞ。
輝義君に近づく女はどんな奴でも許さない。美咲のためだ、金ならいくらでも出す。」

権藤は渋い顔をしながら鯉のえさを池にまいた。
鯉が水しぶきを立てながら餌に群がる。

<親ばかですねぇ…>
藤谷は半ば呆れながら権藤を見つめていた。
<しかし、こんなこと、お嬢様が知ったらどう思いますかね>
あまり真剣みをいれず、そんなことを考えてみた。
でも、藤谷にとってはどうでもいいことだった。
<俺は俺の仕事をするだけさ>

が、この2人は気が付かなかった。
自分たちの背後にある桜の木の陰で、今の会話を聞いている者の存在がいたことになど
…気が付かなかったのだ。

<どうしましょう・・・>
美咲は父親と藤谷の会話を聞いて、動転していた。
<私のせいで輝義様がお慕いする方が危険な目に遭わされる・・・>
体が震えるのを押さえ、父親と藤谷がその場から去るまでじっと身を隠していた。

2002.4.1 

今回も照れ〜。