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壮介の笑顔


日も暮れ、辺りが薄暗くなりかけた頃、壮介は喫茶店の一番奥の席で紅茶を飲みながら
人を待っていた。

待ち人の姿が視界に入り、壮介は顔を上げた。

「秋兄、こっち!」
喫茶店の入り口で店内に視線を泳がせていた秋人に声をかけた。
秋人はゆっくりと壮介の下へと歩いて行った。

「お前が俺を呼び出すなんてな。」
秋人は壮介の顔を見るなり、心もち笑みを浮かべながら言った。
ここは、以前壮介が秋人に呼び出された喫茶店だ。今日は逆に壮介が秋人を呼び出した。
秋人の携帯電話に連絡を入れたのだ。

「仕事中なのにごめんね。」
「大丈夫だ。今日は残業する気なかったから定時退社。このまま帰れる。」
4人席だったので、空いているイスに鞄を置いて、席についた。

ウエートレスが注文を取りに来たので、秋人はメニューを見ることなくコーヒーを頼んだ。

「で?話しってなんだ?」
秋人は腕を組み、無表情で壮介に目をやった。
「みのりのことだけど。」
「ふーん。」
秋人は表情こそ変えなかったが、<ゆっくり話しを聞きましょうかね>と心の中で呟き、
壮介の言葉を待っていた。

「秋兄。俺、みのりのこと、諦めないから。」
「この前きっぱりと拒絶されたんじゃなかったのか?」
「されたよ。でも、男として振られたわけじゃない。」
「男に見てもらえないんじゃ振られるより可能性が薄いと思うが。お前はみのりにとって
兄妹か単なる幼馴染にしかなれないんだよ。」
壮介にとって厳しい言葉を淡々と並べる秋人。でも、壮介は怯むことなく言い返す。

「今はね。」
「これからだって同じだよ。」
「まあ、見ててよ。」
壮介はとてもリラックスした微笑を見せた。
秋人は、幼い頃から壮介を見てきたが、彼のそんな笑顔を見たのは久しぶりのような気がした。

「話しはそれだけだから。」
「壮介。」
席を立とうとした壮介を、秋人は呼び止めた。

「飯でも食ってかないか?」

秋人の予想外な言葉に壮介は目をまるくしたが、戸惑いつつも頷いた。
喫茶店を出た後、秋人に連れられて近くの寿司屋に入った。
店内はすでに半分くらい席が埋まっていて、会社帰りの背広姿の客が多かった。
とても高そうな雰囲気のお店で、壮介は暖簾をくぐった後、横にいた秋人に思わず聞いてしまった。

「高そうだけど、大丈夫なの?」
「心配すんな。これでも稼いでんだ。」
2人はカウンター席に座り、ゆっくりと食事をしながら昔の話しをした。

「お前、よく喧嘩で負けてボロボロになって帰ってきたよな。」
「あれは、みのりが誰かれかまわず喧嘩を買うからだよ!」
「喧嘩弱いクセに気だけは横綱なみに強かったからな。」
「そのおかげで俺も随分鍛えられたよ。」
「良かったじゃないか。みのりに感謝するんだな。」

秋人の勝手な言い様に、壮介は苦笑いした。
「高そうなものを頼んでやる!」
壮介は仕返しにウニや大トロを注文し、食べまくった。

秋人はその様子を見つめて、子供の頃の壮介を思い出しながら複雑な微笑を浮かべた。

<まさかみのりがこいつを好きになるとはね>
小さな頃の壮介と言えば、いつもみのりと一緒に秋人達にくっついて回っていて
コロコロとよく笑い、みのりにいつもおされ気味の頼りない奴だった。

<でも、みのりを守ってきたのもこいつだからな>
秋人達に言われたことがきっかけではあるが、壮介はみのりへの一途な気持ちを貫き通した。
秋人達の言葉に見事に応え、みのりを守ってきた。

<もうそろそろ俺達の出番はなくなるわけか…>
不本意ではあるが、認めてやらなきゃいけないな…と、思いながらも
まるで娘を嫁に出すような寂しさを感じる気の早い秋人であった。

寿司屋を出た時には、街はすっかり夜の景色になっていた。
電車を降りて、家路への道をのんびりと2人で歩いていた。

「壮介、そういやもうじきテストじゃないのか?」
秋人は、自分より少し先を歩く壮介に尋ねた。壮介は振り返らずに両手を伸ばして伸びをした。

「日頃努力してるから大丈夫だよ。」
「たいした自信だな。」
「長年、秋兄目指してたからね。」
立ち止まって振り返り、ニッと悪戯っぽく笑う。そして、柔らかな微笑みに変え、秋人を見つめた。
秋人もつられて歩くのを止め、立ち止まる。


「でも、もうやめた。」
「ん?」
「俺は俺だ。秋兄なんか目指さない。」
「ふん。お前の目標になんかなりたくないね。」

壮介はふふっ・・・っと笑い、前を向いて歩き出す。

秋人はしばらく壮介の後姿を見つめていたが、ふいに口を開いた。

「壮介。」
「何?」
再度立ち止まり、きょとんとした顔で振り向いた壮介。

「いいか。今度またみのりのこと泣かせたら、その時は殴るくらいじゃすまないからな。」
「秋兄?」
「みのりがお前をどう思ってるか知らんが、せいぜい頑張るんだな。」

秋人なりの応援の言葉だった。
<何があったか知らないが、壮介もすっかり立ち直ったみたいだしな。ま、大丈夫だろ>
みのりと壮介の気持ちを知っている秋人。でも、口出しするつもりも手助けするつもりもなかった。


秋人の言葉に、壮介は驚き目を見開いた。その後嬉しさを隠さず笑顔を見せた。

「泣かせるわけ、ないじゃん。」
<もうみのりの泣き顔は見たくないからな>

秋人はクスっと笑った後、壮介に歩み寄り頭をペンッと叩いた。
そして2人肩を並べて歩き出した。

この週の金曜日に3日続いた期末テストが無事(?)終わった。

2002.3.25 

さーて、この後は青春ラブコメモードにまっしぐら!
(書いてて恥ずかしくなってますが楽しいです・・・汗)