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週が明けて、月曜日がやってきた。


「ありゃ?」
みのりは素っ頓狂は声を上げた。
朝、学校へ行ってみると下駄箱に封筒が入っていたのだ。




小さな封筒




「どうしたの?みのり。」
傍にいた麗奈が首を傾げてみのりの顔を見つめた。

「いや、封筒が入っててさ。」
可愛らしい茶色の犬の絵が描かれた小さな封筒が、みのりの上履きの上にちょこんと乗っていた。
開けてみると、おそろいの絵柄のカードが入っていて、差出人の名も書かれていた。
野々村からだった。

『みのり。今日のお昼休み、屋上で待っています。大切なお話しがあるのです。
きっときっと来て下さいね。来てくれるまで待っています。野々村輝義より』
ため息が出るほど達筆な字で書かれていた。

<何だ?あいつ。人呼び出して何の用だ?>
みのりは怪訝な顔をして『大切なお話し』が何なのかを、あれこれ考えてみた。
麗奈が横から覗き込み、カードに書かれた内容に目を走らせる。
読み終わった後、麗奈は<もしや>と思い、みのりに尋ねた。
「みのり、あなた野々村に返事したの?」
「返事?返事って何の……あ!」
言っている途中で重大なことに気が付き、みのりの顔から血の気が引いた。

<私、好きだって言われたのに、返事してねーや!!>
みのりの様子を見て、麗奈はため息をついた。

「な…何で麗奈がそのこと知ってんだ?」
「野々村から聞いていたの。みのり、七瀬君とのことで、すっかり忘れていたでしょう。」
麗奈の言葉は事実を言い当てていて、みのりはうな垂れ力なく頷いた。
<どうしよう。あいつ真剣だったのに>
壮介とのことで、人を好きになる気持ちを痛いほど感じたみのりは、
野々村に対し心底申しわけないと思った。

<あいつも可哀想にね>
麗奈はあまり野々村のことを好いてはいなかったが、今回ばかりは同情していた。



お昼休み。
野々村は屋上の隅にあるベンチに腰かけて、青空を見上げていた。

「野々村ぁー!」

待ち人の声が聞こえ、野々村は視線を声の方へと移した。
全力で駆けて来るみのりの姿が視界に入った。

「みのり。」
微笑みながら右手を上げて軽く振る。
みのりは野々村の真正面で急ブレーキをかけるように止り、いきなり深々と頭を下げた。

「すまなかった!」
まるで土下座でもしそうな勢いのみのりに、野々村は戸惑いを感じた。
「みのり、どうしたんですか?」
「だって、私、お前に返事してなかった。ごめんな。このところ色々あって
気が回らなかった。最低だ。本当にごめん!」
「みのり。」
<やっぱり、忘れていたんですね>
頭を下げ続けるみのりを見て、野々村の心がチクンと切ない痛みを感じた。
それなのに、みのりらしい謝り方に思わず可笑しくなってしまった。
「みのり、頭を上げて下さい。」

そう言われてみのりはゆっくり頭を上げたが、すぐに辛そうに俯いた。

「お前が今日ここに呼び出したのって、返事が欲しいからなんだろ?」
「はい。そうです。」

野々村は座ったまま、優しげな眼差しでみのりを見つめた。
下を向いていたみのりは、ちゃんと野々村の目を見て話しをしようと顔を上げた。
みのりの瞳に、野々村の柔らかい微笑みが映る。

「ごめんな。私が好きなのは壮介なんだ。」
目を逸らさずに、気持ちを伝えたみのり。
緊張のためか微かに声が震えていた。
野々村は、その言葉を言われることを覚悟していたものの、胸を締め付けられたような感覚に捕らわれた。
でも、それを悟られることなく明るい笑顔を向けた。

「答えてくれてありがとう、みのり。」
「野々村。」
「これで気持ちに区切りが付けられます。」
野々村は静かに立ち上がり、空を見上げた。

「みのり。」
名前を呼ばれ、みのりは野々村の顔を見上げる。野々村の視線は空へと向けられていたが
とても優しい声でみのりに言った。

「みのりはとても素敵な女性ですよ。」
「へ?」
「自分で自分の気持ちを縛ることをやめたら、もっと素敵になると思います。」

みのりの心に、野々村に言われた言葉が響いた。
<何でこいつは私のことをこんなに考えてくれるんだ?>
まるで心の中を覗かれているような気がして、顔が熱くなるのを感じ俯むいた。

自分で自分の気持ちを縛る…。確かにみのりは、そうやって生きてきた。

「なあ、何でそんなに私のことがわかるんだ?」
小さな声で疑問を投げかけた。とても不思議なことだった。

「あれ?先ほどの言葉はなんとなく感じたことを言ったまでなんですが、心当たりがありましたか?」
野々村はみのりの顔を見て、軽い口調で言った。
「…ああ。」
「嬉しいな。きっといつもみのりのことばかり考えていたから当たったんですね。」

その言葉どおり、野々村は嬉しいって表情を作っていた。
そして、
「じゃあ、僕は教室へ戻ります。」
…という言葉を残し、出口へと歩き出す。

<ありがとう>
みのりは心の中でそっとお礼を言った。
みのりが長年目を背け続けてきたことを、目の前に突きつけてきたのは野々村だ。
初めは何て奴だと思ったが、今、みのりが前を向いて進んで行こうと思えるようになった
きっかけを作ったのは野々村なのだ。

屋上に残されたみのり、小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

一方、野々村は階段を一段一段下りていき、途中で足を止める。
野々村はみのりに出会うまで
<恋ってなんだろう、人を愛するってどんな気持ちなんだろう>と、考え続けていた。
みのりに出会ってからは
<みのりはどんなことに笑って怒って泣いたりするんだろう。どんな人を好きになるんだろう>
…と、想い続けてきた。

<みのりにもっと自分のことを知ってもらい、それまで返事は待っていようと思っていたけれど、
本当は結果を出されるのが怖かったんですよね>
野々村は苦笑いした。


「失恋ってこんなに辛いものなんですね。」
<この胸の痛みは、いつか消えてくれるのでしょうか>
消えるまでには、まだまだ時間がかかりそうだな……と野々村は思った。

2002.3.21 

ごめんよ野々村ーー(涙)