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危険がいっぱいB



<うあー!気付かれたー!>
こともあろうに付け狙っていた少女に見つかってしまった。
慌てた杉田。必死な思いで体を起こし、その時、幸いなことにナイフだけは少女に気が付かれることなく
鞄にしまうことが出来た。

少女とは、当然みのりのことだ。
みのりの耳に背後から誰かが倒れる音が飛びこんできて、振り向いたら
うつ伏せで呻いている男の姿があったのだ。

「すごい転び方したみたい。おでこから血が出てる。サングラスもひび割れちゃってますよ。」
2人とも座ったままの状態で、みのりは杉田を見上げ、顔を近づける。
杉田は言われた言葉を確認するように、自分の額に手を当てた。
そして指に付いた血を確認し、眩暈に襲われた。

「う、あ、血だ。」
情けないくらい弱々しく、今にも泣きだしそうな声を出した。

「酷く擦りむいてる。」
みのりは右手で杉田の前髪をそっと上にあげ、額の傷をまじまじと見つめた。
杉田はその間、石のように身を固め、息をすることすら忘れていた。
呆然としている杉田をよそに、みのりは自分の鞄の中をゴソゴソとかき回し絆創膏を探し当てた。
そして、杉田の額の傷にペッタンと貼ってやる。

「家に帰ったら消毒して、酷いようなら病院に行った方が良いと思う。」
にっこりと笑うみのり。杉田は、その笑顔に見惚れてしまった。
「あ、ありがとう。」
「ううん。それより、一人で帰れますか?風邪も引いてるみたいだし・・・。」
「・・・へ?」
一瞬何を言われているんだか理解できなかったが、すぐに自分のマスクの変装を思い出し、
慌てて話を合わせる。

「ゴホゴホ。はい、ちょうど医者へ行った帰りで・・・。」
「一人で平気?何だったら送っていくけれど。」
「平気です!ええ、全然平気です〜。」

杉田は勢いよく立ち上がり、ペコっと頭を下げた後、脱兎のごとく走り去って行った。

ポツンと残されたみのり、のろのろと立ち上がり・・・「あんだけ元気に走れりゃ心配ねーか。」と、呟いた。


杉田は闇雲に走り続け、目に飛び込んできた公園に足を踏み入れ、
その中にある公衆トイレに駆け込んだ。
全力で走ってきたので肩で息をしていた。上半身を預けるように洗面台に手を置き、
鏡に映る自分の顔を見つめる。

自分が狙っていた少女が貼ってくれた絆創膏が映る。

<なんて良い子なんだろう>
杉田はじわりと胸が温かくなり、涙ぐんでいた。
彼は今までの人生の中で、人から優しくされたという記憶が乏しかった。

杉田には頭の良い兄がいて、両親の愛情は全て兄に注がれていた。
両親だけではなく、周りの人間からも優秀な兄と常に比較され続け、いつしか
顔も性格も頭脳も、良い所は全て兄が持っていってしまったと嫉妬し、口惜しい思いをして生きてきた。
劣等感と臆病な性格からか人付き合いも下手で友人もいなかった。
外見も陰気さが際立ち、気の弱さも体格が大きい分だけ目立ってしまい女性にもてたためしがなかった。

先ほどのみのりと交わした言葉を思い出し、それと共にみのりの笑顔が心に浮かんだ。
杉田は女の子に優しい言葉など、かけてもらったことなどなかった。

<あんな子が俺の傍にいてくれたら、俺も変われるような気がする>
そんな感情に捕らわれ、慌ててその思いを振り払うように思い切り頭を横に振る。

<ダメだ!とにかく今は借金を何とかしないと!>

前回数百万の借金を作った時、両親に泣き付き、肩代わりしてもらった代わりに
勘当されたのだ。そのために家も追い出されてしまった。
もう実家を頼る勇気はなかった。


<そうだ。俺には、もう選ぶことなんて出来ないんだ>
杉田は虚ろな目を鏡に映した後、フラフラとその場を立ち去った。



自宅に帰り着いたみのりは、その少し後に帰宅した秋人と共に夕食を作り、
現在夢中になって空腹を満たしている最中だ。
今夜のメニューはカレーライス。

「今日は何かあったか?」
秋人がお決まりの質問を投げかけた。
「麗奈と勉強してたから、それ以外何もないよ。」
「そうか。」
「うん。」
みのりが水を飲もうとグラスに口を付けた時、不意に秋人が言った。

「お前、壮介のことが好きなのか?」
「?!」
みのりは飲みかけた水をあやうく噴出すところだった。
戸惑うみのりをよそに、平然と食事を続ける秋人。
みのりは、しばらくの間秋人を見つめていたが、あれこれ考える前に口を開いた。

「うん。大好きなんだ。」
「そうか。」

秋人のコメントはこれだけで、後は2人ともその話しには触れずにもくもくと食事を続けた。

2002.3.18 

前回分26話目、少しだけ修正しています。でもお話に支障はないので・・・。