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『お前にみのりは渡さない。・・・まあ、みのりも相手にしてないみたいだし、
そんな心配もなさそうだけどな。』
壮介は以前秋人に言われた言葉を思い出していた。

「そうはいかないよ。秋兄。」

秋人は壮介が小さな頃から憧れていた存在。その思いは今まで常に壮介に纏わり付いていた。
<秋兄にだって負けてられるか!>



危険がいっぱい@





みのりと麗奈が自分たちの教室に戻ると、みのりより遅れて学校に登校した壮介が
窓辺に立っていた。
壮介はみのり達の存在に気が付くことなく窓から見える景色をぼんやりと見つめていた。

<壮介・・・>
みのりは麗奈の下を離れ、ゆっくりと壮介に近づき、横に並ぶように立つ。

その気配に気が付き、壮介は少し戸惑いながらみのりの顔を見つめた。
みのりは壮介の方を見ずに、窓の外に視線を向けたまま小さな声で言った。

「・・・・この間は、殴ってごめん。」
「え?」
意外な言葉に、壮介はどう答えたら良いのかわからず言葉を詰まらせる。

みのりはバツが悪そうに笑いながら壮介を見上げる。
「本当は今朝、そのことを言おうと思って待ってたんだ。なのに喧嘩しちまった。ごめん。」
壮介も、それにつられる様に自然と笑顔になる。
「いや、俺が悪かったんだ。今朝のはお互い様だし。」
それから、柔らかい微笑みに変わり、穏やかな声音で呟く。

「久しぶりだな。みのりとこんな風に話しをすんの。」
「ああ。」

全開の窓から心地よい風が入りこみ、2人の髪を優しく撫でた。


「壮介、約束の日、楽しみにしてるぜ。」
「・・・うん。」
「なあ、その日、家の前で待ちあわせじゃなくてさ・・・もっと・・・こう、別の所にしようぜ。」
みのりはちょっと照れながら言い辛そうに提案した。
<・・・できればいつもと違う形で待ち合わせしたいもんな・・・>
たとえ振られたとしても、みのりにとって初めてのデートとなるかもしれない日だったから、そう望んだ。
壮介はコクンと頷いた。壮介も、みのりの気持ちと同じだった。


「それまでは、このまま離れていよう。」
「・・・ああ。」

<私にはまだやらなきゃいけないことがある>
<俺にはまだやらなきゃいけないことがある>

お互い、そう思っていた。
約束の日に、幼馴染としての関係を越えた2人として会いたかったから。



その日の夜、権藤家の書斎に秘書の藤谷が訪れていた。
野々村の件での調査を報告しにきたのだ。

「ずいぶんと早く探し出せたんだな。」
革張りのイスにふんぞり返って腰掛けている権藤が笑みを浮かべた。
藤谷は無表情のまま、報告を始めた。

「高校へ調べに行ったらすぐわかりました。輝義さんの一つ下の学年の生徒です。」
「ほう。」
「名前は水野みのりです。」
そう言いながら、盗み撮りした写真を見せた。

藤谷がみのりのことを知るのに、さほど時間はかからなかった。
みのりの誕生日の日の出来事で、野々村とみのりのことは知れ渡っていたからだ。
数名の生徒に尋ねたら、同じ答えが返ってきた。

<これがあのクソガキの想い人だっていうのか?>
権藤は写真を睨みつけ、忌々しそうに口元をへの字に歪めた。
クソガキとは、野々村のことで・・・・権藤は心の中ではこんなふうに呼んでいた。
手にした写真には、撮られていることなど気付くことなく友人と話をしているみのりが
映っている。

<こんな小学生みたいなののどこが良いんだ?美咲の方が比較にならないくらい美人で
可愛いじゃないか>
権藤は眉を潜めた。
確かに美咲は『可憐』という言葉がとても似合う、可愛らしい少女だ。
色白の肌も、肩まである日本人形のような綺麗な黒髪も、大きくて澄んだ瞳も
親でなくても絶賛するだろう。
そんな自慢の愛娘より他の女を選んだ野々村に対しての怒りや不満の矛先が
全てみのりへと向けられた。

「この少女、どうせ輝義君の容姿や家柄目当てで近づいているだけだろう。
ちょっと脅して身の程をわからせてやってくれ。少々手荒な真似をしてもかまわん。
・・・・ただし、こちらの正体は絶対に悟られるなよ。」

権藤の言葉に、藤谷は頷いた。
<・・・この子にちょっかいを出しているのは輝義さんの方なんですけどね・・・>

心の中で、少しばかりみのりに同情的なことを思うが、仕事に忠実な男なので
容赦をしようとは思っていなかった。

藤谷は自分の身の安全さえ確保できていれば、とても冷静で忠実に仕事をこなす男だ。
まだ30代なのだが、雰囲気が陰気で、見た目も年相応ではなく、もっと年上に見える。

藤谷はその日のうちに手配しようと思った。
夜の繁華街へ繰り出し、仕事を依頼しやすそうな人物を探す。
何件か飲み屋を転々とし、最後に入った汚い居酒屋で一人の男に目をつけた。
店の隅で、ちびちびと酒を飲む、気弱そうな男。
酔っているのか、先ほどから小さな声で独り言を呟いている。

その男のすぐ後ろの席に背中合わせで座り、聞き耳を立てていた。
どうやら男は借金をしていて、返せる当てもなく全財産を使い果たして最後の金で
酒を飲んでいるようだった。

20代前半と思わせる若い男で、逞しい体格とは裏腹に、背中を丸めながら縮こまるようにして座っていた。



藤谷は後ろを振り向き、男にさりげなく声をかけた。

「お一人ですか?」
男は一瞬ビクッと肩を揺らし、怯えた顔で振り向いた。
藤谷はなるべく明るい声で陽気に語りかける。
「もしよろしければ、一緒に飲みませんか?」
「・・・・はあ・・・。」

男は戸惑いながらも藤谷の誘いを受け入れた。藤谷は席を移り一緒に酒を飲み始めた。
話していくうちに、男の名前や現在の状況を、上手に聞きだしていった。
男の名は杉田和弥。ギャンブルで借金を作ってしまったようだ。
挙句に働いていたバイトも休みがちでクビになり、困り果てているという。
藤谷はタイミングを見計らって、仕事の話をもちかけた。


「・・・借金を肩代わりしてくれる?」
藤谷からの、そんな申出に目をまあるくした杉田。

「ええ。依頼した仕事をあなたが上手に処理してくれれば、ですけどね。」
「・・・そんな仕事、何か危険なものなんでしょ?」
「まあ、良い仕事ではないね。」
そう言って、内ポケットからみのりが映った例の写真を取り出した。

その写真を渡され、杉田は首を傾げ戸惑う。

「この少女が何か・・・?」
「脅して欲しい。」
「脅す?」
「『野々村輝義に近づくな』って台詞を言ってくれればいい。」
「・・・は?」
「言う事を聞かないようなら、少しくらい怪我させても良い。やり方は君にまかせる。
但し、絶対に警察に捕まるようなヘマはしないで下さいね。」
「一体・・・どういうことなんですか?」
「余計なことを聞かず、言われたことだけを実行すれば良い。」
「この子が言う事を聞けば・・・本当に借金分の金がらえるんですか?」
借金の額は軽く300万を超えている。
ほんの少し少女を脅すだけでそれだけの報酬がもらえるなんて、信じられない話しだった。
杉田は複雑な心境で写真の少女を眺めていた。
権藤はケチで強欲な男だったが可愛い愛娘のためとなればいくらでも金を出す。
今回も娘の幸せのためならば安いもので、しかも自分の欲も絡んでいる。

「とりあえず前金として10万渡しておきますね。後は成功したのを確認できたら・・・です。」
「まだやると決めたわけじゃ・・・。」
「そうですか、じゃあ他の者に頼むよ。邪魔して悪かった。」

そう言って藤谷が席を立とうとした時、杉田はその腕を掴んで縋るような目で藤谷を見つめた。

「本当にお金、くれるんですね?」


藤谷はニヤリと笑って頷き、再び席に座りなおした。

2002.3.15 

さて、少しずつ大詰に・・・。