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学校に着いたみのりは、麗奈の姿を見るなり今朝のことを相談した。
誰もいない空き教室で、みのりは頭を抱えながら麗奈に壮介とのやり取りを報告した。

「・・・まあ、みのりらしい展開だけどね。」
麗奈は半分は呆れて、残り半分は笑いを堪えながら、そうコメントした。




決意




<謝るはずが喧嘩になっちゃうなんて>
「我ながら情けない・・・。」
みのりは苦笑いした。

麗奈はふぅっと軽く息をはき、微笑んだ。
「もう一度、ちゃんと話せばいいじゃない。」
「え?」
「七瀬君が学校来たら、もう一度話せばいいじゃない。」

その言葉を聞いたみのりは急に真剣な面持ちになる。

「麗奈。頼みがあるんだ。」
「何?」
「テストが終わった日、私に付き合ってくれ。」
「何処へ?」

みのりは頬を赤く染め、少し俯いた。
「服を買いに行く。」
「みのり・・・。」
「・・・私に似合いそうな服・・・一緒に選んでくれよ・・・。」
子供の頃、憧れてきた可愛い服やアクセサリー。
それを身に着けて、壮介の前に立ちたかった。
簡単なことのように思えても、これはみのりにとって、とても勇気のいることであり
意味のあることでもあった。

<今まで諦め、逃げてきたことと向き合うよ・・・>
そうすることができた時、気持ちを伝えたかった。

「それを着て、約束した日に気持ちを伝えるよ・・・。」


『お前が男だってこと、私にわからせてみろよ!』
壮介に言った台詞。
それはそのままみのりへと跳ね返って来た。

<違うよな・・・本当は私が女だってことから逃げないで素直にならなきゃいけないんだ>
みのりにとって、既に壮介は誰よりも大好きで傍にいて欲しい男なのだから。

麗奈は、みのりの決意を感じていた。
<ほんとに、可愛いわよね・・・>
みのりの一生懸命な気持ちは全て壮介に向いている。
そのことに切なさを感じながらも力になってあげたいと強く思う。

「いいよ。私がみのりを誰よりも可愛い女の子にコーディネートしてあげる!」
「ほ・・・本当か?!」
嬉しそうに瞳を輝かせて顔を上げるみのり。麗奈はクスっと笑った後、力強く頷いた。

麗奈は、昨日みのりから『壮介と島本さんがキスしてた』という話しを聞いた後でも
壮介はみのりのことを想っている・・・と信じて疑っていなかった。

<みのりが頑張れば、きっと七瀬は振り返る>
そう信じていた。

一方その頃壮介は、みのりより数本後の朝の満員電車に揺られてながら、ずっと考え込んでいた。
<あんな約束したけれど・・・>
先ほどのみのりとの言いあいを思い出し、ため息をつく。
学校の最寄り駅に到着し電車が止まる。
改札を出て、学校への道のりを歩き出した時、後ろから来た車がふいに壮介の
右横で止まった。

<?>
壮介が足を止めて車を見ると、後部座席の窓がスーッと開き
そこから野々村がひょこっと顔を出した。

「七瀬壮介君ですよね。」
ニコニコ顔で壮介に話しかける。
壮介は思わず『違う』と言いたくなったのを堪え、素直に頷いた。

「何で俺の名前、知ってるんですか?」
「みのりの幼馴染ですから。」

<・・・こいつ、みのりのこと随分詳しく調べてんじゃないか?>
壮介は敵意を込めて野々村を睨んだ。
怯むことなく野々村は言葉を続けた。

「君こそ、僕のこと知っているようですが何でですか?」
「学校の有名人ですからね。知らない人の方が少ないんじゃないですか?・・・それに・・・。」
壮介は『それに』の後に続く言葉を飲み込み、野々村がみのりに抱きついた
不愉快な出来事を思い出していた。

「それに、みのりにちょっかいを出しているからですか?」
黙っていた壮介の言葉を代弁するように野々村が言った。
壮介は一瞬目を見開いて、その後、眼を伏せた。

「・・・学校まで乗って行きませんか?」
「たかだか数百メートルの道、歩きます。」
「みのりのことで話があるんです。」
「え?」
壮介は、相変わらずお日様のような笑顔を向ける野々村の顔をまじまじと見つめた。

「わかりました。」
ため息と共に観念し、野々村の車に乗り込んだ。
野々村は嬉しそうに後部座席の奥の方へと体を移動させ、壮介を迎え入れた。
壮介が乗り込むと野々村は運転手に「できるだけゆっくりと走って下さいね。」と、指示した。

「少しでも長く君とお話ししたいですからね。」
「・・・で?みのりの話って何ですか?」
早く話しを終わらせようとしていた。野々村は笑顔を崩さずに落ち着いた声で言った。
「僕はみのりが好きです。この気持ちはもう彼女に伝えてあります。」

野々村の気持ちは壮介も見当が付いていた。
・・・既に告白していることも、以前のみのりの様子から感じていたので
そのことに動揺することはなかったが先ほどから引っかかっていることがあった。

「・・・呼び捨てなんだな。」
無意識のうちに敬語を使うのをやめていた。
みのりの名前を堂々と呼び捨てされていることに少々苛立ち始めていたので、
思わず言葉にしてしまった。
以前の壮介だったら決して心の中を感じ取られるような態度は取らなかった。
言ってしまってからそんな自分に気が付き少し俯いて気持ちを落ち着かせようとした。

みのりを見守り続けてきた野々村は、同時にいつも傍にいた壮介のことも見続けてきた。
だから壮介のそんな変化も感じ取ることができた。

「みのりにはちゃんと許可をもらっていますよ。」
「ふーん。で?」
わざとそっけない返事を返していた。

「七瀬君はみのりのことをどう思っているのですか?」
ニコニコ顔から、少しだけ挑戦的な笑みに変わり、野々村は壮介を見つめた。

「何でそんなことあんたに答えなきゃいけないんだよ。」
「もし君がみのりを好きなら僕のライバルですからね。宣戦布告でもしようと思いまして。」

壮介は顔を上げて、瞳に野々村の顔を映した。
相変わらず余裕の笑顔を披露している男に、心の底からふつふつと闘争心が湧いてきた。

<ライバルね・・・>
壮介は、静かに言葉を口にした。

「みのりから、返事はもらっているのか?」
「いえ。まだです。」
野々村の言葉を聞いて、少し肩の力を抜いた。
そして野々村から視線を外し、真っ直ぐ前を見ながら言葉を続けた。

「俺もみのりに気持ちを伝えた。でも、答えをもらう資格すら与えられなかった。」
「え?」
野々村は壮介の言ったことの意味がわからずきょとんとする。

「男として、見てくれなかった。そういう対象として扱ってもらえないってことだよ。」

壮介は苦笑いしつつも、そのことを隠さず伝えた。
一瞬みのりに言われた拒絶の言葉を思い出し、胸が痛くなったが、それを振り払うように
野々村に視線を戻した。
その瞳からは強い意志のようなものが感じられる。

「でも、俺は諦めない。」
「七瀬君・・・。」
野々村は少し押され気味になり言葉を詰まらせる。

「俺はみのりのことが好きだ。その気持ちはお前にだって負けない。」

壮介は、もう野々村に自分の感情を隠そうとはせず、闘争心も焦りも、みのりへの気持ちも
全て曝け出していた。
ちょうどその時、信号で車が止まった。
壮介は素早くドアを開け、車から降りる。
そしてドアを閉める前に、野々村に向けて宣言した。

「必ずみのりを振り向かせてみせる。お前にみのりは渡さない。」

野々村は目を見開いたあと、ニコッと笑う。壮介はそれをチラッとだけ見て、すぐに力強くドアをしめた。

<絶対に負けるもんか>
小さな頃からみのりだけを見て育ってきた。みのりの傍にいるのはいつも自分でありたいと
願い続け頑張ってきた壮介。
壮介は顔を上げ、前だけを見て歩き出した。
野々村は、自分でも気が付かないうちに壮介を見事に立ち直らせてしまった。


「お前にみのりは渡さない・・・か。」
野々村は窓から見える壮介の後姿を目で追いながら、ため息をついた。
もし、壮介もみのりのことが好きならばライバルとして本気で向かい合いたかったから声をかけたのだ。
でも、野々村はみのりの気持ちを感じていた。

<みのりはきっと七瀬君が好きなんでしょうからね・・・>
寂しげに微笑みを浮かべ、それでも最後まで諦めずに頑張ろうと心の中で誓った。


「みのりは僕にどんな返事をくれるのでしょうか・・・。」
窓の外を見つめ、小さな声で呟いた。

<・・・もしかしたらみのり、僕の告白のこと忘れているかもしれませんね>
そんな恐ろしい言葉が野々村の脳裏をよぎる。
確かにみのりの性格を思うとそれが真実味を帯びてくるためか・・・
野々村は悲しくなった。

2002.3.13 

野々村可哀想ー(泣笑)