<・・・・あれ?> 駐車場に野々村家の物でない車が駐車されていた。 その車には見覚えがあり、少し憂鬱になる。
玄関に入ると、出迎えにきたお手伝いさんが来客があることを告げた。
「権藤様がお見えですが・・・。」 「はい。わかっています。」
気配を感じたのか居間から顔を出した中年男性。
野々村を待ち構えていたかのように嬉しそうに近寄り、話しかけてきた。
「お久しぶりです。輝義君。」 「こんにちは。」
この男の名は、権藤誠一。野々村グループの傘下にある会社の社長だ。 年齢は50歳。お腹が出ていて、叩いたら良い音がしそうだ。 笑うと目が線のように細くなり、一見とても人がよさそうに見えるのだが・・・。
<ゆっくりとみのりのことを考えたかったのに・・・> 野々村はため息をついた。 頻繁に祖父や父を尋ねて来る権藤のことを子供の頃から知っていた。 野々村は権藤のことがあまり好きではなかった。
昔から色々な手土産を持ってやってくる権藤。野々村にもいつもニコニコ接していた。 ・・・でも、幼い野々村は懐こうとしなかった。 どこか、裏がありそうな優しさだと感じていたからだ。 大きくなるにつれて、だんだんこの男の表と裏が見えてきた。
自分にプラスになる人間に対してと、そうでない人間に対しての態度の差が激しすぎるのだ。
野心の為なら何でもやる男。・・・そんな風な印象を持っている。
「美咲、お前も挨拶しなさい。」
権藤は一緒に居間から出てきて、ずっと後ろの方で立っていた少女に話しかけた。 少女は少し俯き、ゆっくりと玄関の方へと足を進めた。
「こんにちは・・・。」 小さな声で挨拶し、ペコリと頭を下げた。 この少女は権藤の一人娘、権藤美咲だ。みのりと同い年の17歳。 権藤の娘とは思えないほど、可愛らしく、とても無口で内気な少女。 小さな頃から父親に野々村家へ連れて来られていたので、野々村ともよく遊んだ。 遊んだ・・・と言っても、美咲はとにかく大人しい子で、野々村が一人で話しまくっている状態だった。 それでも、時折見せてくれる笑顔がとても嬉しかった。
権藤は野々村の祖父に「将来は私の娘を是非輝義君のお嫁さんにしてやって下さい。」・・・と 言っていた。 冗談混じりに言っているが、かなり本気のようだった。そのことを野々村は感じていた。
茶目っ気のある野々村の祖父は、「おい輝義、モテモテだなぁ。」と、毎回笑って茶化しているが
実際そういったことは放任主義なので、本人任せなのだ。
野々村自身は美咲のことは嫌いではなかったが、妹のように思っているだけだった。 『女』が苦手な野々村だが、美咲からはそれを感じなかった。
野々村は、挨拶代わりの微笑を美咲に向けて、その後、権藤に視線を移した。
「今日はどうしたんですか?祖父も父も今夜は遅くなる予定ですが・・・。」 「今日は輝義君に会いたくて来ただけなんですよ。」
野々村は肩をガックリと落とし、苦笑いした。
結局権藤からは逃げることができず、居間で2時間ほど相手をさせられた。
ソファーに深々と座り、身を乗り出して熱心に話す権藤。
内容は
「美咲を遊びに連れ出して欲しい。」とか
「娘の料理の腕前を披露するので一度家へ遊びに来て欲しい。」
等、自分の娘のことを話し続けた。
当の本人、美咲は父親の横に黙って座っていた。 瞳を潤ませて俯いていて、野々村とは目を合わせようとはしなかった。 それを見た野々村は<・・・きっと父親に無理やりここに来させられているんだな・・・>と感じた。
<これは、はっきりさせた方が、美咲さんのためにもなりますね> 野々村はそう考えた。
「輝義君。美咲を将来もらってやってくれませんか。」 定番の台詞を笑いながら言う権藤。 野々村は、いつもは笑って誤魔化していたが今回は違かった。
「だめですよ。僕、とても大好きな人がいるんです。」 ・・・・と、ニコニコしながら宣言した。
・・・・この言葉がのちほど、とんでもない事態を巻き起こす原因となる。
|