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みのりは走って階段へ向かう。
胸が痛くて、悲しくて、どうしようもなかった。

下駄箱へ行き、乱暴に上履きを靴に履き替え、校庭に飛び出した。

ちょうどその時、校門でみのりを待ち構えていた麗奈、ふいに視線を校舎側へと移した。
麗奈の目に、正面玄関から飛び出してきたみのりの姿が映った。

<みのり?>
校舎裏へと駆けて行くみのりの姿を目で追い、麗奈も走り出した。




みのりの涙と麗奈の思惑






校舎裏は、小さな花壇と数本の樹が植わっているだけの、とても殺風景な所だ。
青々とした葉を茂らせる桜の樹に背中を預け、みのりはしゃがみこむ。

自然に涙が溢れてきた。

「・・・な・・・何でこんなに胸が痛いんだよ・・・。」
そんな言葉を呟いてみたが、本当はわかっていた。
この時、初めて自分の気持ちと真正面から向かい合うことを余儀無くされた。

今まで、怖くて逃げてばかりいた感情を認めるしかなかった。

「みのり?」
ふいに頭上から声がして・・・みのりは泣き顔を隠すことなく見上げた。

心配と戸惑いとが入り混じった表情の麗奈が立っていた。

「・・・どうしたの?みのり・・・。」
麗奈もみのりの傍にしゃがみ、顔を覗き込む・・・。
優しげな麗奈の瞳。

「麗奈・・・・。」
「ん?」
「・・・私・・・・やっと気が付いたんだ・・・・。」
「何を・・・?」

みのりの瞳から、涙の粒がポロポロと落ちる。

「私・・・壮介のことが好きだ・・・・。」

みのりは溢れてくる気持をどうすることも出来ず・・・目の前の親友に縋った。
壮介とのこと、教室で見たことを泣きながらも懸命に話した。

「・・・思い知ったよ。私は壮介が好きなんだ・・・。」

<・・・昔のように辛い思いをして傷つくのが怖かった・・・弱い自分を見るのが怖くて逃げてた・・・>

自分の気持ちを拒絶することで身を守っていたみのり。
・・・そのせいで壮介の気持ちに酷い言葉をぶつけてしまった。

「・・・今さら気が付いたって・・・・遅いよな・・・。」

<壮介にあれだけ酷いことしたんだ・・・・それに・・・>

「島本さんに・・・私なんか、かないっこない・・・。」

みのりの脳裏に先ほどの彩の顔が浮かぶ。
<可愛いくて女の子らしい少女・・・・>
みのりは激しい劣等感に襲われる。

麗奈は黙ってみのりの話を聞いていた・・・・。
みのりは自分の気持を言い終えた後・・・・俯き、涙を落とし続けた・・・・。

麗奈はそんなみのりを見つめ・・・そっと耳元に顔を近づけ、囁いた。

「・・・学校さぼってウチに来ない?」

みのりは、泣き過ぎて赤くなった瞳を麗奈に向けた。
とても優しく微笑む親友の顔が映る。

「昼間はお母さん仕事でいないし、みのりの話、とことん聞いてあげるから。」

「・・・・麗奈・・・。」
みのりは何度も何度も頷いた。

今のみのりは、彩と壮介がいた教室に戻ることも、壮介の顔を見ることも
悲しくて、辛くてしかたがなかった。



「じゃ、行こう。」
そっとみのりの肩に触れて麗奈が立ち上がる。
みのりものろのろと立ち上がり、涙を手の甲で拭う。

その仕草を微笑みながら見つめていた麗奈・・・でも、その瞳は笑ってなんかいなかった・・・・・。



麗奈は母親と2人で暮らしている。
マンションの5階、2LDKの部屋だ。

麗奈の部屋は洋室で、シンプルな内装でまとめられていた。


「はい、ミルクティー。」
小さなテーブルに2つ分のアイスミルクティーが置かれた。

みのりがグラスを手に持つと、中の氷がカランと音を立てた。
それを一気に半分くらい飲み、ふぅ・・・と息をついた。


「・・・学校サボったの・・・初めてだな。」
みのりはちょっと後ろめたさを感じながら苦笑いした。
そして、申しわけなさそうに麗奈に詫びる。

「テストも間近だっていうのに、ごめん。麗奈。」
「別にいいって。」

麗奈はクスっと笑った後、笑顔を崩さずに尋ねた。

「・・・みのり、七瀬君のこと、本気?」

みのりは俯いて、少し間を開けた後、コクリと頷いた。

「・・・そう・・・。」
「私って馬鹿だよな・・・。」
ため息と共に疲れたように言った。

ちょっと顔を上げて・・・昔を思い出すように話す。

「私さ、全然女らしくないだろ。子供の頃なんか男の子に間違えられて当たり前だった。
今だって制服着てなきゃ間違えられると思う。・・・・外見も性格も可愛くないしさ・・・・。」
「みのり・・・。」
「・・・興味なさそうにしていたけど・・・本当はいつも憧れていた。可愛い洋服。リボン。
・・・でも私には似合わない。」

その言葉の後は、泣きたいのを堪え、言葉を詰まらせながら語る。

「自分で痛いほどわかっているから、なおさら・・・
人から『似合わない』『可愛くない』って言われるの・・・怖いんだ。
だから・・・『女』に見られない方が気が楽だった。安心できたんだ・・・。」

みのりの瞳から、堪えきれず涙が落ちる。

「傷つきたくなかったんだ。怖かったんだ・・・・。だから・・・自分の気持ちをちゃんと見ようとせず、
壮介に酷いこと言った。壮介の気持から逃げ出した。」

キスされた時も、好きだと言われた時も・・・守ってきたものが壊される恐怖を感じ
壮介の気持ちからも自分の気持ちからも逃げ出した。
逃げたことすら認めたくなくて、自分の気持ちと向き合わずに『わからない』と言い続けてきた。

「今さら気が付いても遅過ぎる・・・・。」

それからしばらく泣き続け・・・・。

泣き疲れた頃、みのりの手に握られていたグラスが滑り落ち、テーブルの上に倒れた。
アイスミルクティーはほとんど飲み終わっていたので、小さくなった氷だけテーブルに転がる。


<あれ・・・?何だか・・・酷く眠い・・・・・・>

泣き過ぎたからかな・・・・最近あまり寝てなかったし・・・・と、ぼんやり原因を探すみのり。
やがて・・・睡魔に身を任せ眠りに落ちていく・・・。

2002.3.5 

・・・・ああ、夜逃げの仕度しようかな・・・・(汗)