みのりが家に辿り着いた時は、既に夕焼けが空を赤く染めていた。
玄関を開けようと鍵を手に持ち・・・ふぅっと小さなため息をつく。 そして、顔を上げて隣の家の2階を見る。
壮介の家だ。みのりの家の玄関から2階にある壮介の部屋の窓が見えるのだ。
<・・・壮介、部屋にいるのかな・・・・> そんなことを考えた後、力なく俯いて・・・鍵を開けた。
その頃。 壮介は秋人と一緒にいた。
「・・・仕事抜けて大丈夫なの?」 壮介はアイスコーヒーの氷をストローで弄びながら言った。
「大丈夫だ。それより、俺の質問に答えろよ。何でお前、みのりの傍にいないんだ? みのりに何があったんだ?知ってるんだろ?」 「・・・・・・・・・。」 壮介は俯いて黙っていた・・・。
家に帰るとすぐに秋人から電話があり、呼び出されたのだ。 秋人の会社は高層ビルの立ち並ぶオフィス街にある。
会社近くの小さな喫茶店に連れて行かれた。 店内は、狭いが落ち着いた感じの内装で、とても静かだった・・・その雰囲気が 壮介にとっては重々しい空気に感じられた。
秋人は、前より登校時間をずらして家を出るみのりが気になり 壮介の母親から『最近、壮介ったらみのりちゃんと一緒じゃないのよね・・・。』という事実を聞き出した。
みのりの元気のなさの原因を突き止めるには、壮介に聞くのが一番早いと思ったのだ。
<・・・・キスしたなんて言ったら殺されるかな・・・> 壮介は、どこか投げやりな微笑を浮かべた。
水野家3兄弟には、みのりへの気持を悟られないように慎重に気を使ってきた壮介。 ・・・でも、この勘の良い秋人にはバレているかもしれない・・・と、前から感じていた。
「壮介。答えられないのか?」 秋人の冷かな声。
<・・・殴られても、いいや> 壮介は、秋人に殴られたいような気がした。 めちゃくちゃに殴られたら気持ちがすっきりするかもしれない・・・・そんな気にさえなっていた。
「・・・秋兄。」 みのりと同じ呼び方で水野家3兄弟の名を呼んでいる。 秋人の名を呼び・・・・覚悟を決めた。
「秋兄。俺、みのりのことが好きなんだ・・・・。」
その言葉を言った後は・・・信じられないくらい冷静に、淡々と みのりと自分に何があったのかを語ることが出来た。 でもその声は、どこかに気持を置いてきてしまったような・・・感情のない声だった。
全てを話し終えて、壮介は力ない笑顔を秋人に向けた。
「俺のこと、殴りたい?・・・だったら殴ってくれよ。・・・・でも、安心して。 俺はみのりから『男』として見られていないから・・・。」
秋人は壮介をじっと見つめていた。 その瞳からは、怒りの色は感じられない。
もっと激しく怒りを向けられると思っていた壮介は、不思議そうに首を傾げる。
「・・・だからみのりの傍から離れているのか?」 秋人の不意の問いに、壮介はゆっくりと頷いた。
「・・・どうしていいか、わからないんだ・・・。こんな気持ちじゃ傍にいることも出来ない・・・。」
その言葉を聞いて、秋人はテーブルの隅にあった伝票を掴み、席を立つ。
「秋兄?」 きょとんとした目で秋人を見上げる。
「お前にみのりは渡さない。・・・まあ、みのりも相手にしてないみたいだし、そんな心配もなさそうだけどな。」 秋人はそう言い捨てて、とっととレジへ行って精算を済ませ・・・店を出て行った。
壮介は、何も言えないまま秋人の姿が消えるまで目で追っていただけだった。
<殴る必要もない男ってことか・・・> アイスコーヒーに浮かぶ氷に目を落とし、ぼんやりと見つめていた・・・。
職場に戻った秋人。 自分のデスクに座り、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。 <壮介がみのりのことを好きだったとはね・・・> 何となく、そうなのかな?って思ったことは何度かあったが、確信したことはなかった。 <俺の目を欺いてたなんて、壮介にしちゃ上出来だ>
秋人は、壮介に言い残した台詞の前に、心の中で『今のお前には』という言葉を言っていたのだ。
<・・・今のお前には、可愛いみのりは渡せないよ>
正直、みのりにキスしたってことを聞いた時は殴りたい衝動に駆られた。 ・・・でも、秋人だって血も涙もある・・・と、思うが・・・まあ、一応人間だ。 壮介の辛さも理解できた。そしてなにより、彼をこんな立場に立たせたのは秋人なのだ。
<それに、みのりが元気がない原因は明らかに壮介だもんな・・・> ならば、可愛い妹を元気にすることが出来るのも壮介だけだ。 ・・・・そう考えた。 でも、その気持を言ってやるほど秋人は甘くない。
<本気でみのりのことが好きなら死ぬ気でものにしてみろよ、壮介>
でなきゃ絶対に認めない。
これが秋人の本心である・・・・。
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