俯いて黙り込んでいるみのり。
「みのり、誤解していますね。」
突然の野々村の声。
「誤解?」
「みのりへの気持ちを正直に伝えたかったから、タケマロ君の話もしたんです。」
「何が誤解なんだよ。」
「僕は一人の女性として、みのりが可愛いと思っているんですよ。」
「嘘だね。さっきタケマロってのに似ているからって・・・。」
「だからそれはただのきっかけです。」
「わけわからん。」
みのりは呻いた。
野々村は優しく微笑み、言葉を続けた。
「人に好意を持つきっかけなんて千差万別。その人の性格の一部だったり、声や仕草だったり
顔だったり、言われた言葉だったり・・・それがたまたま僕の場合、君の瞳がタケマロ君に似てるって
ことで好感をもって・・・で、君のことを知れば知るほど、ああ何て可愛い人なんだって思って・・・。」
その後、ニコッと笑い
「気が付いたらとても好きになっていました。」・・・と、言った。
<・・・・・・・・・・・へ?・・・・・・・・好き?>
みのりは、言われていることを理解するのに数十秒かかってしまった。
「みのり?大丈夫ですか?」
固まっているみのりの顔の前で手をひらひらさせる野々村。
「・・・好きって・・・どういうことだ?」
混乱する頭で、何とか言葉を搾り出した。
「愛してるってことです。」
きっぱりと即答する野々村。
<あ・・・・・・愛してる・・・・・だと?>
その言葉を聞いた瞬間、みのりの脳みそは許容量を超えて暴走した。
『可愛い』と言われただけで動揺し、混乱するみのり。『愛している』などと言われた日には
頭でヤカンの湯を沸騰させてしまうかもしれない。
ガバっと勢い良く立ち上がり、自分の荷物を手に取る。
「か・・帰る!!」
そう言って出口へ駆け出そうとした瞬間、腕を掴まれる。
「車で送るよ。」
焦っているみのりとは対照的に、余裕の笑みを浮かべて野々村が微笑む。
みのりは必死に顔を横に振った。
「いいよ!一人で帰れる!」
「ダメです。連れて来てしまったのは僕だし。送らせて下さい。」
結局、そこから一番近い最寄り駅まで送ってもらうことになった。
野々村は家まで送りたいと言ったが、みのりは頑なに断った。
・・・出来るだけ早く一人になりたかったのだ。
車の中で、体を固くして座っているみのりを野々村は優しげな瞳で見つめた。
<君は・・・好きだと言われたのは初めてだったの?>
野々村にとっても初めての恋。
実際、野々村が言った言葉の全てがみのりにとって初めてのことで・・・・
完全にパニック状態になっていた。
駅に着き、みのりが車を降りようとした時、野々村が呼び止めた。
みのりがビクッとして振り返ると、野々村の真剣な眼差しがあった。
「みのり。僕は本気だよ。」
みのりはその言葉を突きつけられ、追い詰められたような危機感を感じてしまった。
今まで頑なに守り続けてきた殻を叩き割られるかもしれない危機感。
野々村は行動が大胆で、馴れ馴れしくて、ちょっと変な奴だったが
彼の『本気』だけは痛いほど伝わったようだ。
返事をせずに車から降りて勢い良くドアを閉めた。
振り返らずに駅に駆け込み、急いで電車に乗った。
電車に揺られながら、みのりの耳には野々村の言った言葉が響いていた。
<・・・・冗談じゃねーよ・・・>
みのりはイライラしながら俯いた。
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