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君の心に花束をD

夕食を終え秀治はお風呂に入りに行く。
この民宿は温泉もあり小さいながらも露天風呂もある。

露天風呂に入りながら、昼間ずいぶん昼寝しちゃったから・・・また眠れないかもな・・・・
そんなことを考え夜空を見上げる。



自販機でビールを一缶買い部屋に帰る。
部屋に入り・・・その状況が視界に入り秀治は手にしていたビールを
落としてしまった・・・・・。

「っ痛!」

缶は秀治の足の親指に当たりその痛さに座り込んだ。


秀治が目にした状況。

2つ敷かれている筈の布団。1つはたたまれて部屋の隅に追いやられ
チロの寝床になってしまっている。
もう1つ、きちんと部屋の中央に敷かれた布団の上にちょこんと
ゆずが正座し秀治を見ていた。


「・・・ゆず?」
秀治はゆずを見てこの状況の説明を求めようとしたが・・・・
求めたくないような気もしていた・・・。



「おじさん。ずっと・・・ずっと言い続けてるけど・・・・私は本当に
おじさんのことが好きなんだ!!」
「・・・ゆず・・・」
「胸が・・・痛いんだ・・・苦しいんだ・・・・大好きなんだよ・・・・」
ゆずの大きな瞳から涙が落ちる。
そんな目で見つめられた秀治。何も言えずただゆずを見ていた。


「おじさん・・・」

ゆずは『答え』を求めている・・・そのことは秀治にもわかっていた。
全てに対する『答え』

『素直になるんじゃな・・・』

その言葉が頭をよぎる。
秀治は今すぐ・・・思い切りゆずを抱きしめたかった。
彼女にふれたかった・・・・。

でも・・・・
心にブレーキがかかってしまった。




秀治は小さなため息を付き寝ていたチロに起きてもらい、たたまれていた布団を敷く。

布団を敷きながらゆずの顔を見ずに答える。
「ゆずにはそのうち俺なんかより・・・もっとふさわしい人が・・・」
何処にでもあるような台詞を言おうとして・・・途中で後頭部に軽い衝撃を受けた。
秀治は衝撃の原因を探し・・・床に落ちた枕を見つける。投げたのはゆず。



「もういい!!もうこれ以上辛いのは嫌だ!!おじさんと一緒にいると
・・・・苦しいんだ!!どんどん嫌な自分になっちゃう」

ゆずは泣きながら訴える。

「由理香さんに対しても会社の人にもひどいこと考えちゃうんだ!!
そんな自分・・・大っ嫌い!!・・・だから・・・出てく!!」

ゆずはそう叫び部屋から飛び出して行った。



秀治はその情景をぼんやりと見ていた。
体が動かなかった。




しばらくして宿のお婆さんが慌てた様子で部屋に入ってきた。

「連れの嬢ちゃん、外へ飛び出していったけれど・・・・暗くて危ないって止めたんじゃが・・・」

秀治はその言葉を聞いた瞬間弾かれたように部屋を出て走り出した。
ゆずを追って・・・。


玄関から出る時お爺さんに懐中電灯を借り外へ出る。
どちらの方角にゆずは行ったのかわからず迷っていた時後から来たチロが
左の方へ走り出した。
秀治はチロを信じ後をついて走って行った。

しばらく走っていくとチロはおもむろに林の中へ入り・・・用を足した・・・・。

すっきりした顔でしっぽを振りながら秀治の元へ寄って来たチロを見て
秀治は落胆のため息を付いた・・・・。
「・・・ゆずを追っていたわけじゃなく・・・トイレに行きたかっただけなのか・・・・」

気を取り直しチロと一緒にゆず探しを再開する。

「ゆずー!」

呼びかけにも何の返答もなく、秀治の声は暗闇に吸い込まれていく。
懐中電灯がなければ前も後ろも真っ暗ですぐに迷子になってしまうだろう・・・。





一方ゆずは泣きながらやみくもに走り続けていた。
かなり走った所で石か何かにつまずき派手に転んでしまった。

「痛い・・・・・痛いよぉ・・・」

右足に鋭い痛みを感じ地面に倒れたまま足をおさえ身を縮める。
ズキズキ痛むのは自分の足なのか心なのか・・・わからなくなっていた。

立とうとしたが足の痛さで断念し手探りで道の脇に立っている大きな木に
寄りかかって座った。

暗闇と恐いくらいの静けさにゆずは小さくうずくまり震えた。


「おじさん・・・・」
もう一緒にいられない・・・ゆずはそう考え・・・泣いていた。







かなりの時間が経過していた。秀治は焦っていた。
頭の中はゆずのことで占領されていた。



どこにいる?



ゆずの存在を探し心の中で叫ぶ。




その時・・・・・・・直接秀治の心に声が響いた・・・。


『おじさん・・・』


秀治は立ち止まりあたりを見回す。


「ゆず!どこにいる?」

返答はない・・・。秀治は目を閉じ気持ちを集中させる。
ゆずの『声』を必死で探す。秀治はゆずのことだけを考えていた。

自分が今、再び『力』を使っていることにすら気が付いていなかった。










その頃ゆずは泣き疲れ木にもたれてぼんやり考えていた。
秀治のことだけを考えていた。



その時ゆずの耳に・・・・犬の鳴き声が聞こえた。

「・・・チロ・・?」

ゆずは声がした方に向かって叫ぶ。


「チロ!!!」

草木をガサガサ踏み分けてくる音が段々近づいて来て・・・・ゆずの元へ
チロが飛び込んだ。


「チロ!!」
ゆずの泥だらけになった顔をチロが舐める。


その少し後に息を切らし体中に葉っぱやら小さな小枝を付けた
秀治が草むらから出ていた。

草で切ったのか何処もかしこも傷だらけだった。


「おじさん・・・」
ゆずは秀治の姿を見つけ、嬉しいと思い、同時にどんな顔をすれば良いのか
わからず顔を伏せた。

その瞬間。ゆずは自分が抱きしめられていることに気が付いた。
体が痛くなるほど強く秀治に抱きしめられていた。

「良かった・・・無事で・・・・」
秀治は心底安堵したというような声で言った。
「おじさん・・・」
ゆずは秀治の体温を感じ嬉しさと愛しさでポロポロと涙を零した。



秀治は震えるような小さな声でゆずに伝える。
「・・・一緒にいて欲しい・・・・ずっと・・・側にいて欲しいんだ・・・・」

ゆずは秀治の言葉に何度も頷いた。
そして秀治の耳元でささやく。



「ずっと一緒・・・・・約束だよ」




秀治は抱く力を緩めゆずの顔を見て微笑み小さく頷いた。


秀治はゆずをおぶり懐中電灯片手に慎重に山道を歩く。
民宿への道は・・・不安だが自分の記憶とチロに頼った。

「もうしばらくしてダメだったら朝まで待とうか・・・」
秀治は不安げにゆずに言った。
「おじさんと一緒ならどっちでも良いよ!」
ゆずは元気良く答えた。幸せ一杯の声で。




『愛してる・・・』
秀治の心にそっと触れた言葉・・・・。

ゆずの心の声が聞こえた・・・・。


秀治はこの時初めて自分の『力』の復活を知った。


聞こえた言葉への嬉しさと照れくささ・・・・そして『力』に対しての不安感で
秀治は複雑な微笑を浮かべた。



チロが自慢するかのように『わんっ』と吠え、その先には民宿の明かりが灯っていた。










数ヵ月後2人は結ばれた。


2人にとっての幸せな時間が過ぎて行く。
秀治の側でゆずの傷も少しずつ癒されて行った。


秀治の心に由理香は変わらず存在し続けたが
ゆずはそんな秀治の心を大切にした。
秀治にとっての大切な人を消せるはずはなく・・・そして何より
そんな秀治が好きだった。

それにゆずにはわかっていた。だから強くなれた。
自分は秀治にとって大切な存在なんだということを知っていたからだ。
秀治はいつもゆずを温かく包んでくれる。
いつも幸せだった・・・。





そして数年後2人の間に男の子が産まれた。

名前を『治彦』と付けた。






治彦はよく泣く赤ちゃんだった。
本当によく泣いた・・・。




治彦が1歳になる頃・・・秀治の様子が何となくおかしいとゆずは感じていた。
あせっているような・・・・・そんな感じだ・・・。


その日も朝から治彦は泣き続けていた。
ゆずがあやしても泣き止まず・・・秀治が側に行き抱っこしてやると
ようやく泣き止む。

ここ数ヶ月そんなことが何度もあった。


秀治は愛しそうに自分の息子を抱きしめた後ゆずに治彦をそっと渡した。

会社へ行く時間だ。ゆずは治彦を抱き玄関までお見送り。

靴を履き鞄を手に持った秀治が言った。
「今日仕事先との接待があるから遅くなると思う・・・先に寝てて良いよ」


玄関のドアを開け秀治はもう1度振り返り微笑みながら言った。
「・・・あと俺の机の一番上の引出しに大事なもの全部入っているから・・・」



そう言い残し会社へ出かけていった。
ゆずは秀治のその言葉に少し首をかしげた。


そしてこの言葉がゆずが聞いた秀治の最後の言葉になった・・・・。
2001.5.6