戻る

君の心に花束をB

数日後
朝、秀治は体がだるくて起きられなかった。
ゆずが持ってきてくれた体温計で測ってみると39度ちょっとあった。
風邪を引いてしまったようだ。

会社に休みの電話をして、秀治はこんこんと眠った・・・・。

ゆずとチロは心配そうに秀治の側で見守っていた。
いつ目を覚まして秀治がお腹を空かせていても大丈夫なように
野菜スープを作っておいた。


「ずいぶん汗かいてるな・・・」

ゆずは秀治の寝巻き・・・せめて上だけでも着替えさせてやろうと思い新しい寝巻きと
体を拭くタオルを持ってきた。

秀治はどちらかというと痩せていて体も小柄な方だがゆずにとっては
着替えさせるのは一苦労。何とか上着を脱がせお湯でしぼったタオルを使って
軽く体をふいていく。

秀治はまったく気が付く気配もなく眠っている。
うつぶせにして秀治の背中を見た時・・・・ゆずは思わず手を止めた・・・・。




今もはっきりと残る刺し傷の跡。





ゆずは右手で恐る恐る傷跡に触れた・・・・・・。




『私のせいで付いた傷だ・・・』ゆずの心が痛む。






日も暮れ、夜になっても秀治は眠り続けていた・・・。

ゆずも秀治の側でうたた寝をしていた。
その時・・・・玄関のチャイムを鳴らす音がした。
ゆずはその音で目が覚め玄関へ足を運んだ。


訪問者は女性だった。とても綺麗な大人の女性だ・・・ドアを開け、訪問者を見た時の
ゆずが思った第一印象がそれだ。
一方訪問者の女性の方はゆずを見て一瞬怪訝な顔をし、すぐに笑顔を作り挨拶をした。

「私、木杉祐美。高田さんと同じ会社で働いているの。高田さんとは同期なの!
よろしくね!」

ゆずはこの人は私の年齢を幾つだと思っているのだろう・・・と疑問に思う。
子供に挨拶をするような笑顔と口調だったのにゆずは少し腹が立った。
そして次に祐美が手にしていたスーパーの袋・・・中にはいろんな食材が入っていた。
夕飯でも作るつもりだったのか?・・・・・・ゆずはますます不機嫌になった。

「高田さん風邪だって聞いたから・・・・困っているだろうと思って来たんだけれど・・・」
祐美はそう言ってゆずを見る。その目は『貴方は誰?』と、言っているようだった。

「おじ・・・高田今よく眠っています。夕食なら私が作るし看病も私がしていますから大丈夫です」
ゆずは静かに、きっぱりと言った。
そして最後にニッコリ笑って
「ご心配なく!」
・・・・と付け加えた。早く帰って欲しい!・・・と心の中で叫んでいた。



祐美はゆずの意志を肌で感じ、軽く方をすくめもう一度笑顔を作り言った。

「わかったわ、じゃあ、高田さんによろしくね!」
祐美は帰るため玄関のノブに手をかけ・・・少しためらった後ゆずの方に振り返り、言った。
「貴方は誰?」


ゆずは一瞬言葉に詰まり・・・・何とか答える。
「・・・・妹です・・・」

ゆずはその言葉を言うのがとても辛かった・・・。
でもまさか赤の他人です・・・と会社の人に言うわけにもいかない・・・。
秀治とゆずの状況・・・会社の人が知ったら秀治が何を言われるかわからない。


祐美はしばらくの沈黙の後。
「そう・・・妹さんなの・・・」

そう言って出て行った。
秀治の家を出て祐美は2〜3歩き立ち止まり言った。
「高田さんに・・・妹なんか・・・いなかったはず」


玄関でゆずはしばらく立ち竦んでいた。
自分の心の中に存在するどろどろした感情に戸惑っていた・・・。














夜中・・・秀治は目を覚ました・・・・。
体はかなり楽になっているな・・・と思い、その後ベッドに窮屈さを感じる。
ふっと右横を見ると・・・ゆずの寝顔・・・・左横を見るとチロの毛むくじゃらの寝顔・・・。
シングルベッドに2人と1匹が寝ている・・・・・・秀治はキョトンとし・・・その後
クスッと笑った。ゆずとチロは幸せそうな顔で寝息をたてている・・・。
『狭いはずだな・・・』そう思い秀治は目を閉じ・・・もう一度夢の世界へ落ちて行く。
秀治の顔も・・・・とても幸せそうだった・・・。













次の日秀治は全快し会社へも無事出勤。
お昼休みに秀治の元へ祐美が話があると尋ねて来た。

会社近くの喫茶店へ行き祐美はコーヒーを1口飲み、話を切り出した。


「昨日お見舞いに行ったのよ」

秀治は少しびっくりした。ゆずからは何も聞いていなかったからだ。
何故ゆずは教えてくれなかったのだろう・・・そう思いはしたものの
あまり深くは考えなかった。
「あ・・・眠ってて・・・せっかく来てくれたのに挨拶もしないでごめん・・・・」
秀治は曖昧な御礼の言葉を言った。
どんな状況だったかわからなかったからだ。

「そうしたら・・・可愛い妹さんに追い返されちゃった」

妹?・・・ゆずのことか・・?・・・そうか・・・ゆずはとっさに自分の存在を
誤魔化してくれたのか・・・・・・・・。
秀治は頭の中でそう考えた。
でも・・ゆずのそうした気遣いも祐美に対しては無駄だということも秀治にはわかっていた。
何故なら祐美は秀治と由理香の結婚式にも来ており、その時に自分の家族を紹介したことが
あるからだ。秀治は3人兄弟の末っ子なのだ。


「貴方には妹なんていない。あの子・・・誰?」


祐美は真剣な顔で秀治に聞いてきた。
秀治はどう説明したものかと迷っていた。
どう説明した所で秀治とゆずの関係は理解してもらえないだろう。

「あの・・・親戚の子で・・・妹みたいなものだから・・・・」
苦しい説明だな・・・秀治自身もそう感じていた。
祐美はもちろん嘘だとわかっていた。

「・・・親戚ねぇ・・・」

明らかに嘘を付いてる秀治に祐美は少し苛立ち・・・思わずキツイ口調で
言ってしまった。

「嘘つき。・・・あの子とはどういう関係なの?何であんな子が貴方の家にいるの?」

祐美はあの時ゆずの目に小さな『敵意』みたいな物を感じた・・・そして自分の中にも
ゆずに対する『嫉妬』みたいなものが存在した。

祐美は秀治のことが好きだったのだ。

だから・・・祐美が受けたゆずの印象は・・・あまり良いものではなかった。

一方秀治は祐美の言葉に・・・少し引っ掛かった。
『あんな子・・・』その言葉を聞いて・・・自分でも何でこんなに・・・
と思うほど苛立った。

さらに言葉を続ける祐美・・・少し感情的になっている。

「あんな子が・・・何で我が物顔で貴方の家にいるの?・・・何で看病までしているの?
何で・・・・」
「君には関係ない」
秀治の言葉によって祐美の言葉、ここで遮られた。
秀治は日頃からやんわりとした口調で話しをする。その秀治が・・・・自分でも驚くほど
冷たく言い放つ。
「俺と彼女がどんな関係だろうと君には関係ない。答える義務もない」
秀治は祐美に対して反発心を感じていた。
自分の心に無理やり踏み込まれているようで・・・我慢が出来なかった。





祐美はその言葉に硬直し・・・涙を堪えた震える声で言った。
「ご・・・ごめんなさい・・・・・」




秀治もこの時点でしまった!・・・と思っていた。こんな言い方するつもりはなかった・・・。
何故祐美がここまでゆずと自分との関係を気にするのか秀治にはわかっていなかった・・・
でも祐美のこの顔を見た時ようやく気が付いた。


「ごめんなさい・・・そうよね・・・私には関係ない・・・ごめんなさい」
弱弱しく謝りうつむく祐美に秀治も申し訳なさそうに誤る。
「いや・・・俺の方こそ・・・・・言い過ぎた・・・ごめん・・・・」


祐美は少し顔を上げ秀治の目を見つめ小声で言った。
「私・・・貴方が由理香さんと出会う前から・・・ずっと貴方のこと好きだったの・・・だから・・・」

そして祐美は席を立ち走って店を出て行った。


残された秀治は・・・小さなため息を付き・・・軽く頭をかいた。
自分の鈍感さを悔やみ・・・・・・・・落ち込んだ。
そして、それ以上に深刻だったのは・・・自分の気持ちに気が付き始めていたことだ。



秀治はゆずに対する自分の気持を自覚し始めていた・・・・。

「俺にとって・・・ゆずは・・・・・」
秀治はもう一度ため息を付きそのまま昼休み中考え込んでいた。
2001.5.4

    ⇒