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<ちくしょう!中山の奴、どこいるんだ?> 春香達のクラスは、今はどの試合もしていない。 悟は痛む足を引きずりながら、体育館や校庭をさ迷い、春香の姿を探していた。
「外にいないってことは校舎内ってことか?」
逸る気持ちを抑えながら、再度校舎内へと足を向ける。
<こんなことなら、とっとと再チャレンジしときゃよかった!!> 何度でも、毎日でも気持ちを伝えていれば良かったと後悔する。
<誰かに先に告白されて、もし中山の気持ちがそっちにいっちゃったら俺、立ち直れねぇ>
一刻も早く春香に会いたかった。
その頃、悟の想い人、春香は悟がチェックしなかった校舎裏で、困り果てていた。
「抜けがけするなんて汚いぞ!!」 「俺が何をしようと勝手だろ!」
春香の目の前で大喧嘩する、体操服姿の男子生徒が2人…空気が緊迫していて、今にも殴り合いになりそうなくらい殺気立っていた。。 2人とも3年生のようだ。双方共に体育会系の逞しい体格で、なかなかの男前だ。 だがしかし、場の雰囲気に飲まれていた春香にとって、2人の外見上の差は、メガネをかけているか、かけてないかぐらいしか認識できないでいた。
時間は少し前に遡る。 春香はバレーボールのメンバーで、バレーの試合は体育館で行われていた。 試合を見事勝利で終えて、同時刻に校庭で行われていたはずの悟達のサッカーの試合が気になり、見に行こうと外へ出た時、メガネの方の男子に声をかけられ、話しがあるからと校舎裏に連れて来られた。 …が、この男、でかい図体を縮めて、やたらもじもじしたまま、なかなか話を切り出さない。 そうこうしているうちに、いきなりもう一人の男子生徒がやって来て、春香が状況を把握できないまま、喧嘩勃発寸前になっている。 で、今…春香は怯えていた。
<この人達、一体なんなの?> 春香を置いてきぼりにして、2人の言い合いはさらにエスカレートしていく。
「ようし、だったら、今、この場で俺達二人とも告白して、中山さんに決めてもらおう!!」 「…望むところだ!」 「俺が勝っても恨むなよ。」 「そりゃこっちの台詞だ。」
<え?何?何を私が決めるの??> 春香は自分の名前が出てきて、体を固くし、顔を強張らせる。 2人は春香に詰め寄り、とても真面目な顔をして尋ねた。
「中山さん。俺達同じクラスのダチ同士なんだけど…2人揃って君のことを好きになっちゃったんだ。」 「どちらが好きなのか答えてくれないか?」
「………え?」 迫力のある告白に、春香の頭は真っ白になるが、少しずつ何を聞かれたのかを理解し、真っ青になる。
<わ、私のこと、好き?え?嘘…>
「中山さん!正直に答えてくれて構わない!」 「さあ、答えてくれ!!」 じりじりと春香に迫る2人の目が血走っているように見えて、春香は自然と後退り…ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい!」 春香はそのまま、逃げるように校庭に向って駆け出した。 春香にとって、これが断りの答えだったのだが、2人は納得してくれなかった。
「待ってくれ!中山さん!」 「お前が怖い顔して迫るから、中山さん怯えちゃっただろ!!」 「そりゃお前だろ!!」
2人はお互いに責任を擦り付け合いながら春香を追って走り出す。
「中山さ〜ん!!」
後ろから追ってくる絶叫に近い声から逃れるため、春香は懸命に走った。
<怖い!怖いよー!!助けて笹山君ー!>
悟は校舎内をくまなく探し回っていて、現在2階の廊下を歩いていたが、不意に教室内から聞こえてくる会話に足を止める。 ちょうど春香の教室前だった。
「ねえ、何あれ。追っかけっこしてる。」 「あれ、追われてる子、中山さんじゃない?」 「嘘。あ、ホントだ。」 「あの男子達、結構女子に人気ある先輩じゃない?」 「あれま…でも、何だか中山さん、絡まれてる?」
<絡まれてる??中山が?> 悟は迷うことなくドアを開け、教室に駆け込む。 窓際の席に座っていた数人の女子生徒が驚いた顔を向けたが、悟は構うことなく開いている窓に駆け寄る。 「中山がどうしたって??」 窓の外と、女子生徒に視線を交互に巡らせ、春香のことを尋ねる。 一人の少女が操られたように窓の外に手を出し、春香の居場所を指し示す。
サッカーの試合を観戦する人だかりから少し外れた所に、春香の姿を見つける。 春香のすぐ後を男子2人がもの凄い勢いで走り、追いかけているのを発見し、悟は思わず身を乗り出す。
<あ、あいつら中山に何する気だ?> そうこうしているうちに、片方の、メガネの男子が春香の腕を掴み、無理やり引き寄せた。 悟の頭に血が登る。
「こらーーーーー!中山を放しやがれーーー!」 悟は大声を出して叫ぶ。 …が、その声は校舎近くにいた生徒には届いたが、サッカー観戦の声が邪魔して春香達の所までは届かない。
「ちくしょう!」 悟は校庭へ向おうと駆け出すが、ある物が目に留まり、急ブレーキをかけたように立ち止まる。 教卓の上に無造作に置かれたメガホン。誘導用か応援用か…いずれにせよ球技大会の為に用意された物らしい。 目に入ったと同時に手に取り、再び窓へと飛びつく。 窓から顔を出し、メガホンのスイッチを入れ、大きく息を吸い込む。
「そこの野郎2人、中山を放せーーーーー!」 悟の声が校庭中に響き渡る。
サッカーの試合をしていた生徒も 観戦していた生徒も サボっていた生徒も 審判等をしていた先生達も 驚いて声の方に注目する。
当然、春香も、春香に迫っている男子2人も…悟の方に目を向ける。
<さ、笹山君?!> 春香の心臓が飛び跳ねる。
「何なんだ?あいつ!」 春香の手を掴んでいたメガネの男子が忌々しそうに悟を睨み、言い返す。
「お前に指図される覚えはないぞー!!これは俺達と中山さんの問題だー!口を挟むなーーー!」 もう一人の男子も加勢する。 「そうだ!部外者は黙ってろーーー!俺達の告白タイムを邪魔するなーーー!」 こちらはメガホン無しだったが、今や観戦の声も、ざわめきもなく、校庭は水を打ったような静けさだったので、声が良く通る。
<告白タイムだとぉ?!!> 悟は、男子達が春香に告白したことを知り、メガホンを投げ捨て、負けずに大声を張り上げる。
「だったら俺は部外者じゃねぇーーー!」 「笹山君…。」 春香は真っ直ぐ校舎を見つめ、一生懸命瞳の中に悟を映す。 悟も、ただ一心に春香だけを見ていた。 距離があるのでお互いの表情までは見えないが、傍にいたいと願い、ありったけの想いを込めた眼差しをお互いに向け合う。
「中山ーーー!俺、何度でも言うぞーー!」 初めて会った日から、今まで、色んな春香を見てきた。
春香の泣き顔も、寂しそうな顔も、怒った顔も、笑い顔も…みんな悟の胸に焼き付いている。
「俺は中山のことが好きだーーーー!」
出来ることなら、春香がどんな表情をする時も、傍にいられたらと思う。
「毎日だって言ってやる!!顔見る度に叫んでやる!中山が振り向いてくれるまで、俺は諦めねぇ!!」
全ての気持ちを吐き出し、悟は荒い息をし、春香の返事を待った。 大勢の…学校中の生徒と先生の注目を浴びていたが、悟には春香の存在しか見えていない。
春香は、自分を好きだと言ってくれた男子2人に視線を移して、ハッキリと言う。
「ごめんなさい。私、とても好きな人がいるの。だから、ごめんなさい。」
落ち着いた微笑を浮べ、静かな声で2人の気持ちに対し、誠心誠意答えた。
「中山さん…。」 2人は悲しげに肩を落とし、メガネの男子は春香の腕を掴んでいた手を力なく放した。 春香はペコッと2人に頭を下げた後、数歩前に出て、悟を見やすい位置へ移動した。 そして、顔を上げる。 春香の視線の先には悟がいる。
目を瞑り、空気を胸いっぱいに吸い込む。
「笹山くーーん!」
今だかつて、これほど大きな声で叫んだことなどなかった。
「私も、笹山君が好き!!あなたのことが大好きーーーーー!」 まるで青い空に向って告白したように、春香の澄んだ声が大空へ溶けていく。
「中山…?!」
春香の答えは、悟にとっては意外なもので、思考回路が一時停止し、実感するのに数秒間かかってしまった。
<俺のことが、好き?………好き!!> 言われたことを理解したと同時に教室を飛び出した。 足の傷が動く度につれて痛みを訴えたが、そんなものに構ってなどいられなかった。 玄関を出て、校庭に向って走って行く。 春香も悟の姿を捉え、引き寄せられるように駆け出した。 中断されているサッカーの試合。そのフィールド内を横切って走る悟と春香は、ちょうど校庭の真ん中でお互いに辿り着いた。
「中山!!」 悟は回りの目など一切気にせず、迷わず春香を抱き締めた。 春香も、逆らわずに身を任せ、ぎこちなくではあるが、悟の背中に手を回す。 この光景に、みな目を奪われていたが、野次を飛ばす者も、はやし立てる者もいなかった。 公衆の面前で抱き合っている2人が、何故だかとても自然に思え、恥ずかしいとか、照れ臭いとか、そういう発想すら浮ばないほど、見ているみんなをも幸せにしてくれるものだった。 まるで2匹の仔犬が、相手を想う気持ちのままにじゃれ合い、寄り添うような…優しい一コマ。
この派手な告白シーンを保健室の窓から見ていた里美は、腕を組んで、深く、何度も頷き、「やっぱ、笹山君はこうでなくちゃね。」とコメントした。 同じく、校庭の隅にある桜の木の下で、木に背中を預けて立っていた尚也は、あまりの微笑ましさに、笑いを堪えきれず吹き出していた。 そして、悟の、自称『優しい親友』の直人は…。 「笹山の奴、かっちょえー。」 教室の窓から、ちっとも『かっちょえー。』とは思っていない声音で言い、でも彼の笑顔は2人を祝福していた。
悟と春香の告白劇は、この後十数年間、この学校での伝説となる。 校舎から校庭に立っている相手に告白すると、恋が成就するってね。
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