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 この日の放課後、悟は急いで尚也のクラスへ行った。もちろんクロは悟のお供をしている。
 入り口から顔をひょっこり出して、教室を見渡す。帰り支度をしている生徒達の中に尚也の姿は
見えない。

 目に留まった背が高くて少々痩せ過ぎの男子生徒のことをとっ捕まえる。

「すみません。聞きたいことがあるんですけど!」

 突然見知らぬ奴に気楽に話しかけられ、男子生徒は動揺する。が、悟の校章の色から
2年生だとわかると少々態度を変えて接しだす。悟の高校の校章は学年ごとに色が違う。
悟たち2年生は赤色で、尚也たち3年生は青。

「何だよ。2年が何の用だ?」
 悟を見下した態度。でも悟はそんなこと気にも留めていない。

「川田先輩、今日お休み?」
「ああ、このところずっと休んでるぞ。」

 結局この日も尚也は授業に姿を現さなかったようだ。悟は期待はしていなかったものの
少し落胆した。

「あの、川田先輩の住所と電話番号が知りたいんですけどわかりますか?」
 緊急連絡用にクラスメートの住所録くらい配られているだろうと思い、尚也のクラスメートに聞きに
来たのだ。ダメなら先生に聞くしかない。

「あん?わかるけど。」
<何でそんなもん知りたいんだ?>
 男子生徒が訝しげに悟を見ていると、すぐ傍にいた女子生徒が興味深々って顔して口を挟んだ。

「最近あいつ下級生の人気者なの?このところ毎日彼が休みかどうか聞きに来る子がいるのよ。
その子も初め来た時住所を知りたがってたから教えてあげたのよ。何で川田のことなんか
知りたいの?」

<中山のことだ>
 すぐにわかった。
 春香は学校にも、あの秘密の場所にも姿を見せない尚也のことを一生懸命探している。
 尚也の家にもとっくに行っていて、話をしているのだろう。
 …春香と彼の家族との話がどんなものだったかは、春香が泣きながら吐露した言葉が物語って
いた。尚也のことなど心配していない家族…。

<どんな家族なんだろうか?>

 悟は詳しい話は誤魔化して、尚也の住所と電話番号を手に入れた。


 3年の教室は3階にあり、悟たち2年の教室は2階にある。

 用が済んだので自分の教室に戻ろうと足早に階段を降りる…が、途中の踊り場で昨日の悪ガキ3人組に
遭遇。またまた春香が絡まれていた。

 何人か通りがかる生徒もいたが、みんな足早に逃げ出したり避けていた。

「中山…。」
<あの馬鹿、またとっ捕まってんのかよ!>

 隙を見て助けようと思って、静かに階段を降りていき、近づいて行くと…。

「だから俺たちなんも知らねーって言ってんだろ!」
「しつこいんだよ!」

 春香を踊り場の隅へ追い詰め、取り囲み威圧している。
 でも彼らの言っていることを聞いていると、どうやら先にちょっかいを出したのは春香の方
らしかった。

「本当ですか?本当に川田先輩に何もしていないんですね?」
「いい加減にしねーと殴るぞコラ!」
 かなり苛立っている声だった。
 春香は怒鳴られても、気丈にも目を逸らすことなく男達に責めるような目を向ける。

「先輩達、川田先輩のこと目の敵にしてたから…。」
「だからってあいつが何処にいるかなんて俺らが知ってるわけねーだろ!」
「どっかでのたれ死んでてくれたらラッキーだけどな。」
 3人組の1人がヘラヘラ笑いながら言った言葉に、春香は怒りでカッとしてその男の頬を思いきり
平手打ちにした。

 パシッと渇いた音が響いた。

<げ!>
 悟はその瞬間走り出していた。クロは腰を抜かしその場にしゃがみこんでいて、
付いていけない。

「テメー!大人しく話を聞いてやってりゃいい気になりやがって!!」
 平手打ちされた男が怒りに満ちた恐ろしい形相で春香を睨む。
 その男が春香を殴ろうと腕を振り上げたと同時に、悟は3人の男達の間をすり抜け春香の腕を
掴んだ。そして男達にぶつかりながらも踊り場から脱出し、そのまま階下へ向けて駆け出す。

「笹山君!?」
「お前、何やってんだよ!」
 叫びながら、とにかくひたすら階段を降りて行く。

<まずは逃げなきゃ!追いかけてくるはずだ!!>
 悟はそう思ったのだが…階段を降りきってチラッと振り返ると、悪ガキ3人組はその場に立ち尽くし
動こうとしていない。

<あれ?>
 不思議に思ったものの、<ラッキー♪>…ということにして、足を止めずその場を後にした。

 残された悪ガキ3人組。
 そのうち一人が震える声で言った。

「俺さ、あいつにちょっかい出してから、やたら犬に絡まれるようになったんだ。」

 その言葉に他2人も激しく反応した。

「お前もか?俺もなんだよ!!近所の犬、俺に威嚇しまくり!」
「俺なんかウチで飼ってるチワワに噛み付かれたんだぜ!!」
 そう言って手の甲を見せる男。綺麗に噛み付かれた後が残っていた。

「俺に一番懐いてたのに、リリカの奴、昨日からちっとも俺のこと相手にしてくれないんだぜ!!」
 悲しそうに俯く男に、他2人は<お前にチワワ…しかもリリカって名前の犬は似合わないだろ>
と、心の中で突っ込みを入れた。

 いずれにせよ、これ以上悟に関わると犬に殺される…と身の危険を感じていた3人なのであった。

 腰を抜かしていたクロは呆然としている男たちを見上げ、怒りのオーラがないことに気が付き
慌てて階段を駆け降りだした。途中焦ってコケてしまい何段か踏み外していた。

 …自分が幽霊犬だとわかっているのか、いないのか…相変わらず意気地なしのクロだった。

 悟は春香の手を引いたまま自分の教室まで戻ってきた。
 教室内に駆け込むと、もうクラスメート達は全員部活へ向かったり、下校していたので
無人になっていた。

 全力で走ってきたため荒くなった息を整えた後、悟は呻くように言った。

「お前さあ、あいつらに川田尚也のこと聞いてたろ。」

 春香は下唇をキュッと噛んで、小さく頷いた。
 悟の目にも、春香の身体が震えているのがわかった。…相当怖かったのだろう。

<怯えるくらいなら何で平手打ちなんてすんだよ>
 
 悟は頭をかきながらため息混じりに思っていたことを尋ねてみた。
「もしかしてさ、昨日も自分からあいつらの所に行ったのか?」
「…そうよ。」
「まさかあいつらが川田尚也を監禁でもしてるとか思ってんのか?」
「そこまでは思っていない。でも、川田先輩とあの3人は敵対してたから何か関係しているかと
思ったの。」
「それ、有名な話だから知ってる。いつもあの3人が負けてるって話しだけどな。」

 尚也は常に一人で行動していて仲間など誰もいない。
 一部の怖いもの知らずの女子には『カッコイイ』と熱烈なファンもいるほど、『一匹狼』っぷりが
様になっていた。あの3人はそんな尚也のことが目障りで、時々喧嘩を売っていたらしい。今のところ
勝負は3人組の連敗記録だけが更新され続けている。

「でも、さっきの様子じゃあいつら本当に何も知らないようだったぜ?」

 春香もそれは感じているようで、落胆したように俯いた。

<そんなに川田のことが心配なのかよ>
 とても気弱で大人しそうな春香の必死な行動を目の当たりにして、悟は少しもやもやした
気持ちになる。
 ちょうどその時、クロが悟の許へ縋るように駆け寄って来た。
 クロは足元で悟を見上げ、目が合うと尻尾をピクンと振った。
<またどっかで隠れてたな>
 クスっと笑った後、その瞳を見ていた悟は馬鹿にされるの覚悟で春香に包み隠さずクロの話を
してみようと思った。
 
 クロはもしかしたら尚也と何らかの接点があるのかもしれないと思ったから…。

2002.5.16