| 「グルルルルぅ…。」 犬は野口を威嚇するように唸る。 クロよりも少し小さめで、狐を思わせるような薄茶色の野良犬だった。 毛もパサついていて艶もなく、汚れている。 首には、首輪が食い込んで、痛々しげだった。 まだ成長途中で悪戯目的で着けられたのだろう。 「あ、あっち行けよ!」 いくら弱々しげな犬でも、攻撃的になっているとやはり恐い。 しかも、犬は野口に対し、ハッキリとした敵意を持っている。 野口はジリジリと迫ってくる犬に恐怖を感じる。 犬が、グッタリとしている悟を守るように野口の前に立ち塞がる。 今にも襲いかかりそうな勢いだ。 口を開け、噛み付こうとする犬を、野口は勇気を奮って蹴っ飛ばす。 犬は小さな悲鳴を上げたが、体制を建て直し、野口の足に噛み付いた。 「痛い!こ、このクソ犬がっ!!」 野口は無我夢中で地面に落ちていた大き目の石を拾い、思い切り犬の体を殴りつける。 「きゃうん!!」 犬が痛みでヨロケて野口から離れた。 そのまま力尽きて草むらに蹲ってしまった。 <クソ!何でこの犬、こいつを守ろうとするんだ?!> どう見ても、悟を庇っているとしか思えない行動。 犬に噛まれた足に、血が伝う。 野口は、立ち上がろうと必死にもがく犬を忌々しそうに睨み、再び悟に襲いかかる。 悟に駆け寄り、膝を着いて座り、首に手をかける。 ちょうどその時、何者かの気配がした。 「こら、そっち行っちゃダメでしょ!玉三郎!」 「バウ!!バウバウバウ!ハフハフ。」 どうやら犬を連れている散歩中の飼い主らしかった。 その玉三郎という犬は、自分たちの存在をアピールするかのように、激しく吠えながらどんどん野口たちがいる場所へと近づいてくる。 野口は、声のする方と悟とを、数回視線をさ迷わせ、急いでその場から立ち去った。 <失敗した!失敗した…どうしよう!> 人目を避け駐車場へと向いながら、野口の思考は完全に焼きつき始めていた。 玉三郎の飼い主は30代後半くらいのキャリアウーマン風の女性だった。 会社から帰ってきて、すぐに玉三郎に散歩をせがまれたので、スーツ姿のままだ。 彼女の愛犬玉三郎は大型犬のセントバーナード。 愛犬に引きずられるように導かれ、草むらで倒れている悟を見つける。 「くぅんくぅん!」 玉三郎は悟に駆け寄り、優しく頬を舐めた。 「あらら!このコどうしちゃったの?」 女性は慌てて悟の傍で膝をつき、「大丈夫?大丈夫?」と、声をかける。 「大丈夫…?」 朦朧とした意識の中で暗闇の中をさ迷っている悟の耳に、微かに声が届く。 誰かが自分のことを呼んでいることに気がついた。 <中山…?> 咄嗟にその声が春香だと思い、必死で声の方へと手を伸ばす。 <そっか…死ぬ前に中山に会わせてくれるなんて、神様も粋なことしてくれるじゃん!> そう思って感謝し、声の主へ最後の言葉を残そうとする。 「俺、お前のことがホントに好きだったんだぜ…。」 ガバっと身体を起こし、相手の手を握り締める。 そっと目を開けた悟の視界に、女性の柔らかな手が映る。 でも、春香の手にしては、ちょっとくたびれた肌をしていたし、爪には真っ赤なマニキュア。 <あ、あれ?> 悟は戸惑い、顔を上げると、目の前には見知らぬ女性の顔。 <…中山じゃない> 女性は少々驚いた様子だったが、瞳を潤ませうっとりとしていた。 傍にいたクロが<何しているの?>という視線を向け、首を傾げている。 悟は完全に目が覚め、目の前にいる女性が春香ではないことを認識し、青くなる。 <や、ヤベ!俺寝ぼけて知らない女の人の手を握っちまったんだ!!> 女性は、完全に悟から愛の告白を受けたと思い込み、逆に手を握リ返してくる。 「あなた、綺麗なコねぇ。」 女性は悟の顔をマジマジと見つめ、自分にしか聞こえない小さな声でそう呟き、頬を赤く染める。 どうやら悟は女性のモロ好みのタイプらしかった。 「でも、ごめんなさいね…。あなた高校生でしょう?私とは年の差があり過ぎるわ…。」 女性は悟の手を握ったまま、辛そうに俯く。 …瞳をキラキラさせ、ちょっと自分の世界に浸っているようだ。 「私がもう10歳若ければ、気持ちに応えてあげられたのにね…。」 「あ…。」 <そうだ…。俺、さっき『好きだ。』って言っちゃったんだー> 春香だと思って言った台詞だったわけで…。 何とかこの誤解を解かなければと思うが、女性の方は暴走気味だ。 「私にもう少し勇気があれば…。でも、やっぱり世間体も気になる性格だし……あら?」 女性は、悟の頬から血が出ているのに気が付き、ようやく暴走を止める。 「頬の傷…血が出てるわ。」 その言葉を聞いて、悟はハッとして立ち上がり、辺りを見渡し傷を付けた張本人を探す。 …が、轢き逃げ犯の姿はすでに消えていた。 クロも、悟を気遣うだけで、もう何の反応も示さない。 「どうしたの?」 女性がキョトンとして悟を見つめる。 「あの、ここに来た時、俺の他に誰かいませんでしたか?」 「いなかったけど…。」 「そうですか…。」 <クソっ!逃げられた!!> …『逃げられた。』と言うより、『助かった。』と言うべきだろう。 この女性と犬が来なければ、悟は今頃二度と目を覚まさない夢の中にいたはずだ。 <轢き逃げ犯、捕まえられなかったけど、運が良かったってことだよな…> 悟は気を取り直し、とにかくこの状況を何とかせねばと思う。 わざと少し哀しそうな顔をして女性を見つめる。 「あなたの気持ちはわかりました。キッパリと諦めます。ありがとうございました!」 悟はペコリと頭を下げる。 潔く振られた……フリをした。 「…ごめんなさいね。」 女性は申し訳なさそうに詫びて、そっと悟の手を取る。 「恋は一度じゃないからね。ヤケを起こさないでね、坊や。」 「はあ…。」 悟はバツが悪そうに苦笑いをして、心の中でため息をついた。 女性と玉三郎は何度か振り返りながら、帰って行った。 悟はホッとして肩の力を抜いた。 喉の痛みを感じ、殺されかけたことに今更ながら身震いする。 <危なかった…> 先ほどの女性が通りかからなければ殺されていた。 女性が連れていた犬の顔を思い出す。 <あの犬が連れてきてくれたんだな…> 犬の顔を思い浮かべ、心底感謝した。 クロが悟の傍に寄って来て<大丈夫?>とでも言いたげな眼差しを向ける。 「大丈夫だよ。」 そう言った後、傍で荒い息をさせていた野良犬に気が付いた。 脇腹辺りから少し血が出ていて、体も弱っているようだった。 今までの展開からいくと、きっとこの野良犬が自分を守ってくれたのだと感じた。 悟は野良犬の傍に行き、体に触れる。 この野良犬は仔犬の頃、人間に酷い目に遭わされて、普段は人間に対しあからさまに敵意を向けるが、悟には柔らかな視線を向ける。 触れられることに喜びを感じているように尻尾を振り、「きゅ〜ん」と鳴いてみせた。 「お前が守ってくれたんだな。ありがとな。」 お礼を言い、頭を撫でていたが、悟の手が止る。 野良犬の首に食い込んでいる首輪に気が付いたからだ。 首輪がこの野良犬に与える苦痛は計り知れないだろう。 「じっとしてろよ…。」 悟は慎重に首輪を外した。 首の傷は酷い状態で膿んでいた。 「お前、俺の命の恩人だもんな。」 悟は躊躇うことなく野良犬を抱き上げ、公園を後にする…。 |
2002.8.4 →
| 今回いきなりコメディ!?(笑)どーも、悟だとコメディに陥り易い。 |