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 その日の授業が終わった後、教科書を片付けていた春香の許に、里美がやってきた。

「里美ちゃん?」
 お昼休みやり合ったので、さすがに表情が硬くなる。
 でも、里美の方は、どこかスッキリとしていて、しかも今までの威圧するような雰囲気は消えていた。

「私、春香の性格、嘘臭くて嫌いだったのよね。」

 里美のきつい言葉に春香は身構える。
 …が。

「でもさ、私のこと引っぱたいた春香は、結構好きかも。」
「え?」
「もっと早くああしてればいいのに。だからお人好しってイライラすんのよね。」
 
 そう言いながら、照れているのか、里美の頬は少し赤くなっていた。

「あの…。里美ちゃん?」

 里美の言動の真意がわからず、春香は首を傾げる。

「だからその…。春香っていつもウジウジしてて優し過ぎて、見てて嫌になってくるのよね。もどかしくてさ。鬱陶しくてたまらなかった。」

 里美は春香のことを貶しているのか褒めているのかわからないことを一人で話し続け、そして最後に言葉を詰まらせながら言った言葉は…。

「今までごめん。…ごめんなさい。」

 多分、この一言が言いたかったのだ。
 とても素直な言葉。
 里美は更に言葉を続ける。

「って、謝っても、あれだけ酷いことしたんだし、簡単に許せるはずないと思う。納得もできないと思うけど…とにかくごめん。」
 
 里美は、ここまで言い切って、その場を立ち去ろうとした。
 それを春香は呼び止めた。

「里美ちゃん!」

 春香の言葉に、里美はビクッとして足を止め、恐る恐るという感じで振り向いた。
 里美なりに緊張していたようだ。

「また、出会った頃みたいになれる?」

 その言葉に、里美はしばらく考えた後、クスッと笑って答える。

「それは無理よ。」
「…そう。」

 春香はガックリと肩を落とす。
<そんなに上手くいくはずないわよね…>
 そう思った時…。

「だって、春香はもう詩織とは似ても似つかないもの。」
 
 里美が柔らかな口調で言った。

「え?」
「あの子は私のことを引っぱたいたりしなかったわ。」
「里美ちゃん…。」
「だから、出会った頃の私達にはなれないわよ。」
「じゃあ…じゃあ、別の関係にならなれるってこと?」

 春香は期待に満ちた目で問いただした。
 里美は、言葉では答えず、その代わりに少しぎこちない笑顔で応えてくれた。

 そして、その後、言い忘れたこを思い出したように「あ。」と声を上げた。

「これも言っとかなきゃね。」
「え?」
「私、笹山君のこと、本気で好きになったから。」
「え…ええーーー???」
「春香って笹山君のことどう思っているの?春香と川田尚也ってどういう関係?」

 バシバシと質問を投げかける里美に、春香はタジタジになる。

「え?あ…。笹山君は、と…。」

 『友達よ。』って言おうとしたのに、何故か言葉が詰まる。
 友達という言葉が悟と自分とを結ぶキーワードなのかどうか、わからなくなっていた。
<どうしちゃったの…?笹山君は友達よ。私が好きなのは川田先輩…>

 春香がなかなか返事を出せずにいたら、里美が不敵な笑みを浮かべる。

「ふーん。悩んでるってわけね。」
「え?あの…。」
「ま、ずっと悩んでてくれるか、川田尚也に気持ちが向いててくれた方が私としては好都合だけどね。でも、ライバルになる可能性もあるみたいね。」

 里美は、そう言って右手を差し出す。
 春香は、まずその右手に視線を落とした後、顔を上げ、首を傾げて里美を見る。

「握手。もし恋のライバルになって、どちらが勝っても恨みっこなし。」

<ライバルって言っても…>
 春香は自分の気持ちがわからず混乱していた。
 それでも、自分を強く見つめ、握手を求めてくる里美に操られるように右手を差し出す。
 里美は春香の手を握り、元気にブンブンと振って、その後、そっと離す。

「お互い頑張ろうね。」

 そして、鼻歌まじりに帰っていった。
 春香は目をまんまるくして呆然としていた。

<私にとって、笹山君って…>
 里美との和解を喜ぶ間もなく、春香の心の中には新たな難問が持ち上がっていた。
 握手した右手を見ながら、胸が痛むのを感じる。

<私って、すごく優柔不断だ…>
 尚也への気持ちは少しも変わらない。
 ただ、里美から悟のことが好きになったと聞かされて、胸がざわついた。
 悟と出会ってから、春香の感情は激しく動き出し、心の中だけでは抑えきれず、今までにないくらい笑ったり怒ったり泣いたりしている。
 泣いている自分の傍に、何も言わずにいてくれた悟。その温かさを失いたくなかった。

 誰にも取られたくないと思ってしまった。

 『お前のことが好きなんだよ!』
 悟に言われた言葉。あんな風に気持ちをぶつけられたことは初めてだった。
 ただただ真っ直ぐに愛情を示してくる悟に戸惑いもしたけれど、今はっきりと嬉しいと思っている自分の気持ちを自覚する。

<私、凄く嫌な女>
 悟に対する気持ちが一体何なのか、わからずにいた。
 でも、友情ではないような気がした。
 独占していたいと強く思ってしまう。
 もし、悟が誰か他の女の子に気持ちを向けてしまったら、強烈な嫉妬を感じるだろう。
 それがわかってしまった…。
 はっきり答えを出せないでいながらも、独占したいと思う気持ちも、また真実だった。
 自分ではどうすることも出来ない気持ちを抱え戸惑っていた。

2002.7.21 

悟に希望の光?!!今回はちょっと短めでした♪