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瑞希は、空腹感で目が覚めた。 ゆっくりと顔を上げると、窓の外はすでに暗くなり初めていた。
<やだ、寝ちゃったんだ!> ご飯を作る前に、手紙を眺め、この内容で通用するかどうかを考えていたら寝てしまった。 やはり精神的にも肉体的にも、かなり疲れがたまっているのだろう。 手に持っていた便箋を封筒に入れ、椅子から立ち上がり、居間の戸棚に戻す。
ちょうどその時、瑞希の部屋の方から声がする。
「瑞希さーん。」
<尚也君?> 瑞希の名を呼ぶ尚也の声は、ちょっとうろたえているようだった。
<何かあったの?> 慌てて部屋へ向い、襖を開ける。 …と、尚也が布団に上半身起こした状態で座っていて、膝の上に新聞紙を敷いていた。 胸にはサナを抱き抱えていて、新聞紙にはサナの排泄物が乗っかっていて異臭を放っていた。 尚也とサナが同時に瑞希を見上げる。 「あ、もしかして…。サナ、お腹壊しちゃったの?」 瑞希の言葉にサナが反応し、ビクビクしながらうな垂れる。 悪いことをしたと思っているようだ。
「呼んだんだけど、返事がなかったから、その辺にあった新聞紙使わしてもらった。…今日の新聞だけど…ごめん。」 サナを抱えたまま、尚也が申し訳なさそうに詫びる。
「私の方こそごめんなさい。少し眠っちゃったみたいで…。」 「そうだったのか。全然気配がないからどうしちゃったのかと思ってた。」
素早く後片付けをしている瑞希を目で追いながら、尚也は『嘘』をつく。 足の怪我は、きっと数日中に何とか一人で歩けるくらいまで回復するだろう。 でも、尚也は、瑞希の心が解放されるまで、騙し続けようと思う。 歩けることを悟られないように演技しようと決めたのだ。
<俺は馬鹿だな>…そう思ったが、もう自分の気持ちを止められなかった。
この日の夕食後、例によって瑞希の部屋の人口密度は高い。 瑞希はテーブルに夕刊を広げ、記事に目を通すことに没頭していた。 サナはお気に入りの小さなウサギのぬいぐるみを咥え、尚也に<遊んで遊んで>と、迫っている。 ぬいぐるみを取り合いっこするのが好きなのだ。 尚也はサナを適当に構いながら、ずっと瑞希を気にしていた。
<事故のことが出てないかどうか、チェックしているんだな> 瑞希は、事故関連の記事や、鍋島、尚也に関する記事が出てないかを毎日調べているようだ。
「何か興味がある記事載ってる?」 尚也が、サナを胸に抱いて、意識的に声をかけた。 瑞希はハッとして、素早く新聞をたたんだ。
「…ごめんなさい。」 瑞希が詫びた。 「何で謝るんだ?」 瑞希の言葉の意味を知っていながら尋ねた。 俯いて、身を小さくしている瑞希を見て、尚也はため息をつく。 瑞希は、自分の犯している罪の重さを感じ、尚也に対して申し訳ない気持ちを抱えている。 それなのに、いつの間にか尚也の傍でリラックスしてしまって、挙句の果てに、被害者の目の前で事故が表沙汰になっていないかのチェックをしている自分の行動が、無神経な態度だと思ったのだろう。 と、言っても、尚也を監禁している時点で、とんでもないことなのだが…瑞希の中ではずっと<申し訳ない>という気持ちが渦巻いているのだろう。
<監禁している側が縮こまってどうすんだよ> と、思いながらも、<監禁されている側なのに、俺だってどうかしてるよな>と苦笑いする尚也。 尚也は、そんな瑞希を愛しいと思っていたからだ。
「なあ瑞希さん。あんた、俺のこと恐いと思わなかったのか?」 「え?」 瑞希は突然話を変えられ、キョトンとする。
「俺、目つき悪いし、ガラ悪いだろ?」 そう言って、瑞希に視線を向けながら、サナの頬に軽く唇で触れて、心を見透かすような笑みを浮かべる。 その表情が、何とも言えないくらい色気があって、瑞希は一瞬その視線に釘付けになり固まる。 でも、すぐに復活し、しどろもどろになりながら、何とか答える。
「そ、そんなこと考えている余裕、なかったから。」 看病している時は、助かるかどうかで思考は手一杯で、そんなことなど考えなかった。 まあ、意識を取り戻してからは、尚也の見た目から感じるイメージと、実際話してからのイメージはガラリと変わったのは確かだ。
「でも、確かに、こんなに話し易いとは思わなかった。」 「俺も、瑞希さんのイメージ変わったかな。」 「え?」
「笑顔を見てから、第一印象のイメージがガラっと変わった。」 「そ、そう?」
<そう言えば、尚也君、前にもそんなこと言っていた…> どんな風に変わったんだろうか?と、聞きたかったが聞けずに俯く。
「俺、普段はこんなに話せない。人と話すの苦手だから。第一まともな人付き合いしたことないからな。」 「…え?」 口数は少ないが、瑞希と話している時は、会話が苦手だとは思えないほど、好感の持てる空気を作りだしてくれていた。
「でも、不思議と、俺と同じくらいか、それ以上にそういうことが苦手な人間とは話せるんだ。」 尚也はそう言った後、サナの頭を撫でた。 瑞希は戸惑い気味に尚也のことを見つめている。
『似た者同士』…尚也がお昼ご飯の時に言った言葉を、瑞希は思い出していた。
<相手の子のことを話してもらえなかったから具体的には何もわからなかったけれど、その言葉を言った後、尚也君は何やら考え込んでいたわよね…>
「ねえ、私もあなたに似ているの?」 「え?」 尚也は一瞬何のことだかわからずキョトンとするが、すぐに昼間のことを思い出した。 「いや、あんたは俺とは違う。まるきり正反対のものを持ってる。」
尚也は俯いて目を細め、腕の中のサナをとても愛しそうに抱き寄せる。
「俺はあんたみたいに正直じゃない。」 <いや、多分鍋島のじーさんや、中山だって、俺みたいなひねくれ者とは違う>
「私が…正直ですって?」 尚也の言葉に、瑞希は<理解できないっ>て顔をする。
「ねえ、瑞希さん。何のために犯罪に加担してるんだか知らないけど、あんたがやっていることは、間違ってる。」 瑞希は身体をビクッとさせる。そんなことわかりきっているからだ。 そんなこと、わかってる…と言おうと口を開きかけた時、尚也の声が耳に入る。
「瑞希さんは金のためにこんなことをする人じゃない。だとしたら、目的は轢逃げ犯の幸せ?それは瑞希さんの幸せになるのか?それとも、心が欲しいのか?」 「尚也君…。」 畳み掛けるように問いかけられ、言葉を詰まらせる。 「瑞希さんにとって、轢逃げ犯はそんなに大切な人なのか?その大切な人は、何故あんたにこんなことをさせんだよ。」 瑞希の瞳に、真っ直ぐに、ひた向きな眼差しを向ける尚也が映る。
『瑞希、頼む!俺を助けてくれ!』 瑞希の脳裏を過ぎる、言葉。 トクントクンと、自分の鼓動が聞こえ、愛しい人への約束を思い返す。
瑞希は口を噤む。 尚也はフッと表情を和らげ、優しげに微笑む。 <焦るのは止めよう>
その後、尚也はサナと遊ぶのに没頭していたが、頭の片隅で昔のことを思い返していた。
尚也が小さかった頃の、想い出。 新たに加わる家族と対面した日。 当時5歳だった尚也は父親に連れられて高そうなレストランへ行った。 母親を亡くし、父親にもいつも仕事であまり構ってもらえないので、2人きりの外出は尚也にとって、楽しい時間だった。 でも、レストランで待ち受けていたのは、2人の時間を邪魔する人間だった。 「尚也君、よろしくね。」 女性と、尚也より小さな男の子が待っていた。 2人とも尚也の知らない顔だった。 その女性は、「これからは私がお母さんよ。」と、微笑みながら言った。 そして、女性と手を繋いでいた小さな男の子は、尚也の弟になると言われた。 尚也の父、和仁がその女性と楽しげに会話するのを見て、腹が立った。 和仁との時間を奪われたことが大きな原因だったが、他界した母親への想いもあり、尚也は胸を痛めた。 <ちがう。ぼくのおかあさんは、ちがうもん。それに弟なんていらないもん> 初対面の日、口を利かずに、ずっと心の中で否定の言葉を叫び、精一杯睨みつけていた。 家に帰ってから和仁は困ったように尚也を見つめ、重い口調で注意をした。
「お前もまだ小さい。母親が必要なんだ。それに僕は彼女を愛している。彼女ともう一度温かな家庭を持ちたいんだ。」 5歳児にはあまり理解の出来ない言葉だったが、いつも物静かで大人しい和仁が、この時は少し恐いと感じるくらい真剣で、尚也は何も言えなかった。 <ぼくのおかあさんは、あのひとじゃないもん> 3歳の時に母親を亡くし、それでもその存在をいつも追い求めていた。 それなのに、突然「私がお母さんよ。」と、知らない女性から言われても、納得できなかった。 でも、そんな尚也の気持ちは置き去りにされ、数ヶ月後、和仁は再婚した。 当然相手はレストランで会ったあの女性。 尚也にとって義母になる薫と、義弟になる高志が家族に加わり、4人での生活がスタートした。
薫は、一見優しかった。 いつまでも懐こうとしない尚也に話しかけ、笑顔をくれた。 それでも尚也は警戒し、避け続けた。 甘えてみようと思ったこともあったが、出来なかったのだ。 どこか、恐いと思う瞬間があったから。 顔は笑っていても、その目は自分を憎んでいるように思えたからだ。
<ぼくはこのひとにきらわれている> 幼かったが、漠然とそのことを肌で感じでいた。 薫たちとの生活が始まって数年が過ぎた。 尚也は大人しく無口な子供だったが、決して気が弱いわけではなく、頑固なくらい芯の強い子供だった。 一方義弟の高志は同じように大人しかったが、とても気が弱く、何かあるとすぐに泣いてしまっていた。
この2人は目に見えて仲が良い訳ではなかったが、しばらく生活するうちに尚也なりに高志のことを弟として想っていた。 尚也は気転の利くしっかり者だったのに対し、高志はおっとりして、甘えん坊だった。 薫のことは苦手だったが、自分より年下で身体も小さかった高志のことは守らなきゃいけない存在だと思っていた。 でも高志は、時折尚也を恨めしそうに睨んでいたりすることもあった。 その理由が何なのかはわからないでいたが…。 尚也が小学4年、高志が小学2年の時、ある出来事があった。 この頃には、薫と尚也の仲は表面的、特に和仁の前では上手くいっているようにお互い見せかけていたが、実際はとても冷え冷えした関係だった。 薫は和仁を愛していたし、尚也は父親の薫への想いを知っていたから、お互い家庭に波風を立てたくなかった。 幼児だった頃とは違い、尚也はぎこちなくではあったが薫に歩み寄ろう思い、母の日や誕生日などに、プレゼントをしたこともあったが、返って来る言葉は、心のこもらない『ありがとう』だった。 高志に対する態度とは違う…そのことを和仁が気が付かなくても、尚也本人は感じていた。 家族4人でいる時が一番やるせない思いに襲われた。 薫は、もちろん尚也にだって笑いかけてくれるが、その笑顔の裏には和仁への体裁が見え隠れするのがわかり、酷く寂しくなる。 自分だけが家族に溶け込めていない、そのことを自覚していた。 ある日、尚也は近所の子供と喧嘩して相手を殴ってしまった。 そのことで殴られた相手の親が、薫の許へ怒鳴り込んできた その時のことが尚也の脳裏に焼きついている。 尚也は意味もなく暴力を振るうような子供ではなかった。 小さな、言いたいことも言えない優しい高志が、その近所の子供に、一方的に苛められていたのを見たのだ。 だから、助けたくてやったことだった。 でも、尚也がそう言っても、薫は信じなかった。 何故ならば、相手の子供は尚也にいきなり殴られたと言った。 そして、信じられないことに、高志も、苛められてなんかいないと言いはったからだ。 尚也が一方的に暴力を振るったことになり、薫は尚也の言い分をまったく聞かずに、ひたすら相手の親に頭を下げた。 誰も自分の言葉に耳を貸してもらえず、高志には嘘までつかれた。 ショックだった。 そして、それ以上に尚也を愕然とさせたのは…。 薫が、嬉しそうにしていたのだ。 相手の親が帰った後、頬を殴られ、注意を受けた。 でも、尚也は殴られた直後、薫が微かに微笑んだのを見逃さなかった。
その日の夜、会社から帰ってきた和仁に、尚也のしでかした出来事を、嬉しそうに話す薫。 もちろん、それに気が付いたのは尚也だけだ。 「尚也は少し暴力的よ。あなたからもキツクしかってやって!」 薫は心底困ったように和仁に報告していた。
傍で立たされていた尚也は、そんな薫の姿が、どこか嬉しさで高揚しているように思えてならなかった。 和仁も、一応尚也の言葉に耳を傾けたものの、結局最後には薫の言うことを信じてしまった。
この時の薫の行動も、高志の行動も、尚也には理解できないことだった。 一つだけわかったことは、家族の誰も自分を信じてくれなかったという事実だけ。 それから度々似たようなことがあり、薫はおろか、高志も、父親である和仁も信じられなくなった。
悲しさと怒りで苛立ち、どうしようもなくて些細なことでクラスメートに乱暴を振るうようになり、悪循環が始まった。
その都度、薫は怒りながらも内心喜んでいるような素振りを見せるのだ。 もちろん、あからさまには見せないものの、いったんそのことがわかってしまった尚也には、薫の嬉しそうな声音や瞳、そして一瞬見せる表情などから、感じ取れてしまう。 これが一番尚也を苦しめた。 <何喜んでんだよ!> 腹が立ち、ますます孤立した。 弱いもの苛めなどは決してしなかったが、中学入ってからは、もっと派手な喧嘩もした。 尚也の鋭い目つきや、でかい態度を見て、生意気だと思った先輩や同級生などが売ってきた喧嘩を全て買っていた。 それが、段々噂になって、尚也がやった覚えのない喧嘩や、悪さまでいつのまにか彼の所為になっていたりもした。 尚也の1つの行動が、尾ひれが付いて、何倍もの大袈裟な話になって噂になっていた。 その頃には、尚也はすっかり家族からは爪弾きにされていて、信じられる友人などもいなかった。 一人でいるのが気楽で安らげたのだ。
薫は尚也のことで学校だけでなく、警察へ呼ばれたこともあった。 さすがにもう嬉しそうな素振りは見せず、この頃には遠慮なく尚也を疎ましいという態度を堂々と見せていた。 尚也も、そんな薫になど構わず、罵倒も蔑みの言葉も聞き流していた。 もう、傷つきもしなかった。 尚也が中学2年になったある日。 夜までブラブラと街をさ迷い家に帰ると、尚也に気が付く者などなく、居間から笑い声が聞こえた。 そっと、音がしないようにドアを開けて見ると、和仁と薫、そして高志の3人が仲良く笑っていた。 <理想的な家族団欒ってやつか> 少し馬鹿にしたような目で見ていた。 ソファーに腰掛け、楽しそうにしている3人の会話が自然と耳に入り込んでくる。
「あなた。高志、成績がかなり上がってきたのよ。この分なら、葵中学合格間違いないって」 高志を有名私立中学へ入れようとしている薫にとって、朗報のようだ。 今日、塾の先生にお墨付きをもらえたようで嬉しそうに報告する薫。 高志も嬉しそうだ。
「よく頑張ったな。」 和仁も微笑を浮かべて、褒めた。 ふと、その時、高志の座っている位置から、尚也の姿が見えた。 尚也と高志の視線がぶつかった。 高志は一瞬目を見開いて、その後、勝ち誇ったように微笑んだ。 そして、自慢げに言った。
「僕がいるから、安心してね、父さん。母さん。僕は自慢の子供になるから。尚也兄さんみたいにはならないから。」 高志の言葉は、目の前の両親ではなく、明らかに尚也に向けれた勝利宣言のようなものだった。 <だから、僕を愛して、父さん>…そんな高志の心の声が聞こえてきそうだった。
「…私が尚也の育て方を間違えたのよ…でも、懐いてくれなかったし…。」
薫が、俯いて言った。どこかわざとらしい言葉。 すると、和仁が、小さく首を横に振り、ため息をついた。 「いや。薫の所為じゃないよ、私がきつく叱らなかったのが悪いんだ。」 その言葉の後に、高志が静かな声で呟いた。
「兄さんさえいなきゃ、うちはどこの家庭より、幸せなのにね。」 この言葉に対し、和仁も薫も何も言わなかった。
ここまでの会話を一部始終を聞いていた尚也は、馬鹿らしくて笑いそうになっていた。 その場を後にし、再び夜の街へと足を向けた。 暗い夜道を歩きながら、笑いが込み上げてくる。 <やっとわかったぜ> 長年尚也が抱えてきた疑問が、さっきの会話で解けたのだ。 子供の頃。 何故、尚也が喧嘩をしたり、悪さをした時、薫が怒りながらも嬉しそうだったのか。 それは、和仁に自分の息子の方に愛情を向けさせたかったからだ。 和仁の実の息子の尚也より、高志を大切にしてもらいたかったからだ。 だから、尚也が『良い子』からかけ離れて行けば行くほど、実はほくそえんでいた。 尚也の後ろに見え隠れする、前妻の影に怯えていたのだろう。
和仁に、前妻の子供より、自分の子供を愛させたかったのだろう。 そして、何故、幼い高志が時折尚也に敵意を向けていたのかも想像がついた。 薫から言われ続けていたのだろう。 尚也に負けるなと、何度も言われてきたのだろう。 <あの女、しつこいからな> 薫は神経質なところがあり、完璧主義でもあった。 高志も苦労したのだろう。 だから、尚也が高志のことを庇って喧嘩した時、そのことを認めなかったのだ。 勉強も生活態度も、母親の願いを叶えるために必死だったに違いない。
その中心にいた和仁は、薫を愛していた。 もう自分の居場所を失いたくなかった。 家庭を壊さないことばかりに気をとられる中、尚也を完全に置き去りにした。 もともとそんなに気の回る人間ではなく、仕事で精神力を使い果たしている。 尚也への配慮も疎かにし、何より、生活を乱されるのが恐ろしかったのだろう。
<馬鹿じゃねーの> 気持ちのカラクリがわかってしまい、そんな理由で懸命に右往左往している家族たちが滑稽だった。 でも、一番滑稽だと思ったのは、薫の思惑に踊らされた自分だと思った。
<ホント、馬鹿馬鹿しくてやってらんねーぞ> 「俺は、こんな下らない家族ごっこから抜けさせてもらう。」 <まあ、もともと数になんか入ってなかったけどな>
何だか、清々した気分だった。
誰の愛情も、信頼も期待しなければ、これほど自由なことはない。 孤独など、尚也はもう寂しさなど感じないほど、慣れていた。 その方が気楽でいられた。 少なくとも、相手に縋り、相手の気持ちに一喜一憂し、振り回されることはない。 そんな形で手に入れた愛情に、今度は失うことを恐れ、縋らなくても生きていける。 尚也は本気でそう思った。
この時尚也は諦めたのだ。 もう誰の愛情もいらない。 誰にも信じてもらわなくていい。 誰からも必要とされなくてもいい。 何も感じることなくそう思えてしまった。
でも、こんな自分は、もう誰も愛することなど出来ないと感じ、少しだけ胸が痛んだ。
「くうーん。くうーん…。」 尚也は腕の中で甘えてくるサナの声を聞き、微笑んだ。
<あの時、俺は家族を滑稽だと笑ったけど…> そう思わなきゃ、その場に立ってもいられなかった。 誰かのために必死になっている瑞希が少しだけ家族と重なった。 頑ななまでの瑞希の気持ちに触れ、愛しいと思った。
瑞希への想いを、例え彼女を振り向かせることが出来なくても、その気持ちを貫けたなら、もっと違った目で家族を見れる日が来るかもしれない…まるで願うようにそう思っていた。
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