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 6月の、少し小雨がぱらつく日だった。
 夜の住宅街を、かなり制限スピードをオーバーしている黒い乗用車が走っていた。車は住宅街を抜け、
大きな公園沿いの道へと出て、信号機なしの横断歩道へ通りかかった。

 スピードを緩めることなく走る車のライトに、突然2人の人影と1匹の犬の姿が映し出される。

「うわぁ!!」
 運転席にいた男が、慌てて急ブレーキを踏むが間に合わない。

 ドンっ…という鈍い音がした。

 その後、慌てて車から降りた男の姿が暗闇の中せわしなく動く。…そして、数分後静かに車は走り去った。

 …夜の静寂が再び戻る。


どっぐ きゅ〜ぴっと


1章 犬と少年と少女




 6月12日(水)

「んじゃ行ってくる。」
 朝食を済ませ、少年は玄関を飛び出した。
 胸ポケットに校章のバッジを付けた半そでシャツと、紺色のネクタイ、同色のズボンをはいている。通って
いる高校の制服だ。

 青空が広がる、清々しい朝だ。でも、少年にはそんなことを感じる余裕はなかった。
<やっべー。遅刻だ!>
 少年は急いで駅への道を突っ走る。しばらくすると、前方に犬を連れた中年男性に出くわした。

「お!悟君、おはよう。今日は少し遅すぎだね。」
 少々太り気味の中年男性が笑いながら少年に声をかける。
「ワンワンワン!!」
 それと同時に男の連れていたメスのラブラドールレトリバー、『愛ちゃん』が身体中で愛情を表現し少年に
朝のご挨拶をする。愛ちゃんに思い切り愛情タックルをかまされ、少年はバランスを崩して地面に尻餅を
ついた。愛ちゃんはすかさず少年にのしかかり、顔中をベロンベロンに舐めまわす。


「やめろって!!遅刻するだろうがー!」
「こらこら、愛!悟君が困ってるだろう。やめないか。」
「きゅうんきゅうん!」
 愛ちゃんはご主人様の言葉も無視し、ひたすら少年に追い縋る。

 本日1匹目の犬とのご挨拶だ。この少年と犬とのこんなご挨拶風景は、日常茶飯事だ。

 少年の名は、笹山悟。この物語の主人公だ。
 悟は現在17歳 高校2年生。身長167cm、細身で小柄な体格だ。繊細な顔立ち、色白な肌、ちょっと
茶色っぽいさらさらした髪。そして、クッキリとした大きな澄んだ瞳がとても印象的な少年。中性的な雰囲気
がある。

<俺の前世は犬だったのかもしれない・・・>
 悟は、生まれてから17年間生きてきて何百回もそう思っていた。
 犬を飼っていない悟なのに、犬友達は数え切れないほどいる。当然飼い主さんとも顔見知りになってしまう。
彼は、犬を好きだとも嫌いだとも思っていない。犬を飼ったこともなければ、飼う気もないのだが、なぜか
とても犬に好かれてしまうのだ。街を歩けば散歩中の犬の人気者。凄い勢いで愛情タックルされ、顔中
舐められるし、ごくまれに飼い主に嫉妬され酷い目にあう場合もある。

 そんな時は<迷惑してんのは俺の方だ!>…と、心の中で叫んでた。

 でも、そんなことは些細なことだった。一番深刻な問題は…。

 悟の外見は、ちょっと儚げな雰囲気を持つ、綺麗な少年って感じで、女子から人気がある。時には男子から
もちょっかい出されるくらいだ。女の子からは何度も告白されたことがある。

 しかし!!…同じ数だけ振られているのだ。
 どの子とも長続きせず、必ず振られるのだ。

 振られる理由としては、彼の外見と中身のギャップが激しいということが原因の1つである。繊細とは
かけ離れ、ガサツで短気で大雑把。細かいことに気が回るはずもなく、おまけに超鈍感だ。
 悟の見た目で寄って来た女たちは『騙された!!!』と、文句を言う。

 だが、振られる最大の原因は…悟が犬に愛され過ぎていることなのだ。

 最初の失恋を例にあげてみよう。
 中学1年の時、付き合っていた彼女が愛犬を見せてくれると言って悟を家へと招待してくれた。初めて
彼女の部屋へ入る喜びに浸って、幸せいっぱいだった。その日、彼女以外は家に誰もいないと聞いていた
ので、<もしかしたらキスくらいできるかも!!>と、闘志を燃やしていた。犬に好かれる自信もあった。
彼女は大の犬好きで、そんな彼女の愛犬に好かれればポイントが稼げると思った。

 でも実際は・・・必要以上に好かれ過ぎた。

 彼女には目もくれずに初対面の悟に愛情の全てをぶつける愛犬。その犬を誰よりも愛していた彼女は
完全にへそを曲げてしまった。悟に嫉妬したのだ。

「笹山君なんか大嫌い!」
 と、言われ、あっさり振られた。悟への愛より、犬への愛の方が勝っていたわけで…

 悟が犬に負けた瞬間であった・・・。

 その他には…。
 デートをしている最中に、散歩中の犬が悟の許へと集まり囲まれてしまう。そして、犬たちは悟の彼女に
嫉妬するかのように、吠えまくり、威嚇しまくるので、振られることも多い。

「笹山君といると、私いつか犬に殺されちゃう!」
 泣きながら悟の許から去って行った。

「俺は犬に愛されるより、女に愛されたいんだぁ!」
 と、悟はにじり寄ってくる犬達に向かって叫んでいた。

<この世に、犬たちを乗り越えて俺を愛してくれる女はいないのか?>
 悟の切実な願いだ。

 まあ、本人の意思はともかくとして、これほど犬に愛された人間は、他にはいないだろう…。

 そんな彼が、この日、1匹の犬の幽霊に取り憑かれた。

 悟は両親と姉と小さいながらも一戸建てに住んでいる。朝の晴天はそのまま夕方まで続いた。
学校の帰り道、悟は夕焼けで赤く染まった空を眺めながらのんびり帰宅した。家のドアを開けようとしたら
背後に『何か』の気配を感じた。

 振り返り、下を向くと・・・真っ黒いフワフワの毛に包まれた、目のクリッとした雑種の中型犬が尻尾を
振っていた。

 人懐こい瞳で悟を見上げる犬1匹…。

「おいおいー。お前何処から付いてきたんだよ。」
<また犬かよ!>
 うんざりしながらため息をつき、犬の頭を撫でようと手を伸ばしたら・・・・実体に触れることなく手は犬の頭を
すり抜けた。

<げ!・・・こいつは・・・>

 …犬の幽霊だった。

2002.5.1 

連載開始!皆様、悟をよろしくお願いします♪
悟の外見と性格設定、ちと他のキャラとかぶってますかね?…へへ。