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天国と地獄
E

「嫌!離して!」
優希は手首を男に掴まれ、体を固くする。
男達の目的は優希の体だ。自分を舐めるように見つめる男達の視線を感じ、優希は身を震わせる。

「こりゃ!お嬢様から離れんかい!」
八重子が男を突き飛ばし、優希をかばいながら男達の前に立ちはだかる。


優希は、ガラの悪い、若い5人組の男に絡まれ、助けに入った八重子共々、
どんどん人気のない道へと連れて行かれた。



そして・・・どこかの資材置き場に放り込まれ、追い詰められていた。
<賢一殿は何をもたもたしとるんじゃ!>
八重子は忌々しそうに着物の胸元に入れておいた携帯電話を見つめる。
ラッキーなことに男達は、そのことに気が付いていない。



「婆さん。いい加減にしないと、痛い目にあうぞ?」
一人の男が、ガムを噛みながらヘラヘラ笑って言った。


「ほう・・・威勢のいいこと言っとるのぅ・・・。じゃがお前達、とんでもないことしでかしたのう・・・。」
怯むことなく、八重子はニヤリと不気味な笑いを浮かべる・・・・。
その得体の知れない迫力に、まるで妖怪を前にしているような感覚に陥り・・・
男達は少し躊躇する。


「ちっ!こんな婆あの言うこと真に受けんなよ!」
リーダーらしい、茶髪の男が八重子の前に立ち、胸倉を掴む。

「ばあや!」
優希は助けに入ろうとするが、他の男達に体を押さえつけられ動けない。

八重子は目を逸らすことなく、余裕の笑みを浮かべ続ける。
「おうおう。勇ましいのぅ。じゃが、こんな年寄り相手にいくら威勢が良いこと言っても
情けないだけじゃのぅ。」
「うるせぇ!減らず口叩けないようにしてやるからな!」
茶髪の男は右腕を振り上げた・・・・が、振り下ろされることはなかった。


「はい。そこまで。」
突然資材置き場に響く声。

茶髪の男の背後に、振り上げられた右腕を掴み、男が立っていた。

「な・・・。」
驚いた茶髪の男は、手を振り解き後ろを振り返る・・・そして・・・目に映る男の姿に愕然とした。


突然現れた男は、黒いワイシャツに赤いネクタイ、そして白いスーツに身を包んでいた。
サングラスをかけて、咥えタバコでだらしなく立っている・・・・・。
とんでもない格好だが・・・・・迫力があった。


元の面影をこれっぽっちも残していないこの人物が誰なのか、優希と八重子にはわかっていた。
その衣装(?)を用意した八重子は当然のことながら、優希は声を聞いた瞬間
誰なのかわかってしまった。

<賢一様・・・・>



八重子は心の中で賢一に言い渡す。
<賢一殿。お主の武器は今となってはハッタリだけじゃ。
殺し屋相手に見せた根性を見せて下されよ>


八重子の心の声を感じたようで、賢一は心の中で言い返す。

<何勝手なこと言ってんだよ!婆あ。こんなカッコさせやがって・・・>
・・・とはいえ、確かに賢一は力はないし、喧嘩もお世辞にも強いと言えない。
ハッタリかますしかないだろう。

・・・それに、若い男5人を前にしても、不思議と怖いと感じなかった。
あの日・・・殺し屋を前にした時の恐怖と比べれば今回の相手など取るに足らない奴らに思えた。


一方、絡んでいた男達は、はっきり言ってビビっていた。

<や・・・ヤクザ・・・?!>
<ま・・・まさかぁ・・・>
<いずれにせよ・・・ヤバイ奴だぜ・・・・>
ひそひそ声で耳打ちしあう。かなり動揺していた。


「お前ら、俺の女に手ぇ出して、ただで済むと思ってんのか?ええ?こら。」
賢一は出来る限り、どすの利いた声を出す。
ヤクザさんのお友達なんていないどころか、そんな世界、垣間見たこともない賢一。
<俺も、適当なことよく言うわな・・・>と、心の中で笑ってしまっていた。


八重子も笑いを堪えるので必死だった。
<ええぞ、賢一殿。・・・こりゃ可笑しいわぃ!>


優希は自分の体を拘束していた男達の手の力が抜けていることに気が付き、
咄嗟に走り出し、賢一の元へと駆け寄る。

右腕で優希を抱き止めて、怪我がないことを確認しホッとする・・・・。
賢一にしがみ付いている優希の胸元が、ちょうど上から覗いているような
感じで見えてしまい苦笑いする。
<なんつー格好してんだよ、お嬢ちゃん・・・>

軽くため息を付いた後、気を取り直して、賢一は男達に視線を向けた。
わざとらしくタバコを吹かして・・・静かな声で言った。

「・・・で?誰がこのオトシマエつけてくれんだ?あん?」

その後、先ほどの茶髪の男を見つめた。

「ひっ!」

自分に目標が定まったと感じたのか、慌てて逃げ出した。それが合図となって
他の4人も脱兎のごとく逃げて行った・・・・。

男達の気配が消えたことを確認し、賢一は肩の力を抜いた・・・・。


「ったく・・・最近のガキは・・・・。おじさん柄にもなくお説教しちゃうぞ。」
いつもの、どこかたるんだ声で呟いてサングラスを外す。

「賢一様。」
怖かったのであろう、賢一の服を握り締め、少し震えた声で名を呼ぶ優希。
賢一は優しく微笑んだ後、優希のおでこを触れる程度にぺチっと叩く。

「なんてカッコしてんだよ。お嬢ちゃん。」

その言葉に優希は少し拗ねたような顔になる。
「・・・だって・・・大人の、いい女になろうと思って・・・・。」

優希なりに一生懸命考えていた。
賢一はこんな優希が可愛くて可愛くて仕方がなかったりするのだが・・・・・。

「あのな・・・お嬢ちゃん。大人とか子供とか、いい女とか、そういうんじゃなくて・・・。」
ため息をついて、優希を見る。賢一の瞳に、少し不安げに自分を見つめる優希の顔が映る。

「そのままの・・・等身大のお嬢ちゃんが一番だと思うぜ。」

賢一の言葉に・・・優希は必死で言い返す。

「じゃあ・・・じゃあ何で賢一様は私に何もして下さらないんですか?」

ぎくん!・・・と、逃げ腰になる賢一。

「今の私に魅力がないからだと思うしかないじゃないですか!」
「だからそれは・・・。」

躊躇したものの、食い下がってくる優希をかわすことは出来ないと思い・・・・
溜めていた気持ちを吐き出した。

「俺、今34歳だぜ?しかもこんなくたびれた男。それこそお嬢ちゃんが『いい女』盛りの時
俺はオヤジだぞ。・・・・お嬢ちゃんは、もっと相応しい相手にこれから出会うはずなんだよ。」

優希はひたむきな眼差しを賢一に向けた・・・・。

「賢一様。・・・先ほど私に言った言葉、そっくりそのままお返しします。」
「え?」
「・・・私は、そのままの・・・ありのままの賢一様が好きなんです。」

優希は柔らかな微笑を浮かべる。

「年齢とか、そんなの関係なく・・・今、目の前にいる賢一様が私にとって1番なんです。」
「お嬢ちゃん・・・・。」
「だから・・・気持ちを聞かせて下さい。」

賢一は頭をかいて・・・・観念した。
「好きだよ。前と同じくらい、いや、それ以上に好きだよ。もうどうしようもないくらい。」
「賢一様・・・・。」
「ホント・・・我慢の限界だったんだ。昨日は理性も吹っ飛んだ。」
だからこそ、そんな自分から優希を守るために家を出ようとしていた。

優希はニコッと・・・天使のような微笑を浮かべ・・・・・。

「我慢なんてしないで下さい。」
「・・・・・・・。」

目を瞑って俯き、未だに躊躇している賢一。
優希は、賢一の手を取り、自分の頬に寄せる。

「私は賢一様に触れたいし、触れられたい。だから我慢なんてしないで下さい・・・・。」

この言葉は、賢一にとどめを刺した。

賢一は、優希の頬を触れていた手を、そのまま上に持っていき、優希の頭をクシャっとする。
そして、顔を上げて優希を真っ直ぐ見つめる。

「わかった。もう我慢なんて一切しないぞ。覚悟しろよ!」
「はい。」

元気に答える優希。

<本当にわかっているのかなぁ・・・>と、少々不安になる賢一であった・・・・。




「・・・ラブラブじゃの。」

すっかり八重子の存在を忘れていた2人。その声にビックリする。
いつの間にか傍に寄り、微笑ましい2人を観察していた八重子であった。

「うわぁ!婆さん!!・・・・・・・怪我はなかったか?」
「・・・・取って付けたように心配されても嬉しくもなんともないわい!」

賢一を睨みつける八重子。

「その元気なら大丈夫だな・・・。」
賢一はバツが悪そうに笑い、八重子の無事に今更だが安堵した。

「しかし・・・賢一殿。その格好、案外似合うのぅ。」
「冗談じゃない。もうこんな格好しないぞ・・・。」
ゲンナリしながら下を向いて、自分の服を眺める。





とりあえず、資材の影で賢一は着替えをし、家まではタクシーで帰った。

3人で遅い夕食を食べながら、八重子が思い出したように言った。
「そうじゃ!私は明日から2週間、茶飲み友達の源次郎さんと草津温泉に行って来るから
留守はよろしく頼んだぞ。賢一殿。」

賢一は焼き魚を運ぶ箸を止め、優希と2人きりになれるという事実に気が付くよりも先に
『源次郎』という名に首を傾げる・・・。

「誰と行くって?」
「源次郎さんじゃ。私のボーイフレンドの一人じゃよ。」
「・・・・ボーイフレンドの・・・一人って・・・。」
「他にもまだまだおるぞ。修さんじゃろ、竹男さんじゃろ、安吉さんじゃろ・・・。」
ざっと10名ほどの名前を聞かされ・・・・賢一は眩暈がした・・・。
みんな八重子に惚れているそうでモテモテなんだそうだ。

<とんでもない世界だな・・・>
そう思いながらも、八重子の積極的な人生は尊敬に値すると感じる。

「女はいくつになっても恋の狩人なんじゃよ。」
にこやかに笑う八重子。
その言葉を聞いて、賢一は隣にいる優希に目をやる。
視線を感じたのか、優希が顔を上げて賢一の方へ目を向け・・・ニコッと笑う。


未だに『2週間2人きり』という天国な状態になることを思い付かない
すっとぼけた賢一。

<ま、この2週間の間に大人しく狩られてしまいなされ、賢一殿>
八重子はお茶をすすりながら、心の中でニヤリと笑う。

2002.1.19 

この続きはまだ書いていないのですが・・・おまけとして書こうっと♪くすくす〜。
私ってホントに女の子の方が積極的なパターンが好きだなぁ〜!!