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天国と地獄
D

ブティックが良く見える、真向かいの喫茶店でお茶を飲みながら、
八重子は優希の変身した姿を想像し、待っていた。


小一時間後・・・・店から出てきた優希の姿に、さすがの八重子も細い目を全開にした。

全身黒を基調とした服に身を包んでいた。
胸元は大きく開き、短いスカート、優希の綺麗な素肌を惜しげもなく人目に晒していた。

<こりゃ驚いたわぃ・・・・・・>
優希の姿は・・・
『大人の女』には、見えないが、男の視線を釘付けにしてしまう色気があった。
ちょっと子悪魔チックな魅力を感じる少女に出来上がっていた。

<この手のタイプが好きな男には、たまらないじゃろう・・・>
ただ、優希自身、慣れない服で戸惑っているので、八重子の目にはどこか不釣合いのようにも見える。


優希が再び街へ歩き出したのを見て、八重子も急いで精算を済ませ後を追う。

その後も、デパートなどに立ち寄りながら、着々と化粧などの『女の装備』を固めて行き、
そうこうするうちにすっかり日が暮れ、辺りは夜の街になっていた・・・・。


優希は途中何度も若い男に声をかけられ、ナンパされていたが
その都度、外見からは想像できないような
丁寧な言葉と態度でお断りしていた。

優希のターゲットはたった一人。

賢一だけである。

<今夜こそ、絶対に堕としてみせます!>
そう心に決めて、携帯電話を取り出した・・・・・・・。





「おーい。川辺、1番に電話だぞー。」
同僚に言われ、パソコンから目を離し、受話器を取る。

「はい。川辺ですが・・・。」
『賢一様。お仕事中申し訳ありません。』
<お嬢ちゃん?!>
賢一は、その声に慌てた。

「どうしたんだ?」
『今夜、外で会って下さいませんか?』
「え?」
『とにかく、待ってます。』

優希は勝手に待ち合わせの場所を言って電話を切ってしまった・・・。

<・・・お嬢ちゃん?>

賢一は、相手のいない受話器を持ったまま・・・しばらくぼんやりとしていた・・・。





駅前にある、大きな広場で賢一を待つ優希。
時計台の傍でポツンと立って、ひたすら愛しい人を待ち続ける。

八重子は少し離れた所からその姿を見守っていた。
先ほど携帯電話で話していた相手は多分賢一だろうと、八重子にはお見通しだった。

一生懸命な優希を可愛く思う。
が、一方で心配もしていた。
先ほどから、優希に何度も声をかけてくる男達の集団があったからだ。

<まあ・・・人通りも多いし、そうめったなことにはならんじゃろう・・・・>
そうは思ったものの・・・・八重子は傍にあった安物の男性用のスーツが売られている店が
目に留まり、そこで素早く買い物をする。

<まあ、サイズは適当じゃが、入るじゃろう・・・>
いざとなったら、こうなる原因を作った
情けない賢一に責任を取ってもらおうと思う八重子だった・・・。




賢一は優希からの電話が気になり、急いで仕事を切り上げ待ち合わせ場所に向かっていた。

駅に着いて改札に向かって歩き出した頃、携帯電話が鳴った。

出てみると八重子からだった。


『賢一殿!!』
「なんだ。婆さんか。」
『なんだじゃないじゃろ!何をもたもたしとるんじゃ!』
八重子の声は普段じゃ考えられないほど焦ったものだった。

「何があったんだ?」
賢一にも緊張が走り、慌てて聞き返す。

『お嬢様が大変なんじゃ!・・・・あ!』

そこで八重子の声は遠のき、布が擦れるような音がした・・・。

「おい!婆さん?どうした?」

八重子からの返事はなく・・・代わりに聞こえてくる声。

『こりゃー!お前達!お嬢様に何するんじゃあ!』
『ばあや!?』
『何だ?このばーさん。痛てて!足踏みやがった!』
『面倒くさいから2人とも連れてっちゃおうぜ!!』



優希と八重子・・・それから複数の若い男の声が聞こえてくる。

<何がどうなってんだ?>
賢一は携帯電話を切らずに、とにかく待ち合わせ場所に急いだ。


待ち合わせ場所に着いた賢一。・・・・全力で入ってきたので肩で息をして、周りを見渡す。
・・・が、優希の姿も八重子の姿もない。
携帯電話からは、八重子が何かを叫んでいる声が聞こえている。

『駅前の薬屋。』
『2番目の信号・・・。』

そして、八重子の声に混じって男の声も聞こえる。

『何言ってんだ?ばーさん。黙れよ!』
『こりゃ!若造が生意気な口を利くな!!』


何処かへ道案内しているような八重子の言葉。
・・・賢一は携帯からの言葉に耳を傾けながら注意深く辺りを見回す。

と、視界に薬屋が映る。

<あっちに行けば良いのか?婆さん>

そう思い、足を踏み出そうとした時、時計台の下にあった紙袋が目に入る。

<・・・・あ・・?>

その袋には字が書かれていた。

『バカタレ賢一殿。何とかせい!』

乱れた字で書かれた八重子の言葉。

賢一は戸惑いながら紙袋の中身を見てみた。

「・・・げ!」

思わず呻いてしまった。

<・・・これを俺に着ろってのか?>

賢一はほんの一瞬唖然とし、その後<急がなきゃ!>・・・と、近くの公衆トイレへ駆け込んだ。

その間にも、携帯電話からは八重子の道案内の言葉が繰り返されていた。

2002.1.17