|
日曜日。 賢一はぶらぶらとジョルジュの散歩していた途中、目に付いた不動産屋の前で足を止める。
<引越し代も貯まったし・・・・そろそろ本格的に部屋探すか・・・> そんなことを考えながら、貼られていたアパートの物件を眺めていた。
「賢一殿。何か良からぬこと考えとるな?」
突然右下から・・・・声がした。
<こ・・・この声は・・・> 焦って見下ろすと、八重子がニヤリと笑って賢一を見上げていた・・・・。
そのまま連行されるように近くの喫茶店に連れて行かれ・・・・。 ジョルジュは入り口の脇の電柱に綱を括られて少々寂しげに座っている。
店内の一番隅の席に座る。 注文したコーヒーと昆布茶が運ばれてきた。昆布茶は当然八重子用。
「・・・俺、そろそろあの家出て行くよ・・・。」 賢一は、八重子に尋問されるまえに全面自供することにした。 <隠し通せるわけ、ないからな>
「何故じゃ?何も不自由はないじゃろうに・・・。」 八重子は、淡々と言い、昆布茶をすする。 賢一は肩をすぼめ、ため息をついた。
<不自由はないけど・・・俺にとっちゃ天国の中で生殺し状態になっているようなもんなんだよ>
「とにかく、もう決めたから。」 賢一は、今回ばかりは八重子に負けるわけにはいかないと、 かなり気合を入れた声でそう言い放った。 相手の反応を待ちながら、気持ちを落ち着かせようとコーヒーに口をつける。
八重子は目を細め・・・わざと弱弱しい声で嘆いた。 「・・・散々お嬢様を弄んで、飽きたら捨てるのかぇ・・・。」
賢一は思わずコーヒーを噴き出した。 咳き込みながら叫ぶ。
「だ・・・ケホっ!誰が、いつ、弄んだってんだ?」 「当然賢一殿じゃ。」 「バカ言うな!」 「・・・じゃあ、あのキス以来何もしていないのか?」 「当たり前だろ!」
八重子は、今度は一転して、心底呆れた顔になり、その後チっと舌打ちした。
「なんじゃ、情けないのぅ。」
賢一は、八重子の勝手な言い様に眩暈がした・・・。
<ちくしょう!こんなことで負けてたまるか!> 賢一は、気を取り直し、言い返す。 「あんたが言ったんだろ?キスまでだって!」 「そりゃ言ったさ。だがのぅ。あまり羽目を外さないようにと、ああ言っただけで、 まさか本当に何もしないとは思っていなかったんじゃ。 賢一殿は、自分のことはちゃらんぽらんじゃが、人のことには意外と真面目じゃなぁ。」
賢一は、ガックリと肩を落す・・・・。 <・・・・悪かったな!ちゃらんぽらんで・・・・>
八重子は、シワの中に隠れてしまうくらい目を細めて笑った。 「私の言葉は気にするな。好きにしたらええ。」 「あのなぁ・・・。」 賢一はイライラして、頭をかいた。
「我慢することないんじゃ。」 「あん?」
「おまえさん。やりたくて仕方ないって顔しておるぞ。」
ゴン! ・・・賢一は、突っ伏した拍子に、おでこをテーブルに激しくぶつけた・・・。 <頼む・・・誰かこの婆あを何とかしてくれ・・・・>
「まあ、冗談はさておき・・・。」 八重子は、穏やかな瞳で賢一を見つめた。 「私はのぅ・・・。賢一殿ならと見込んでお嬢様を お任せしとるんじゃ・・・。もっと自信を持って下され。」
まるで、気持ちを見透かされているようで、賢一は八重子から目を逸らした。
別に、八重子の言葉があったから優希に対し積極的になれなかったわけでなく・・・。 自分が相応しくないと思っているからこそ、先に進めずにいる。
<お嬢ちゃんは、これから先、色んな人と出会う・・・。
相応しい奴にまだ出会ってないだけなんだ。 ・・・・俺が手を出せるわけないじゃないか・・・>
人の気も知らないで・・・と、声には出さずに頭の中で呟く。
「さてと・・・そろそろ帰ろうかのぅ。」 八重子は微笑みながら席を立つ。 賢一も、無言のまま立ち上がる。
「お嬢様が賢一殿のためにケーキを焼いて待っとるぞ。」
精算を済ませ、賢一は、待ちわびたジョルジュの傍に行き、しゃがんだ。 先に歩き始めた八重子の背中を見た後、ジョルジュに目線を合わせると、嬉しそうに尻尾を振った。
<なあに?僕に何か御用?>と聞くような瞳で賢一を見つめるジョルジュ。
「お前は良いなぁ。何も考えず真っ直ぐに生きて行けて・・・・。」
ジョルジュは、『お手』を所望されていると勘違いしたらしく、悩める賢一の膝の上に
右前足をちょこんと乗せた・・・・・・。
|