戻る

正義の味方B


「父ちゃん・・・すごいね・・・」
「・・・ああ・・・」
源二と一郎・・・・目を丸くして行久を見ていた。

目を覚ました行久・・・おもむろに立ち上がり無表情のまま朝ご飯を作り出した。
冷蔵庫にはたいしたものは入っていなかったが日頃鍛えた主夫的料理(?)の
見せ所。テーブルの上には残り物で作ったわりには美味しそうな料理が並ぶ。




源二は落ち着かない様子で食卓につく。
一郎は・・・・久しぶりの温かい朝ご飯を目にし・・・嬉しいと思いながらも
複雑な心境でイスに座った。

「いただきます」
そう言って食べ始めたのは一郎だけだった。
源二と行久は何も言わずに食べ始めた。

源二は行久を見ながら・・『どこのへんが悪になったんだ?』と疑問に思う。

行久は・・・・・確かに変わってしまった。

ご飯を食べる前に『いただきます』しない行久なんて考えられない。
日頃感謝の心や挨拶を大切にする行久にとって
これは重大な変化なのだ!!
・・・・・・・・・・・が、源二にとっては、どうでもいい、気付きもしないほどの
非常に微妙な変化でしかなく・・・・・・・・。




『こいつ本当に悪い奴になったのか?』と疑問に思わざるをえなかった・・・・。












琴子は結局一睡もせず月曜の朝を迎えた。
居間で行久を待っていた。
里奈は琴子の傍らで寝ていたが時々目を覚まし泣きながら「パパは?」と聞いた。

ピンポーン!
ピンポーン!!


朝8時頃けたたましく玄関のチャイムが鳴る。

「行久?」
琴子は即座に立ち上がり玄関に走る。
勢い良くドアを開け・・・・・・・・

ガッ!!

何かがドアに当たった衝撃があった。
琴子はその『何か』を目で確認。

玄関前の地面に尻餅を付いて鼻を痛そうに押さえている若い男が目に入った。






「正義の味方管理局の猿渡と申します・・・・」
その男は見た目22〜3歳の若い男で髪の毛は長めの茶髪、スーツは着ているものの、どこか
『ちゃらちゃらした不真面目な奴』・・・と感じてしまう外見だった。
ただ、男の目は人の良さそうな優しい瞳をしていた・・・。


琴子は猿渡を居間へは通して座らせたものの心に余裕がなく、お茶も出さずに聞いた。
「・・・行久の担当の方ね?」
「はい・・・・あの・・・私のことご存知だってことは・・・」
「行久から話は聞いているもの・・・・」
「そうですか・・・」
行久は琴子に『正義の味方関係』の話は全て報告していた。
琴子がそう望んでいたからだ。だから猿渡のことも知っていた。

猿渡は恐る恐る言った。
「あの・・・川野さん・・・行久さんは・・・・・・」
「・・・・昨日の午後出かけたっきり戻らないの」
その言葉を聞き猿渡の顔色が真っ青になった。
琴子はそんな猿渡を見て・・・・不安になる。
「猿渡さん・・・貴方何しにうちへ来たんですか?」

猿渡は一瞬躊躇し・・・覚悟を決めたように口を開いた。
「すみません!!本当にすみません!!」
向かい合う形で座っていた琴子に向かって猿渡はテーブルにおでこをぶつけながら
何度も頭を下げ出した。

琴子は猿渡の様子から行久が帰らない理由と正義の味方の仕事が関わっている
ことを感じる。
「・・・訳を話して・・・」
静かに言った。
猿渡は持っていた鞄の中から金色の封筒を出した。
「・・・本来ならこの指令書・・・土曜日に行久さんの所へ届かなければならなかった
物です・・・・・」
琴子は猿渡が手にしていた金色の封筒をむしりとり封を開ける。

指令書(悪の手先48号の退治)

敵のコードネーム   悪の手先48号
出現日時        6月24日(日)  午後2時〜4時の間
敵の必殺技       姑息な攻撃
敵の弱点        お袋の味         


指令書には昨日『悪の手先』が現れることが明記してある。
それを見た琴子・・・・猿渡を睨み、聞く。
「どういうこと?」
猿渡はうつむきながら答える。
「・・・すみません・・・・・私のミスです・・・・・・」
「・・・・まさか・・・」
「投函し忘れました・・・・・・・・」
猿渡は今にも泣きそうな顔でうつむいたまま琴子の反応を待っている。
琴子は必死に怒りを押さえながら話を続ける。
「・・・行久は昨日2時過ぎ頃買い物に出かけたきり戻らない・・・・・・
指令書が来なかったからレーザーガンもマントも持っていかなかった・・・
付けていったのはバッジだけ・・・・・・」
猿渡はビクビクしながら琴子を見つめて言った。。
「・・・・・・・・たぶん・・・いえ・・・確実に・・・・行久さんは『悪の手先』の攻撃を受けて・・・・」
琴子は今すぐこの猿渡をぶん殴ってやりたい衝動を懸命に押さえた。
今は行久を救い出すことが先だ。
「猿渡さん・・・・・行久を救うには・・・どうすればいいんですか?」
「・・・・とにかく・・行久さんがもし『悪の手先』に捕まっているんだとしたら
彼の担当地区・・・・○×区△町のどこかにいるはずなんです・・・『悪の手先』にも
それぞれ担当地区がありますから・・・」
・・・捕まっているだけならばまだ救いはあるが・・・・・・琴子は最悪の想像をしてしまう。

そんな考えを振り払うように頭を横に振って勢い良く立ち上がる。
「・・・・会社に休みの電話してくるわ・・・・」
琴子は目を閉じゆっくり言った。
「絶対に救い出してみせる・・・・」
琴子を座ったまま見上げて猿渡が言った。
「あの・・・・・私・・・出来るだけのことします・・・手伝わせて下さい・・・・」
「なに当たり前のこと言ってんのよ!!」
「・・・はい」

琴子は小さくなっている猿渡に疑問をぶつけた。
「・・・正義の味方管理局って・・・・何なの?どこにあるの?あんた達はいったい
何なの?」
すると・・・
猿渡は突然琴子の足元で土下座しだした。
「何のつもりよ!!」
「すみません!!何も聞かないで下さい」
「何でよ!!」
猿渡は畳におでこをつけたまま必死に懇願する。
「本来なら私が正義の味方や貴方達外部の人間と直接会ったりするなんて言語道断
重大な規則違反なんです!!私達が会話していいのは戦闘中正義の味方バッジを通して
のみなんです!!もちろん管理局に関しての情報も一切もらしてはいけないんです!」
琴子は『なんて勝手な奴らだ!!』と心の中で罵った。あまりの怒りで言葉にはならなかった。
猿渡は体を震えさせながら言った。
「今私がここにいることがバレたら確実にクビ・・・それだけじゃすみません・・・」
琴子は『別にあんたがどうなろうと知ったこっちゃない!!』・・・と叫びたかったが今は行久を
助けるためには猿渡の力が必要だろう・・・しょうがない・・・今は何も聞かないでいてやろう・・・
そう思った。




琴子は大きなため息を付き言った。
「もういいから顔を上げてよ・・・」
猿渡は申し訳なさそうに顔を上げ立ち上がる。
「何でもやりますから・・・・」
「お願いよ・・・どんなことしても助け出さないと・・・」
「はい・・・あの・・・」
猿渡は小さな声で言った。
「ありがとうございます・・・・」
この礼の言葉は琴子があれ以上何も問いたださなかったことへのお礼だろう。
琴子は猿渡の顔を見つめながら言った。
「・・・・・・・今は何も聞かないでいてあげる・・・・・・」
そう言った瞬間琴子は猿渡の胸倉を掴み・・・・・・寒くなるような冷たい声で静かに言った。
「でも・・・行久に何かあったらあんたも『正義の味方管理局』も『悪の手先』も・・・・
絶対に許さないから・・・・・・」








「・・・ふぇ・・・・・パパ・・・・・?」
寝ていた里奈が目を覚ました。
琴子は里奈の側に行ってしゃがんだ。
「里奈・・・これからパパ探しに行くよ・・・里奈も協力してくれるよね・・・?」
里奈の頭を撫でながら優しく言った。
里奈はりりしい顔をして元気良く答えた。
「うん!!」









琴子は一人っ子で厳しい父と母に育てられた。
両親は琴子に大きな期待を寄せていて子供の頃の琴子はその期待を裏切らないように
必死だった。勉強もスポーツも・・・両親は琴子に負けることを許さなかった。
良い成績を取るのは当たり前で・・・・・怒られることがあっても誉められることは
なかった。
それでも琴子は必死で頑張って生きてきた。
でも・・・大きくなるにしたがって琴子の心の中はどうしようもない虚しさで支配された。
何のために頑張るのか・・・・何を目的に頑張るのか・・・・・自分はいったい両親にとって
何なのか・・・・・そんなことばかりを考えるようになり・・・・ある日琴子はキレた・・・。
大学生だった琴子、家を飛び出し自分の力での生活を始めた。

必死でバイトして学費も自分で何とかした。
琴子は自分のために必死で頑張った。
誰のためでもなく自分のために頑張った。

会社に入り仕事も頑張った。男なんかに負けないように必死に努力をした。
充実感や喜びがあった。・・・・・でも時折心を寂しさが襲った。

ずっと頑張って休むことなく走り続けていた琴子。



そんな時行久に会った。


「川野行久です。よろしくお願いします」
少し緊張気味に挨拶をした新入社員。
行久の笑顔を見て・・・・琴子は行久から目が離せなくなった。

ちょっと頼りないけれど行久のまわりには、いつもやわらかい穏やかな空気があった。
勝つとか負けるとか・・・そんなこととは別世界で・・・・・
行久のことを・・・・・強い人だと感じた。
限りない優しさを持った強さ。

琴子は行久に夢中になった。


初めて一晩一緒にいることが出来た日。


琴子は行久の温かさに包まれて
心の中で叫んだ。泣いた。小さかった頃・・・・琴子はいつも叫んでいた。
どんな自分でも無条件に愛して欲しかった。

ありのままの自分を受け止めて欲しかった・・・。

愛して欲しかった。

琴子は初めて自分の中にあった寂しさの正体を素直に受け入れた。
そんな自分に琴子自身驚いた。

次の日の朝
行久にプロポーズした。

もう行久なしでは走れない・・・・そう思った・・・・。




行久を失うかもしれない・・・そう考えるだけで琴子の心は恐怖で震える・・・・。


そんな『強くて勇ましい琴子さん』の心の底にある弱さ・・・脆さを支えていた行久
・・・・でも行久本人はそんな琴子の気持ちに気が付いてはいなかった・・・・・。

2001.6.10

(ちょこっと後書き)さて・・・次は行久の心の中だな・・・(汗)何だか少し真面目だな
・・・・第2章・・・・。