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正義の味方A


男の家は歩いて20分くらいの所にあった。
普通に歩けば10分程度の距離だろう。



2階建てのくたびれた感じの古いアパートだった。
「ここの二階です・・・」
男にそう言われて行久は『二階か・・・』・・と心の中でため息をつく。
男はとても重くて肩を貸してる行久もかなり疲れていた。
『でももう一息だ!』と思い直し行久は錆びついた階段を男をささえて慎重に登る。

ようやく登りきり一息つく。

「その・・・204号室です」
1番奥の部屋。表札には『佐々木』と書いてあった。

「佐々木さんって言うんですね・・・」
「はい・・佐々木源二と言います・・・あ、これカギ・・・」
行久は男からカギを受け取りドアを開けた。

部屋に入って行久は唖然とした。


・・・・・足の踏み場もないほど・・・散らかっていたからだ・・・・。

二DKの部屋・・・何処もかしこもゴミや荷物で溢れ返っていた。
台所なんて洗っていない食器の山とカップめんやお弁当の容器で
・・・とんでもないことになっている・・・。
行久はとりあえず源二を玄関に座らせて・・・・部屋の中に入る。
寝かせた方がいいだろうと思って布団を探すが・・・。


「あの・・・布団は?」
「奥の部屋の隅にたたんである・・・」
苦しそうに答える源二。


行久は奥の部屋に行き布団を発見する。
とにかく布団を敷けるスペースを無理やり作り
なんとか寝られるようにした。


布団に源二を寝かせて・・・・行久は迷った・・・。



体調の悪いこの人を置いて帰って良いものかどうか・・・。
「あの・・・本当にお医者さん呼ばなくても大丈夫ですか・・・・?」
行久が源二に問い掛けた時・・・・源二は既に寝息をたてていた。



『起こすのも悪いし・・・・・』・・・行久は音を立てないようにそっと立ちあがり
・・・・・・・懸命に部屋の掃除を始めた・・・・・。

勝手にそんなことをしても良いのかどうか迷いはしたが
見るに耐えない状態だったのだ。


片付けても片付けても終わらない・・・・・
部屋がようやく片付いた時にはすっかり日も暮れていた・・・。

一応お腹が空いた時困らないようにおかゆと、発見したいくつかの野菜で煮物も
作ったし・・・・台所で料理を終えて行久はホッとため息をつく。
もういい加減にして帰らないと・・・と思い源二に声をかけようと後ろを振り向いた。

「わっ・・!」
思わず声を出してしまった。
寝ていたはずの源二が行久のすぐ後ろに立っていたからだ。


「・・・あ、起きて大丈夫なんですか・・・?」
すごくビックリしたので声が震えてしまっている。

「おかげさまで・・・・こんなに部屋も綺麗にしてもらってありがたい・・・」
源二はへらへら笑いながら言った・・・口ではお礼を言っているが・・・・その様子に
行久は何となく不快感を感じた。

「あの・・・じゃあそろそろ帰りますね」
そう言って玄関へ向かう行久・・・・・・・その行久の後姿を見て源二が言った。


「悪いが帰すわけにはいかないんですよ・・・」
「え?」
源二の言葉を聞き行久は振り返る。


その行久の目に映ったのは
源二が右手から自分に向けて黒い光を放った瞬間の映像。



状況を理解するより先に黒い光は行久の胸を貫き消えた。











行久はその場にゆっくりと崩れ落ちた・・・・・・・。
















玄関のドアがふいに開けられた。
源二が玄関の方を見ると・・・小さな少年が入ってきた。
胸には『正義の味方バッジ』が付いている。

「父ちゃん・・・・」
少年が源二に近寄るとバッジから『敵がいるよ!』・・・という声が
繰り返えされる。少年はその声にビクッと体を固めた。
「おお・・・一郎か・・・さっきはありがとな」

源二は床に倒れている行久を見ながら言った。

「お前がこいつからそのバッジを取り上げてくれたおかげで
こんなに簡単に終わったよ」
くっくっく・・・と笑いながら話す源二を見て一郎はゾクッとした。

「父ちゃん・・・・このバッジ何なの?このおじちゃんは誰なの?・・・・・ねぇ・・」

源二は質問攻めにする一郎を睨み言った。
「お前は俺の言うことだけ聞いてりゃ良いんだ!
・・・この男は父ちゃんの敵だ!!それだけ知ってりゃいい・・・」
源二は行久を乱暴に抱き上げ奥の部屋に足を運ぶ。

畳に行久をどさっと降ろした。

行久の顔を見ながら源二は笑いを堪えた声で言った。
「さて・・・どうして欲しい?正義の味方さん・・・?」

源二は捕らえた「正義の味方」の利用方法を嬉しそうに考えだした。


一郎は源二の様子が恐ろしくてそれ以上何も聞けなかった・・・。



一郎の頭に・・・バッジを貸してくれた時の行久の笑顔が浮かぶ・・・。

あんな優しい笑顔で自分に話し掛けてくれた・・・・・・・一郎はそんな笑顔を
自分に向けてもらうのは久しぶりだった・・・・。



涙で潤んだ瞳。一郎はぼやけた視界で綺麗になった部屋を見渡し
食卓に用意してあった料理に目が止まる。

懐かしい感覚が一郎を襲い・・・・胸が痛くて泣いた。

「母ちゃん・・・・みんな母ちゃんのせいだ・・・・!!」












「もう8時過ぎか・・・」
時計を見てつぶやく・・・。
琴子は居間でじっと行久の帰りを待っていた。


『ちょっと買い物に行ってきます』・・・そう言って出かけたまま戻らない行久。
行久は何かあって予定より帰りが遅くなる時などは必ず連絡をくれる。
琴子はだんだん不安になってきた・・・。
行久に何かあったんだろうか・・・・悪い想像ばかりが頭に浮かぶようになってきた。
連絡できない状態・・・・事故?

「ママぁ・・・・」

いきなり声をかけられ琴子はドキッとする。
里奈がウサギのぬいぐるみを抱えて琴子の元へ歩いてくる。

「パパは・・・?」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ今にも泣きそうな声で言う。



琴子は里奈を見つめ・・・・・微笑んだ。
「大丈夫!もうすぐ帰ってくるわよ・・・里奈お腹空いたよね・・・・先に少しだけ
食べよっか・・・」
そう言って台所へ向かおうとする琴子に里奈は
「パパがかえるまでまってる・・・」・・・と言った。

・・・・琴子は里奈の頭を撫でた。
「そうね。待っていようね・・・・」











結局その日行久は戻らなかった。














窓から差し込む朝日が行久の顔に当たった。

畳の上に寝かされていた行久はゆっくりと目を開ける。




「良く寝れましたか?正義の味方さん?」

側で朝っぱらから酒を飲んでいた源二が話し掛ける。
行久はぼんやり源二を見つめ体を起こす。

そんな行久を楽しそうに見ながら源二は言った。
「これからは正義のためじゃなく悪のために働いてもらいますよ」



行久は源二の言葉に無表情のまま答えた。

「はい」



いまここにいる行久は
琴子と里奈が大好きなちょっと頼りないけれど優しくて温かい心を奪われた
・・・・彼の抜け殻だった。
2001.6.6

(ちょこっと後書き)
・・・・・大丈夫大丈夫!・・・暗くならない!はっはっは!!・・・・・・う〜ん(汗)