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正義の味方D

紀子が手を上げ、『悪の光線』を撃とうとしたその時

『いやぁ〜お待たせしてすみません〜○×区担当の者ですが〜』
間の抜けた男性の声。
今までバッジから鳴っていた保留音が止まり『正義の味方管理局』の担当者が話し出した。
その声でビックリしたのか、紀子の放った『悪の光線』の軌道がずれて
行久の体をわずかに外れた。

『川野さ〜ん。どうしたんですか?もう初仕事終わったんですか〜?』

目を瞑っていた行久、そっと目を開け、まだ自分が無事なことを知る。
でも目の前の紀子は既に次の攻撃の準備を始めている・・・・・。

行久は紀子を見つめながら言う。
「・・・いえ・・・・たぶん・・・俺の方が負けます・・・・・」
行久の言葉を聞きバッジの向こうの担当者は少し焦った声を出す。
『はぁ?どういうことですか?何で負けちゃうんですか?』

行久はゆっくりと・・・何もかも諦めたように話す。
「だって・・・・悪の手先って・・・近所の奥さんだったんですよ・・・?娘の友達の奥さんを
・・・・撃つことなんて出来ないですよ・・・・・・いや、誰であろうと撃つことなんて出来ない」
『何でですか?』

担当者の言葉に少し口調を強くし言い返す。
「人を傷付けるなんて絶対に嫌です!!!」

少しの沈黙の後担当者は意外なことを言う。
『・・・・川野さん、ちゃんと『正義の味方マニュアル』読みました?』

行久は一瞬何を言われているのかわからず戸惑う。
『正義の味方マニュアル・・・?』
そんな物・・・知らない。
「・・・何ですか?そのマニュアルって・・・・・」
行久は当然のことながらその疑問を担当者に言う。
『え?正義の味方セットの中に入ってませんでした?』
「引き継ぎ書と取り扱い説明書しか入ってませんでしたよ・・・?」

担当者はしばらく『あれぇ〜・・・変だなぁ・・・』と考え込むような声を出し
気を取り直したかのように話し出す。
『・・・たぶん前任者が入れ忘れたんだな・・・・しょうがないなぁ・・・・・・ったくあの爺さん!!
俺には散々近頃の若い者は仕事に対する気構えがなってないとか説教ばっかしてたくせに
自分だって大雑把じゃないか!!・・・・・・・川野さん!私の言うことを良く聞いて下さい』
「はい・・」
『正義のレーザーガンで撃たれても相手は傷つきませんよ!!』

行久は言われていることがよくわからずバッジを見て首をかしげる。

『今、その近所の奥様は『悪の手先37号』に体を乗っ取られた状態なんです。
レーザーガンから発射される『正義の光線』は乗っ取られた人間の体から
『悪の手先』を追い出し敵だけ消滅させるんです』

行久は目を丸くし確認をする。

「じゃあ・・・レーザーガンで撃っても・・・・宮本さんは・・・・傷つかないんですね・・・・」

担当者ははっきりと答える。
『ええ。逆に・・・撃たなければその奥さん、元に戻れません』


行久は紀子を見つめ決心する。

紀子の指先には既に黒い光の塊が出来ていていつでも『悪の光線』を撃てる
状態になっていた。


行久はゆっくりとレーザーガンを構え・・・紀子・・・いや『悪の手先37号』を狙う・・・・。

『宮本さん!!ごめんなさい!!』
行久は心の中で紀子に謝って引き金を引く指に力を込める。



紀子が『悪の光線』を撃つより一瞬早く
行久の撃った『正義の光線』が紀子の胸を貫いた。





「ぎゃああああああぁ」


紀子は女性の物とは思えない叫び声をあげた!!そして口から
モワモワと黒い煙のような物が出てきて消えた・・・・・・・・・・。



紀子は目を虚ろにし力なく座り込んだ・・・・・。


行久もレーザーガンを構えたまましばらく動けなかった・・・・・・・。


『おお!川野さん!初仕事無事終わったみたいですね!悪の手先37号の消滅確認が
こちらでも取れました。お疲れ様でした〜!!あ、『正義の味方マニュアル』すぐに
郵送しますから!!あと、私の名前は猿渡って言います!よろしくお願いしますね!!
じゃ〜失礼します!!』
○×区担当の猿渡・・・言いたい事だけ言ってさっさと電波を切ったようだ・・・・。








行久は自分の手からやっとの思いでレーザーガンを放し・・・レーザーガンは床に落ちた。


紀子は床に座り込んだままうつむいている。

行久は恐る恐る紀子に声をかける・・・。

「宮本さん・・・・・」

紀子はのろのろと行久の顔を見る・・・・・。そして・・・涙を落とした。

行久は紀子の涙を見てどうして良いのかわからず立ち尽くす。
『悪の手先37号』に乗っ取られていた間の記憶・・・もし紀子になかったら
色々この状況を説明しなければならないのに・・・・そう考えながらも行久は
何も言えずにいた。


紀子が震える小さな声で話し出す。
「川野さん・・・・ごめんなさい・・・・・」
「宮本さん・・・・」
紀子は泣きながら話を続ける・・・。
「最近・・・時々何か得体の知れない異物感に心が支配されることがあって・・・
そんな時いつも暗い感情が湧きあがってきて・・・・・・・・」
紀子は・・そう言った後クスッと笑ってまるで自分で自分を軽蔑するように言った。

「違うわ・・・逆ね・・・・私が琴子さんに対して嫉妬や憎悪を感じた時に決まって
誰か別の存在に心を支配されたのよ・・・・まさかそれが『悪の手先』だったなんて・・・」

行久はこの言葉で紀子が乗っ取られていた間の記憶もちゃんと持っているんだとわかった。

「宮本さん・・・・何で琴子さ・・・妻に対してそんな感情を持ったんですか・・・・?」

紀子は目を閉じ一気に言葉を吐き出した。
「羨ましかったのよ!どうしようもなく羨ましかったのよ!!・・・琴子さんは何もかも持ってって・・・
・・・・・川野さんに・・・大事にされて・・・・・」
行久は紀子の言葉をただ黙って聞いていた。

「私の夫・・・最近私の顔なんて見ない・・・会話も全然ないわ・・・仕事が忙しいのはわかるし
疲れているのもわかる・・・・でも私だって疲れているし・・・・・・・・・・寂しいのよ・・・・」
紀子の瞳から涙の粒が幾つも落ちる。


『寂しいのよ・・・・・・・』


『悪の手先』は人間の最も脆い・・・弱い部分を狙って体を乗っ取る・・・・。
そのことを行久は後日『正義の味方マニュアル』が届いた後知ることとなる・・・・が、
今は紀子の言葉を聞き・・・・いつも明るく振舞っていた紀子にこんな一面があったことに
戸惑っていた。


「だから・・・川野さん・・・貴方を琴子さんから奪って・・・悲しませてやりたかった・・・
こんなこと考えるなんて・・・・最低ですよね・・・・私・・・・」
心の中で想像していただけの行為・・・それが『悪の手先』によって現実の物と
なってしまった・・・・恥ずかしさに震える紀子に行久は優しく問い掛ける。


「宮本さん・・・・ご主人を愛していますか・・・?」
その言葉に紀子はハッとしたように顔を上げ行久を見る。

そして再び大粒の涙を落としながら・・・
何度も何度も頷いた・・・。




「ごめんなさい・・・気持ちを伝える相手が違うわよね・・・・」
紀子はそう言ってぎこちなく微笑んだ・・・・。



手をつないで帰っていく宮本親子を見送り行久はため息を付いた。








夫婦の会話・・・。
行久は夕食のビーフシチューをコトコト煮込みながら考え込んでいた・・・。



行久は結婚してから・・・いや、それ以前から、ずっと・・・・ある想いを抱え込んでいた。






電話が鳴り受話器を取る。
「行久?私だけど」
「あ、琴子さん。どうしたんですか?また残業ですか?」
「そうなのよ〜!10時頃になると思う。夕食先に食べちゃっていいわよ。
でも私の分もとっといてよ!!食べるから!!じゃね〜!」
言いたい事だけ言って電話を切る琴子。
行久はそっと受話器を置いた。

心の中でつぶやく・・・。
「琴子さんは・・・・・幸せなんだろうか・・・・」
2001.6.4