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正義の味方C

「・・・み・・宮本・・・さん?」
行久は紀子の異様な雰囲気に飲まれ動けなくなった・・・。
紀子はゆっくりと行久に近づき・・・その時行久の側にあった
さっき出していた『正義の味方セット』の入った風呂敷包みの中から

『敵がいるぞ!敵がいるぞっ!』・・・という
声がした・・・。



「・・・・・敵・・・?・・・・・敵!!」
行久は急いで風呂敷を開ける。
中で正義の味方バッジは敵を知らせる言葉を言い続けている。

「・・・半径1メートル・・・」
座ったまま・・・手にしたバッジを見つめる。
そう・・・紀子は今バッジの半径1メートル以内にいる・・・。
「まさか・・・『悪の手先37号』・・・・・って・・・宮本さん・・・・?」


行久は恐る恐る紀子の方へ顔を向ける・・・・既に紀子は行久のすぐ横に
立っていて・・・不気味な微笑を浮かべていた。

行久は反射的にその場を飛びのいた。
その時、正義のマントと正義のレーザーガンを手に持ち部屋の隅へと
後じさり・・・紀子の様子を見つめる・・。


自分は・・・・本当に正義の味方になってしまったんだ・・・・・
信じられないことではあるが行久は自覚せざるをえなかった・・・。




『どうすればいい?・・まさか宮本さんが悪の手先だなんて・・・』
行久は困惑した・・・。正義の味方としての初仕事であろうこの敵の退治・・・
まさか敵が近所の奥さんだったなんて・・・。
悪の手先を打ち抜くレーザーガン・・・・でも行久にはとてもじゃないが
紀子に向けて撃つことなど出来なかった。

「川野さん・・・そこを動かないで下さいね・・・・すぐに私の仲間にしてあげますから・・・」
紀子はそう言いながら右手を指差すように行久へ向ける。
するとその指先から黒い光が現れ・・・紀子が鉄砲を撃つように手を動かすと
その瞬間、黒い光は光のすじとなり行久に放たれた。

行久は間一髪でその光を避けたが、バランスを崩し床に倒れた。

今のが敵の攻撃・・・『悪の光線』・・?
行久は先ほど読んだ説明書を思い返す。

そうだ・・・戦闘中『正義の味方管理局』との交信が可能なんだ・・・!!
行久はそのことを思い出し手に持っていたバッジへ向かって必死に呼びかける!!

「すみません!!川野です!!誰か・・・」
少し後にバッジから女性の声が聞こえてきた。
『いつもお世話になっております。正義の味方管理局でございます』
「あの・・・あの川野ですが・・」
『どちらの川野様でいらっしゃいますか?』
「○×区△町の川野です!!」
バッジの向こうからキーボードを叩くような音が聞こえる。
『・・・ああ。本日初仕事のある○×区△町担当の川野様でいらっしゃいますね?』
「そう!そうです!!あの・・・聞きたいことが・・・・」

行久がこんなに慌てているのに相手の女性はとても事務的な話し方で
行久の言葉を遮る。
『今担当の者に代わりますのでそのまましばらくお待ち下さい』
そして無情に鳴り響く保留の音楽。
行久は泣きたくなった。


そうしている間に紀子はじりじりと行久に近づいてくる。
行久は立ち上がりバッジを胸に付け、正義のマントを肩にはおり
とりあえずレーザーガンを紀子へ向ける。
レーザーガン・・・・行久はレーザーガンに電池が入っていないことを思い出した。
「で・・・電池・・・単三電池・・・・」
運良く自分の背後に戸棚があり、いつもその中に買い置きした切手やらハガキ
電池なども入れていた。

「た・・・たしか買い置きがあったはず・・・」
行久は祈るような気持ちで引出しを開け中を捜す。

「あった!!」
単三電池がちょうど2本見つかった。行久はホッとし急いでレーザーガンに電池をセットする。
その時紀子は既に行久の目の前に来ていた。
行久はレーザーガンを構え紀子を睨みながら言った。
「こ・・これ以上近づかないで下さい・・・・・撃ちますよ・・・・・」

紀子は「ふふふ・・・」と笑いながら言う。
「貴方に私が撃てるかしら・・・?」

レーザーガンを構えてはいるが・・・・・・行久にはわかっていた。
多分・・・いや絶対自分には撃てない・・・・。撃てるはずがない・・・。
そのことは行久自身が1番よくわかっていた。













行久は小さな声で言った。
「・・・・子供達には・・・・何もしないって誓ってくれますか・・・・?」

紀子はクスッと笑って言った。
「貴方が大人しくしてくれるなら・・・約束しますよ」


行久は小さなため息をつき・・・・・ゆっくりとレーザーガンを下ろした。


行久は子供の頃から・・・誰かが傷つくことにとても恐怖を感じた。
自分の周りの人達が傷つくのを見るくらいなら自分が傷ついた方がはるかに
心が楽だ・・・・そう考える子供だった。
それは今でも少しも変わっていない。

『悪の光線』・・・これに撃たれたら自分はどうなってしまうのだろう・・・
死んでしまうのかな・・・・・行久はそんなことを考えうつむく。

「川野さん・・・本当に貴方は優しい方ね・・・大丈夫・・すぐに楽になって何もわからなく
なりますから。・・・・その後は私が大切にしてさしあげます・・・」

紀子は微笑みながら言い、さっきと同じように右手を上げ指を指す。
行久はぼんやりとその指先を見つめる。
黒い光が徐々に大きくなっていく。


『琴子さん・・・・里奈・・・・ごめん・・・・』
2人の顔が目に浮かぶ。

行久は覚悟を決め・・・・・ゆっくりと目を閉じた。
2001.6.3