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正義の味方(終)





正義のレーザーガンを握り締め行久は再びホテル向かうためタクシーに乗っていた。



行久の心にはもう何の迷いもなかった。
悪の手先に抵抗し、行久の元へ届けられた琴子の想い。


『私を撃って』


「・・・琴子さん。待ってて・・・もう少しで自由になれる・・・・」

自由になる・・・・・それは悪の手先からではなくて、琴子自身からだ。

琴子が自分自身を縛り付けていた心の鎖・・・・・・断ち切って欲しいと行久は願う。

今まで出会った悪の手先に取り憑かれた人達の心。

寂しさや孤独、苛立ちや疲労を抱えていた。
心の中で痛くて辛いと叫んでいた。

みんな・・・誰よりも自分自身を責めていたのかもしれない・・・。






「・・・俺も断ち切らなきゃ・・・・」
行久は小さな声で呟いた。




ホテルに到着し琴子の所に向かおうとしている行久に
ロビーで声をかける人物がいた。

「川野さん」
振り返ると後ろに笹岡の姿が見えた。

行久は立ち止まりゆっくり近づいて来るその姿を見つめていた。

「こんにちは」
笹岡は相変わらず堂々とした態度で笑いながら言った。

行久はさして驚いた様子も見せずに聞いた。
「どうしてここに?」
「琴子に呼ばれたんでね。会社に電話があったんだ」
「そうですか」
微笑みながら言う。
以前と違い一見余裕のありそうな行久の態度に笹岡は「おや?」と思った。

実際の所行久にあったのは余裕なんかじゃない。






行久にあったのは琴子への想いだけだった。



エレベーターを待ちながら行久は笹岡に『正義の味方』と『悪の手先』についての話をした。
これから自分のすることを邪魔されたくなかったからだ。
笹岡は呆れた顔で聞いていた。
全てを聞き終わり
「・・・で?今の琴子は悪の手先に乗っ取られているって言うのか?
そんな子供が見るテレビ番組みたいな話信じられると思うのか?」
と馬鹿にするように言った。

そんな笹岡の言葉と呆れた視線を感じ行久はクスッと笑った。
確かに信じろと言っても無理な話だよな・・・・と思っていた。
「別に信じて下さらなくても結構です。ただ俺の邪魔はしないで下さい」
穏やかに・・・でもハッキリと言い切った。

笹岡は肩をすぼめ、ふんっと小さなため息をついた。
「約束は出来ないね。場合によっては邪魔させてもらうよ」
電話をかけてきた琴子の様子は変だった。
「私をどこかへ連れて行って」・・・・そう言った琴子の声は震えて脅えていた。
もし琴子が自分を必要としてくれているならどんなことをしても願いを叶えてやるつもりだった。



「邪魔なんかさせない」
行久は笹岡の目を見つめて言った。

その時エレベーターが到着して乗り込んだ。
行き先ボタンを押す行久。その様子を見ながら笹岡は考えていた。
手にはおもちゃのような『正義のレーザーガン』とやらを握っている。
『正義の味方』か・・・・・とても信じられない話だがウソを言っているようにも見えなかった。
再会した時の幸せそうな琴子も2回目に会った自分を奪ってみろと言った琴子も
電話をしてきた脅えた琴子も・・・・昔の笹岡が知っている琴子ではなかった。
・・・・とにかく琴子に会ってから自分の行動を決めようと・・・・そう思った。



部屋の前に立ち行久はチャイムを鳴らした。
しばらく間があり・・・カチャリと音がしてドアのロックが外された。


少しだけドアが開き悪の手先91号が不安そうに顔を出す。
・・・・・・・その目に行久と笹岡の姿が同時に映りドアを閉めようとした。
行久はドアのノブを掴み叫んだ。

「閉めないで下さい!中に入れて下さい!」

力を入れなくてもドアは簡単に開いた。
部屋の中に入った行久と笹岡の目に映ったのは床に座り込み
胸を押さえて苦痛に耐えている悪の手先91号の姿だった。

琴子と悪の手先91号はずっと戦っていたのだ。

行久の手に持たれた正義のレーザーガンを見て心の中で琴子はホッとし
悪の手先91号は悲鳴を上げた。


そんな琴子の姿を見て笹岡は「具合でも悪いのか?」と言って駆け寄ろうとしたが
行久に止められた。
行久は静かに言った。
「琴子さん・・・それと悪の手先91号・・・君も聞いて下さい」

行久はゆっくりと悪の手先91号の側へ行き・・・しゃがんだ。
「俺の話を聞いて下さい」
行久の言葉に悪の手先91号は涙ぐみながら反抗した。
「嫌よ!どうせ正義のレーザーガンで撃つつもりでしょう?」
「・・・・撃ちます」
行久は素直に答えた。
「やっぱり!」
「でも君が良いと言うまで撃ちません。約束します・・・」
行久の言葉に悪の手先91号は目を見開いた。
「・・・・・・本当に?」
「はい」
行久はゆっくりと悪の手先91号の手を取って、その手に正義のレーザーガンを握らせた。
悪の手先91号は行久の意外な行動に首をかしげ、苦笑いしながら言った。
「いいの?こんなことして・・・私はあなたの敵よ?」

悪の手先91号がそう言った瞬間・・・また胸の痛みが襲った。
琴子が行久を守るために抗っているのだ。

その様子に気がついた行久は琴子に優しく語りかけた。
「琴子さん・・・大丈夫だから・・・お願いです。悪の手先91号も琴子さんも俺の話が終わるまで
戦わずに聞いて下さい」
行久は悪の手先91号の、レーザーガンを握らせた手とは逆の手を握り
自分の胸にあてさせた。

「・・・『悪の光線』で撃ちたければ撃てばいい。君がそうしたいならそうすればいい・・・だから最後まで
話を聞いて下さい」


悪の手先91号の胸の痛みがウソのように引いていった。
琴子が行久の言葉に従ったのだ。行久を信じたのだ。

悪の手先91号は行久の顔を見つめた。

優しい眼差しは琴子と・・・そして悪の手先である自分にも向けられていた・・・。
その温かさは・・・・悪の手先91号にとって自分の存在を危うくするものであり・・・
気持ちの良い・・欲しくてたまらなかったものでもあった。


笹岡は2人の様子を部屋の隅で見つめていた。
琴子の表情がさっきまでの苦しみから解放されていた。
もうしばらく様子を見ていよう・・・と思っていた。



行久はゆっくりと目を閉じて・・・話を始めた。

「俺は琴子さんが想っているような人間じゃない。優しい人間なんかじゃないんです。
昔から自分が傷つくのが嫌で人の気持ちと向き合おうとせず逃げ出してばかりだった。
ずっとそうだった。そして好きな人達を傷付けた・・・・・・・。
俺は優しくなんかない!弱くて卑怯な人間だ!
・・・・・・『優しい』と言われる度心が痛かった。そんな言葉を言ってもらえるような人間じゃないことを
自分が1番よく知っていたから・・・。
・・・・・そんな生き方をしてきた俺を琴子さんは好きだと言ってくれた。
初めて会った時から憧れていた。いつも堂々としていて自分に自信を持っていて輝いていた。
手に届かない遠い存在だった。・・・・好きだと気付いてしまうと辛いから・・・・その気持ちからも逃げていた。
・・・・その人が俺のことを必要だと言ってくれた。・・・・・・どんなに嬉しかったかわかりますか?
結婚してからも毎日幸せだった。・・・・でも時々思ったんです。結局俺は自分では何もしていない。
自分では何もせずに琴子さんから幸せをもらってばかりだった。そんな俺が琴子さんを幸せに出来るのかって
いつも考えていた」

ここで・・・今まで黙って聞いていた笹岡が口を挟んだ。
「情けない奴だな。俺は好きな女を絶対守ってやるし幸せにしてやる自信もある」

行久は笹岡を見て微笑んだ。
「あなたなら実行できるでしょうね・・・・・・でも俺はあなたじゃない」

・・・俺は俺でしかない・・・。
行久は琴子を見つめて静かに言った。
「琴子さん。俺も琴子さんに幸せでいて欲しいと思ってる。でも俺には琴子さんと一緒に歩いて行くことしか
出来ない。・・・そんな俺でも琴子さんが転んだら助け起こしてあげることは出来る。琴子さんが歩き疲れたら
肩を貸すことも出来るし背中を押してあげることも出来る。寂しい時にはいつでも側にいる。
・・・最後まで琴子さんと歩いて行きたい・・・・そんな愛し方しか俺には出来ない・・・・。
情けないって言われても・・・そんな愛し方しか選べない・・・・」

行久は手を握り締めて言った。
「それでも琴子さんが幸せだと言ってくれるなら・・・・俺に出来ること何だってする。
琴子さんが笑ってくれるなら・・・・・その幸せを守ってみせる・・・」


黙って聞いていた悪の手先91号が行久の顔を見つめる。
行久は微笑みながら言った。
「悪の手先91号・・・俺は君に会えて良かったと思っている」
「よ・・・かった?」
「君は琴子さんの心を映してくれた。琴子さんの声を俺に届けてくれた・・・。君がいなければ俺は
琴子さんの心の声に気がつかないままだった・・・・」


行久の言葉を聞くたびに
悪の手先91号の存在する力がどんどん希薄になりつつあった。
悪の手先91号は心が満たされていく度に自分が消えていくのを自覚していた。
それでも泣きたくなる程気持ちが良くて・・・・・・・。

行久は悪の手先91号をそっと抱きしめた。
「君も琴子さんの心の一部なんだ・・・・・・・だから・・・会えて良かった・・・」





悪の手先91号の瞳に涙が溢れた。
・・・もういいや・・・・と心の中で呟いた・・・。

「俺の話はこれで終わりです。後は君次第・・・・・」
「・・・・って・・・・」
悪の手先91号が消えてしまいそうな小さな声で言った。

その瞳から涙を落とした。





「・・・私を・・・撃って・・・・・」



もう私には琴子の中で存在する力が残されていない・・・。
でも・・・とて気持ちが良くて・・・・・温かくて・・・・・・・。
このまま・・・幸せなまま・・・琴子の体から断ち切って欲しかった・・・・・・。
望むものなど何もなくなっていた・・・・・。



行久は力が入らなくなった悪の手先91号の手から正義のレーザーガンを受け取った。






静かに立ち上がり数歩後ろへ下がった。






正義のレーザーガンを握った右手をゆっくりと上げて・・・悪の手先91号の胸を狙った。




動かずに座っている悪の手先91号が行久を見上げてその姿を瞳に映す。









行久は瞳を涙で潤ませて・・・・・微笑んだ。





「大好きです。琴子さん」










優しさも

愛しさも

寂しさも

悲しさも

怒りも

嫉妬も、妬みも、憎しみもみんな。


一人ではない証拠だから・・・・・・。



行久はゆっくりと引き金を引いた。



最後に悪の手先91号が微笑んだような気がした・・・・。












『正義の光線』が悪の手先91号の胸を貫いた瞬間
琴子は心を解放されて自分の体に戻っていくのを感じながらゆっくりと目を開けた。

「ゆ・・・きひさ・・・」
琴子は自分が行久に抱きしめられていることに気がつき・・・その温かさを感じた。

「琴子さん・・・」
琴子を呼ぶ・・・小さな声は震えていた。
琴子も行久を抱きしめた。
涙が頬を伝うのを感じながら行久を抱きしめた。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」



行久は腕の力を緩め琴子の肩に手をかけて・・・優しく体を離した。

向かい合って見つめ合う。

「何で謝るんですか?」
行久は半泣き状態で笑いながら言った。
琴子の顔も涙でぐちゃぐちゃだった。
「行久・・・私はあなたが思っているように強い人間じゃないの。
自信なんてなかった・・・。行久のことを信じてなかったわけじゃない・・・自分に自信がなかったから・・・
だから気持ちを確かめるようなことをして・・・・・最低よ・・・・・ホント・・・最低」

行久はゆっくりと首を横に振った。
「琴子さんはやっぱり強い。俺のことを最後まで守ってくれた・・・・悪の手先と戦ってくれた
・・・・ありがとうございます・・・」
行久は琴子の目を見つめて言った。
「・・・琴子さん・・・俺は琴子さんのことが好きです」
「行久・・・」
「琴子さんの気持ちを教えて下さい・・・・」

そう言って少しだけ不安そうに自分を見つめている行久の顔を少しの間見つめて・・・・
琴子は微笑んだ。
「そんなの・・・・・大好きに決まってるじゃない」

その言葉を聞いて心底ホッとしたように肩の力を抜いた行久に琴子は触れるだけのキスをした。

「本当に・・・好きで好きでどうしていいかわかんないくらいよ・・・・行久」




笹岡は2人の様子を呆れたように見ていた。
呆れたように・・・・とはちょっと負け惜しみかな・・・・結構羨ましかった。
琴子の涙も琴子の弱音も初めて知った。
琴子の強さの影にこんなにも壊れやすくて無防備な心が潜んでたなんて・・・初めて知った。
それはとても魅力的で・・・・。
でもその心は行久にだけ向けられたもので・・・・笹岡には決して向けられることのないものだ。
『要するに・・・俺は今回琴子に利用されただけなんだな』
笹岡は心の中でため息をついた。
それとも俺を利用したのは『悪の手先』とやらか?・・・笹岡はクスッと笑った。
『正義の味方の話』なんか信じちゃいないが・・・・・。
琴子の豹変振りやさっき行久が撃ったレーザーガン
の『正義の光線』を直に見てしまうと笹岡も少しは信じてみようという気になってくる。

・・・それにしても・・・・いい加減バカらしいな。
この・・・2人の世界を作っちゃってる夫婦の側で突っ立ってる俺はハッキリ言って間抜けだ。
「琴子。俺、帰るよ」
一応一声かけてドアへ向かう。
「竜雄!」
琴子は立ち上がり笹岡の背中に向かって声をかけた。

「ごめんね・・・私」
笹岡は顔だけ振り向き琴子の顔を見た。

「今回はさんざん利用されちゃったな。でも俺はそんなお前も気に入ったよ。それから・・・坊や!」
ニヤっと笑って・・・今度は行久に声をかけた。

「坊や・・・って・・・俺はこれでも31ですよ・・・」
行久も立ち上がり笹岡に不服そうな顔をして抗議した。
そんなことにはお構いなしで笹岡は楽しそうに言った。
「ぼんやりしてたらまた琴子にちょっかい出してやるからな!しっかりしろよ!」

行久は・・・苦笑いしながら言った。
「受けて立ちますよ。いつでも」


笹岡は微笑んで2人に背を向けた。。




ちょうどその時・・・・・・行久は自分を呼ぶ声がしたような気がした。




その声はあまりにも遠く・・・・・・・・。





耳を澄ませた瞬間・・・・・・意識が暗い闇に引きずり込まれるように遠のいていくのを感じた。

「行久?」
隣にいた琴子が様子のおかしい行久に気がつき声をかけた。
笹岡も振り返り行久を見つめた。

行久の体がグラっと揺れた・・・・・・。

行久はその場に倒れそうになったのを駆け寄って来た笹岡に支えられた。

「・・・・・気を失ってる・・・・」
行久を抱えていた笹岡が顔を覗き込んで言った。





「・・・・のさん・・・」

遠くで自分を呼ぶ声がする・・・。
行久はゆっくりと目を開けた。


そこは・・・・真っ暗な闇の世界だった。
闇の世界に立ち尽くしている自分に気がつき、状況を理解できず驚いている行久の前に男が立っていた。


「川野さん」
「・・・・猿渡さん・・・」

目の前でニッコリと微笑む男。
『正義の味方管理局』の猿渡だった。

猿渡は優しげな笑みを行久に向けながら穏やかな声で言った。

「川野さん。最後の指令を伝えに来ました・・・・」
「最後の・・・・?」
猿渡はコクリと頷いた。

「あなたの『悪の手先』との戦いは91号を退治した時点で終了しました」
「え?」
「・・・『正義の味方』としての最後の使命を伝えます」

行久はこの突然の話に、付いていけずにいた。

猿渡はそんな行久に最後の指令を伝える。

「次に『正義の味方』になるべき人を見つけて下さい。それがあなたの最後の仕事です」
「・・・正義の味方になるべき人を見つける・・・・?」
猿渡は頷いた。
「正義の味方を引き継ぐべき人は・・・川野さん、あなたにしか見つけられません。
その人に出会えるのは明日かもしれないし半年後かもしれない・・・あるいはもっと時間がかかるかも
しれない。でも必ず見つけられるはずです。あなたの前任者があなたを見つけたように
あなたも必ず見つけ出して下さい・・・・」

前任者・・・・行久は自分に風呂敷包みを渡した老人のことを思い出していた。

「見つけ出して・・・『正義の味方セット』を渡すんですか?」
「そうです」
「それで俺の『正義の味方』としての仕事は終わるんですか?」
「そうです」




行久は猿渡を見つめて言った。
「『正義の味方』っていったい何なんですか?とても世界の平和を守っているようには
思えなかった・・・」

行久はずっと疑問に思ってきた。確かに担当は○×区△町という狭い範囲だったが
正義の味方としての仕事は世界平和のためのものだったはずだ。でも行久は自分が『正義の味方』
としてやってきたことを思い返しても・・・どうしても世界平和という大きな話に結びつかなかった。

猿渡は行久の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「今、人間はみんな無意識に危機を感じている。心の底で不安を抱えている。自分たちがどこへ
行こうとしているのか、人類はどこまで進んでいけるのか・・・・そんな不安を抱えた人間の心が
生み出したのが『正義の味方管理局』と『悪の手先』なんです」

行久は目を見開いた。
「じゃあ・・・正義の味方管理局も悪の手先も元は同じ・・・・?」
「そうです。2つの存在は対極であるように見えて実は同じ所から生まれた隣り合わせの
近い存在なんです。・・・・・・・・これは人間自身が選んだ生き残るための最後のチャンスなんです」
「最後の・・・・チャンス?」
「そうです」

猿渡はゆっくりと言った。
「みんが幸せになるための・・・平和を守るための最後のチャンスなんです」



平和を守るための最後のチャンス・・・・?
行久は混乱していた。





猿渡はそんな行久を見てクスッと笑って言った。
「川野さん。たった一人の正義の味方が世界を救えると思いますか?たった一人の救世主が
地球上全ての平和を守れると思いますか?」
行久はゆっくりと首を横に振った。
猿渡は優しく温かい眼差しで行久を見つめる。
「・・・そうです。つまり、そういうことなんです。一人の人間が出来ることには限界があります。
でも・・・その人にしか出来ないことがあります」
「その人にしか出来ないこと・・・・?」
猿渡は頷いた。
「『正義の味方管理局』と『悪の手先』はそのことを伝えるために存在しているんです。『正義の味方』の
任務を通してそのことを伝えるために存在しているんです」


『正義の味方』は人間にとって最後に残されたチャンスなんです・・・・・・・。
猿渡の言葉は・・・・・重く・・・・優しく行久の心に響いた。



「川野さん・・・生まれながらの『悪人』がこの世に存在すると思いますか?」
「・・・いないと思います」
行久の言葉を聞いて猿渡はニッコリと微笑んだ。
「だからこそ、川野さん。奥様を愛して下さい。お子様を愛して下さい。家族を愛して下さい・・・
そして・・・自分自身を大切にして下さい」
行久は話の展開について行けずに首をかしげる。
猿渡はかまわず言葉を続けた。
「あなたの生活に関わる人達を大切にして下さい。あなたが大切にしている世界を愛して下さい」
「俺の世界を愛する?」
「そうです・・・あなたはもう気がついているはずです。今までの『正義の味方』の仕事を通して
感じているはずです・・・・・・・・心を支えてあげられるのは心でしかないことを・・・・心を救って
あげられるのは心でしかないことを・・・・・」

行久は衝撃を受けたように目を見開いた。
『正義の味方』の本当の意味を理解した。
悪の手先も取り憑かれた人達も、その人達が抱えていた寂しさも苛立ちも悲しみも苦しみもみんな身近な
ものだった。特別なものなど何一つなかった。そして・・・・彼らを救ってあげられたのもみんな身近にいる
人達だった。そうして力をもらって・・・・最後は自分自身で立ち上がる・・・・。

生まれながらの悪人はいない・・・・。
人は寂しさや孤独を抱えて・・・温かな愛情の欠片も与えられることもなく生きていかなければ
ならなくなった時・・・・・・はたして憎しみを覚えずにいられるだろうか?そんな中でたった一人で
生きている心は寒くて・・・血を流しているはずだ・・・・。もし人の温かさを感じることが出来たなら・・・・・
自分が傷つくことの心の痛みとともに人を傷付けることの心の痛みを感じることが出来たなら・・・・
悪人なんていなくなるのかもしれない・・・・。そのことを伝えられるのも人の心だけなんだ・・・・。
愛してくれる・・・身近な人の心だけなんだ・・・・。


『あなたが大切にしている世界を愛して下さい』



みんながそのことに気がつき動き出した時・・・・・・みんな・・・幸せを感じることが出来るのかもしれない。
一人一人の力は小さなものでもみんなが動き出した時、その想いは1つになって
いつか世界を幸せで包んでくれるのかもしれない。
何があってももう一度立ち上がる力を与えられるのかもしれない。





猿渡は行久の想いを感じ取ったように・・・微笑み頷いた。
「考えてみれば誰もが知っている・・・感じている当たり前のことなんです。でも・・・とても難しいことなのかも
しれません・・・。人間は血を流しあう。自分で自分を消し去ってしまう。簡単に人を消してしまう人もいる。
・・・悲しいですよね・・・・・」

行久は頷いて・・・うつむいた。

一人一人の悲しみや寂しさ・・・憎しみがいつかこの世界を包み込み終わりを告げる日が来るのかも
しれない・・・・。
それを止めることが出来るのも人間でしかないんだ。

「川野さん。『正義の味方』の・・・このチャンスの他に世界を救う手段があると思いますか?」
行久は微笑みながら言った。
「ない・・・でしょうね・・・」
このチャンスを逃したら・・・もうどんな方法も人間を救うことなど出来ないだろう。

『正義の味方』には人間全ての願いが込められている。

猿渡はゆっくりと行久に近づき愛しそうに抱きしめた。

「川野さん。覚えておいて下さい・・・。私たち『正義の味方管理局』も『悪の手先』もとても脆くて
儚い存在なんです・・・。人間が私達を切り捨てた時・・・私達の存在は消えてしまう・・・・・その時は
あなた達人類が終わりを迎える時です・・・」
行久は目を閉じてその言葉を受け止めた。

猿渡は穏やかに言葉を伝える・・・。
「あなたの『正義の味方』としての任務は確かに終了しましたが、本当はここからが本番なんです。
あなたの大切に想う人達を守り通して下さい・・・あなたが信じるやり方で。その人達にとっては
あなたが正義の味方なんです・・・・」
「・・・はい」
行久の頬を涙が伝う。悲しいわけじゃない。
・・・猿渡の言葉が温かくて優しくて・・・・・痛かったからだ・・・・・。

「川野さん・・・。お別れです・・・・もう2度と会うことはないでしょう。・・・でも私達はあなたの中にも
存在しているんです。この世界で多くの人が『正義の味方』として戦っているんです。
・・・・そのことをどうか忘れないで・・・・・・」

行久の意識が揺らぎ何かに吸い込まれるように遠くなってゆく。








「川野さん・・・・あなたの人生が終わるその日まで・・・幸せでいて下さいね・・・・・」







行久が遠くなる意識の中で最後に聞いた言葉だった・・・・・。







「・・・きひさ・・・」

また誰かが呼んでる・・・・・。


行久の意識が段々はっきりとしていき・・・・。


「行久!」


行久の目に飛び込んできたのは心配そうに自分を見ている琴子と笹岡の顔だった。


「琴子さん・・・?」
「良かった・・・気がついて・・・」
琴子がホッとした顔になる。



行久はホテルのベッドで寝かされていた。
気を失っていたのはほんの数分の間で医者を呼びに行く間も無く目を覚ましたのだ。


行久はゆっくりと起き上がった。
頬に手をやると自分が泣いていたことに気がつく。


琴子が心配そうに言った。
「一応病院で見てもらった方が良いわよね・・・」

行久は涙を拭いながら首を横に振った。
「大丈夫。・・・猿渡さんから最後の指令を受けていただけだから・・・」

琴子はキョトンとして行久を見つめた。




行久は自分の傍らに置いてあった正義のレーザーガンを手に持ち壁に向けて引き金を引いた。

カチッという音がかすかにしただけだった。

行久はクスッと笑って正義のレーザーガンを見つめた。


俺にはもう『正義の光線』は撃てないわけか・・・・・・。



でも・・・行久は『正義のレーザーガン』がなくても平和を守れることを知っている。


みんな誰かの正義の味方なんだ・・・・・・・・。




















「パパ!」
一晩行久と離れ離れになっていた里奈。体当たりで行久に抱きついた。
「相変わらずパパが大好きなのね・・・ママは寂しいぞ・・・里奈」
琴子はわざと泣いたふりをした。
それを見た里奈は慌てて琴子にも抱きついて言った。
「ママも好きです!」
「調子いいわね〜里奈は〜」
琴子は笑って里奈を抱上げた。

ホテルをチェックアウトし、笹岡と別れた琴子と行久はそにまま里奈を迎えに来たのだ。
琴子は会社に電話を入れて今日は休んでしまった。

家の前で感動の再会をしていた行久達に行久の母は笑いながら声をかける。
「こんなとこじゃ何だから中へ入って。お茶でも入れるわ」

母は行久に何も聞かなかった。行久と琴子の様子を見ていれば何も心配するようなことはないと
感じていたからだ・・・・。
















「ああ〜!!何だか久しぶりの家って感じ!!」
思い切り腕を伸ばして解放感を味わう琴子だった。
結局実家で夕食をご馳走してもらい家に戻ったのはPM9:00過ぎだった。
行久は里奈をお風呂に入れて寝かしつけていた。
一方琴子はお風呂に入った後居間で日本酒なんぞを飲んでいた。

「やっと寝てくれました」
行久は居間に顔を出して琴子に声をかける。

「お疲れ様〜!行久も飲もうよ」
「あ、じゃあ何かおつまみ作ってきます」
「いいわよ。柿の種あるし。それより早くおいで〜」

琴子が自分の隣の座布団をパンパンと叩く。

行久はクスっと笑って素直に従った。





のんびりとお酒を飲みながら・・・・・・行久は猿渡から聞いた『正義の味方』の話をした。


琴子は最後まで黙って聞いていた。

「最後のチャンスか・・・・・」
琴子は聞き終わった後呟いた。
「確かにみんなで幸せになるには・・・その方法しかないでしょうね・・・・」

行久はコクンと日本酒をひと口飲んで微笑んだ。
「俺の正義の味方は琴子さんかな」

琴子は笑った。
「じゃあ私の正義の味方は行久ね。私専用!」
「専用ってわけにはいきませんよ。俺も琴子さんも里奈の正義の味方にもならなきゃいけないし
父さんや母さん・・・他にもたくさんの正義の味方にならなきゃね」
「忙しいわね〜!」



琴子と行久は笑いあった。

みんなが誰かの正義の味方で・・・その想いはいつか世界を救うだろう。
そんな幸せな未来の話をして・・・・笑いあった。




「さてと、俺もお風呂入ってきちゃおうかな」
行久は酔ってしまう前にと思い、立ち上がった。

琴子がニコっと笑って言った。
「私ももう一度入ろっかな♪行久と一緒に♪」

行久は少したじろいで苦笑いした。
「・・・狭いですよ・・・・」
「その方が側にいられて良いじゃない」
琴子は「ねっ!」と言ってこれ以上幸せな笑顔はないというくらいの笑みを見せた。

行久はため息をついた後、微笑んだ。
琴子は行久の肩に腕を絡ませながら耳元で囁いた。

「今夜はう〜んと仲良しになろうね!」



















1ヵ月後

正義の味方・・・その後


和己はかったるそうに学校への道を歩いていた。
「めんどくせぇなぁ・・・・さぼっちゃおうかな・・・」

中根和己(男) 高校2年生 小柄なうえダラダラ歩いているので余計小さく見える。
童顔なのでよく中学生に間違えられることに腹を立てている。
朝寝坊してすでに10時をまわっていた。
自宅から歩いて15分の所にある学校に通っているのに遅刻の王様だ。



商店街の中を歩いていると後ろから声をかけられる。
「あの・・・すみません」

振り向いてみると男が立っていた。
和己の知らない男。優しそうな男だった。

「何ですか?」
和己は男を見つめて言った。

「あの・・・君にこれを渡そうと思って」
男はちょっと気後れした様子で薄汚れた風呂敷包みを和己に手渡した。

なんとなく受け取ってしまった和己・・・当然疑問をぶつける。
「何だよこの風呂敷包み!いらねえよこんなもん」

突っ返そうとしたが・・・・自分を見つめる男の眼差しがやけに真剣で・・・・風呂敷包みを
抱えたまま固まってしまった。
男は微笑みながら言った。
「これは君にとって必要なものです。・・・・大切にして下さいね」

その笑顔に飲まれてしまった和己。立ち去ろうとしている男を見つめることしか出来なかった。

男は最後に一度だけ振り返り「平和を守って下さいね」と言った。





男の姿が見えなくなって・・・和己はようやく我に返った。

手に残された風呂敷包みを見つめ・・・・。
「ちっ!こんな物捨ててやる!」・・・・と道の脇にあったゴミ箱に駆け寄って
風呂敷包みを投げ入れようとしたものの・・・・・・・・・直前で手を止めた。

何故だか・・・・この薄汚れた風呂敷包みが大切な物のように思えて・・・・
捨てることが出来なかった。

「・・・ちぇっ!」
舌打ちして鞄の中に風呂敷包みを突っ込んだ。

「荷物が増えちまったじゃねぇか!!くそっ!」
和己はぶつぶつ言いながらも風呂敷包みを持って行った。






新たなる戦いの幕開けである













次はあなたの番かもしれません。


あなたのご家族の番かもしれません。


もしあなたの旦那さんや奥さん。お子さん。お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが
薄汚れた風呂敷包みをもらって帰ってきたら・・・・・・どうか大切に扱って下さい。

それは・・・人に残された最後の希望なんですから・・・・・・・・。





END

2001.7.17

あとがき