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正義の味方C


わかりました・・・と答えたものの・・・・
行久は受話器を置いた後・・・しばらくその場を動けずにいた。

悪の手先91号と琴子さん。
いったい何を望んでいるのか・・・誰を必要としているのか・・・・
今の俺にはわからない。

行久はそんなことを考えクスッと笑った。
「俺・・・また逃げてる・・・・」


本当の気持ちを知るのが恐くて逃げようとしている。


昔と同じこと考えてる。


『わからない』という言葉を隠れ蓑にして
本当は知るのが恐いだけだ。傷つくのが嫌なだけだ。





今日会った笹岡と言う男。
昔の琴子さんを知っている男。
琴子さんと同じ強さを持っている。

『・・・最後に『幸せだった』と琴子に言わせる自信がある』
彼はその言葉通りのことをやってのけるのだろう。










でも・・・・



俺だって幸せにしてあげたいっていつも思ってる。
自信なんかないけれどその気持ちは負けない。


そうだ・・・。


琴子さんに・・・・・・・・自分の気持を伝えないと・・・。
琴子さんと・・・自分の気持ちから逃げずに・・・伝えないと・・・。


『琴子さんの気持ちがわからない』・・・そんなことを考える前に自分の気持を伝えないと・・・。





琴子さん!



行久は時計を見る。
PM10:15

急いで2階で寝ている里奈の部屋に行く。



「里奈!ごめんよ、起きて!」

体を揺すられ里奈が眠い目をうっすらと開ける。
「パパ・・・あさですか?ねむいです・・・」
「ごめん!里奈。お祖母ちゃんの所に行くよ」
行久はパジャマ姿の里奈にカーディガンを羽織らせ抱上げた。






外に出て大通りまで走った。
タクシーを捕まえ行久の実家へ向かった。






「行久・・里奈ちゃんまで・・・どうしたの?こんな時間に・・・」
突然現れた息子と孫の姿に驚いた母。
家に上がろうとせず玄関で立ったまま必死に話す行久。

「ごめん。詳しく話している時間がないんだ。俺が迎えに来るまで里奈のことあずかってて欲しいんだ」
行久は自分の腕の中で安心しきった顔で眠っている里奈を母に渡す。

「じゃあ、頼んだよ。母さん!」
「行久」
慌てて出て行こうとする行久を呼び止める。

余裕のない表情の行久に優しく微笑む。

「何があったかはわからないけれど・・・気をつけてね・・・」

行久は・・・・・・微笑みながら頷いた。


















実家を後にした行久はタクシーを探して走った。

正義のレーザーガンも正義のマントもなくて
今の自分には悪の手先を退治する術がない。

『でも、今自分の気持ちを伝えないと・・・2度と琴子さんに会えないような気がする!』
行久はそう思った。

悪の手先91号が何をしようとしているのかは予想出来ないが
・・・とにかく今の行久には気持ちを伝えることが大切に思えた。


封じ込められている琴子さんの心。
でもきっと言葉は届くはず。気持ちは伝えられるはず。

行久は後のことなんて何も考えていなかった。

『伝えることが出来たなら・・・その後で悪の手先にどうされたってかまわない』
そんな決意をしていた。
















痛い!痛い!痛い!
悪の手先91号は胸の痛みに苦しんでいた。
ベッドでうずくまり耐えていた。
『早く来てよ!・・・耐えられない!この痛み!』
悪の手先91号は心の中で叫んでいた。


琴子も必死だった。
悪の手先は琴子が心の奥底で抱えていた不安や独占欲、嫉妬心・・・欲求・・・
そして自信のなさから生まれた感情を・・・・実際に行動して形にしてしまった。
琴子が嫌悪するやり方で。
嫌悪しながらも考えてしまったやり方で・・・。

琴子にはわかっていた。
自分を支配し、操っている悪の手先・・・でもその後ろには自分自身がいるのだ・・・
ということを。

悪の手先と自分自身・・・・琴子は逃げずに戦おうとしていた。





行久・・・今はここに来ないで!







琴子は必死に願っていた。

来てはいけないと願っていた。


今の自分ではあなたを守りきれるかどうかわからない。
だから来ないで!・・・そう叫んでいた。



お願い・・・私を信じて!


明日・・・明日になれば私の気持ち・・・きっと伝わる・・・・・。

だから私を信じて!










タクシーがホテルに到着し、行久は走ってエレベーターホールへ向かった。


エレベーターが到着し他の客と一緒に乗り込む。
「32階・・・・」
行き先ボタンを押す。

エレベーターが動き出し他の客が押した階に次々止まっていった。


32階で扉が開き・・・行久はゆっくりと降りた。

悪の手先91号に教えられた部屋の前に立ち軽く深呼吸し・・・・ドアを叩いた。

しばらく待ったが何の反応もなく・・・行久は首をかしげた。

もう一度叩いた。

「俺です。行久です!」

そう言った瞬間、ドアの向こう側で声がした。苦痛に耐えて震えている声。

「・・・・帰って!」

行久は何だか様子が変だと思った。
呼び出したのは悪の手先91号の方なのに何故帰れと言うのか・・・。
すぐ側にいる気配。ドアで隔てられてはいるが目の前に気配を感じる。

「嫌です!」
ドアの前で叫ぶ!今帰るわけにはいかない。

「・・・帰って・・・お願い・・・・」
「お願いです!開けて下さい!」
「帰って!!!家へ帰って!」



行久は・・・その時気がついた。その言葉を言っているのが誰なのかを・・・。
「・・・琴子・・・さん?」
悪の手先91号ではなく・・・琴子の言葉なのでは・・・と行久は感じたのだ。
行久は必死で呼びかける。
「琴子さん!琴子さんでしょう?・・・お願いです!ここを開けて下さい!」
苦痛に震える琴子の声。源二の時と同じだ。
行久は琴子が心の中で戦っていることを知った。

「琴子さん!開けて下さい!!」
「逃げて!!」
2人は同時に声を発した。


カチャリ・・・



ドアのロックを外す音がした。



ゆっくりとドアが開く・・・・・。





逃げて・・・?
琴子の言葉が行久の頭に響く。

行久は後ずさり・・・部屋の主を見つめた。




そこには苦痛を耐えながら微笑む・・・・・・悪の手先91号が立っていた。

「・・・待ち焦がれちゃったわ・・・・・」
震える右手をかざし・・・その手に黒い光の塊が現れ指先に集中する。


『悪の光線』


行久が避けるのと悪の光線が放たれるのとほぼ同時だった。


間一髪!ギリギリの所で撃たれずに済んだ行久。
幸い廊下には行久達以外、人影もなかった。


「ちっ!」
悔しそうに顔を歪める悪の手先91号。
胸の痛みに必死で耐えながら次の攻撃のことを考える。




『帰って!!!家へ帰って!』・・・琴子の言葉・・・・・
行久は琴子の言葉を思い返す。
琴子が悪の手先と戦いながら行久に伝えた言葉。





行久は走り出した。

「待ちなさい!!」
後ろから悪の手先91号の声がしたが・・・かまわず走った。
エレベーターホールに走りこみ下へのボタンを押す。
・・・が、なかなか来ないので急いで非常階段へ向かった。





琴子は『家へ帰って』と言った。
悪の手先91号はわざわざホテルまで行久を呼び出した。

「家に・・・何かあるのか?」
行久は息を弾ませ階段を降りながら呟いた。


途中の階でエレベーターに乗り・・・ホテルからは無事出られた。
悪の手先91号も追っては来なかった。

「琴子さん・・・何かを伝えようとしていた・・・・」
行久は琴子の言葉のその先に何かがあると信じた・・・・・・・。










家に着いた時には日付は変わっていた。
行久はもう一度部屋の中を徹底的に調べた。
この家に琴子が伝えたかった何かがあるはずだ・・・と信じたからだ。





気がつくと・・・・・夜が明けていた・・・。



結局何も見つからず・・・・・行久は居間で力なく座り込んでいた・・・・・。





琴子さん・・・・何を伝えたかったの・・・?
ぼんやりと考えていた・・・・。
・・・・・と、どれくらいの時間が経ってからだろうか・・・・・
郵便配達と思われるバイクの音が家の前で止まり、何かを郵便受けに入れる音がした。



のろのろと立ち上がり郵便受けを見に外へ出る。






郵便受けを開けると・・・膨らみのある大きい封筒が押し込まれていた。

郵便物を手に取り・・・書かれている住所の字を見て・・・・目を見開いた。

それは見慣れている琴子の字だった。

差出人の名前は書いていないが行久には琴子の字だということがわかる。

いつも綺麗な字を書く琴子。でもこの郵便物に書かれた字はひどく震えていた。

速達で出された郵便物。

行久はその場で封筒を開けた。




「・・・・・・琴子さん」
今にも泣きそうな瞳で・・・・・・行久は微笑んだ。





中から出てきたのは・・・・・・正義のレーザーガンだった。

























嫌よ!このまま消されてしまうのは嫌よ!
行久に逃げられてホテルの部屋の隅でうずくまっていた悪の手先91号。
気がついた時には朝になっていた。

胸は痛いまま・・・苦しくて苦しくて・・・・。
『あなたの願いを叶えてあげただけじゃない!!』
琴子を責める。

次に行久が私の前に現れた時・・・・彼は私を撃つかもしれない・・・・
そんな不安が悪の手先91号を脅えさせる。

胸を押さえながらふらふらと立ち上がり電話の前で座り込む。
受話器を上げ必死で番号を押す。

笹岡なら自分を行久から遠ざけてくれる。
笹岡を利用しよう・・・・。
悪の手先91号は受話器を握り締めた。

2001.7.13