戻る

正義の味方B

「お弁当美味しかったわよ」
帰宅した悪の手先91号は行久の顔を見るなりそう言った。

「・・・どうも・・・」

出迎えた行久・・・聞いても無駄だと思いながら言ってみる。
「・・・レーザーガン・・どこにあるんですか?」


悪の手先91号は一瞬キョトンとし、楽しそうに笑った。
「あははは!そんなの素直に教えるわけないじゃない!あなたって本当に
面白いわね!!」

行久はムッとして悪の手先91号に背を向け台所に向かった。

「・・・完璧になめられてる・・・・俺」
ガックリと肩を落とす。
どうしたものかな・・・とため息を付いた。




次の日
里奈を幼稚園に送って家に戻ると門の前に男が立っていた。

行久は足を止めて相手の男を見つめた。知らない男だった。

「あの・・・うちに何か御用ですか?」
相手を驚かせないようにやんわりと声をかける。

男は行久の姿を見て微笑みながら言った。
「あ、川野行久さん・・・ですか?」
「はい」
「初めまして。笹岡と申します」
男が差し出す名刺を受け取る。

笹岡竜雄・・・B商事・・大企業だなぁ・・・・・・の部長・・・が、俺に何の用だろう・・・
名刺を見ながら首をかしげる行久を笹岡は観察していた。

笹岡は『・・・ああ、琴子の気持ち・・わかったような気がする・・・』・・・と純粋に感じていた。


笹岡の視線に気がついた行久、不思議そうに見つめ返す。

「話があるんですが少し時間いただけますか?」
「・・・・あなたはいったい・・・誰なんですか?」
笹岡の言葉に当然、疑問をぶつけた。

笹岡は躊躇することなく「琴子さんの古い知り合いですよ」と言った。












「どうぞ・・・」
行久は笹岡を居間へ通しコーヒーを出した。
「すみませんね。気を使わせて」
笹岡はそう言ってコーヒーに口をつける。
行久は
・・・年はいくつくらいだろう・・・40歳前半くらいかな・・・なんか・・・威圧感・・・感じる
・・・そんなことを考えていた。
それに笹岡の雰囲気はどこか琴子と同じものを感じさせた。
自信と心の強さがにじみ出ている。


行久は静かに言った。
「お話って何ですか?」
「そんなに緊張しないでくれよ。ああ、でも警戒はした方がいいかもな」
笹岡は笑いながら言った。話し方もいきなり気楽なものになっていた。
「警戒?」
「ああ。隠しておくのも嫌だし第一私の性に合わない。私と琴子は昔付き合っていた。
先日十数年ぶりに街でばったり会ってね。食事した」
「食事・・・・・・」
友達と会うと言っていたあの日のことだろうか・・・と思った。
「私が無理やり誘ったんだ。で、昨日は琴子の方が電話してきた」
行久はドキッとした。琴子の方から電話・・・いや、実際は悪の手先91号がとった行動なのだが
行動のベースになっているのは琴子の心。
「昨日は喫茶店でお茶飲んだだけだがその時琴子が言ったんだ
『私のこと欲しければどんな手を使ってもいいから奪って見せてよ』・・・てね」


その言葉は行久の胸に突き刺さった。
悪の手先91号の言葉なのだということはわかっている。
でもその奥にある琴子の心が誰を必要とし何を求めているのか
わからなくなってしまった。


笹岡は辛そうに話を聞いている行久に、いくぶん声のトーンを下げて静かに言った。
「でも・・・あいつ。変だった・・・いったい何があったんだ?」
食事をした時に見せた安らいだ琴子の顔を笹岡は思い出す。
行久は黙っていた。『正義の味方』のことなんて話したって信じないだろうし第一
話したくなかった。

笹岡は小さなため息をついて言った。
「・・・まあ、無理に聞こうとは思わないけれど・・・今日は君に宣戦布告しに来たんだ」
「宣戦布告・・・?」
笹岡は自信に満ちた笑顔で悪びれる様子も見せずに言った。
「この前食事した時のあいつ昔とずいぶん変わっていた・・・昔よりずっといい女になってた。
要するに惚れたんだ」
行久は笹岡を見据えた。笹岡はかまわず話を続ける。
「あいつが昔と変わったのは君の影響だろうけれど・・・・・・遠慮はしないよ。結婚していようが
子供がいようが遠慮しない。人生なんて何が起こるかわからないから楽しいんだ」

行久は笹岡の目を見つめていた。
絶対負けない、と・・・その目は語っていた。
笹岡は最後に微笑みながら言った。
「・・・最後に『幸せだった』と琴子に言わせる自信がある」



笹岡はゆっくりと立ち上がり「コーヒーごちそうさま」と言った。



笹岡が去った後、行久はしばらくぼんやりと考えていた。

何もかも自分と正反対の男。
琴子さんと同じ強さをもった男。
行久にとってはそれは手の届かない憧れのようなもので・・・。

「勝てるはず・・・・ないじゃないか」
そう呟いた。







一方笹岡はタクシーに乗り会社へ向かっていた。

川野行久か・・・
笹岡はクスッと笑った。

・・・自分と対照的な奴だった。
負けてやるつもりはさらさらないが彼が相手だとどうもこっちの調子が狂いそうだな・・・。
「ありゃ強敵だ・・・」













『愛してる』
信じてる。行久。
じゃあ何でこんなに不安で震えているの?
信じていないのは自分自身。
『ありのままの私を見て!』
どんな自分でも無条件に愛して欲しかった。
ありのままの自分を受け止めて欲しかった・・・。
愛して欲しかった。
・・・そう心の中で叫んでいた子供の頃の私。
結局私はあの頃と変わっていない。
自分を信じていないのよ。
愛情が欲しくて確かなものが欲しくて求めるばかりで。
恐くなって逃げ出した。
そんな自分・・・・・・・・嫌・・・・。




「痛い!」
仕事中、思わず声に出すほどの痛みに襲われた。
悪の手先91号の胸が痛み出した。

「課長・・・顔色悪いですよ?」
部下が心配して声をかけてくる。
悪の手先91号は必死で笑顔を作り「大丈夫、ちょっと外の空気吸ってくる」
・・・と言って屋上に逃げ込んだ。

屋上に誰もいないことを確認し、座り込む。
「何だって今頃暴れ出すのよ!!琴子!」
抵抗を始めた琴子の心に呼びかける。
「私にまかせていればあなたが欲しかった物が手に入るのよ?」
それでも胸の痛みは治まらない。

「自分から逃げ出したくせに!!」
琴子の心を押さえつけて立ち上がる。




心もとない足取りで席に戻ると電話がかかってきた。
笹岡からだった。
『明日、また食事でもしないか?』
悪の手先91号は微笑みながら言った。
「・・・いいわよ・・・」
『さっき旦那と会ったよ』
「・・・そう」
『想像していた通りの男だった』


悪の手先91号は自分が取った行動の成果が思ったより早く得られて
ほくそえんだ。
その瞬間激しい胸の痛みが襲い悪の手先91号は暗闇に閉じ込められた。






会社近くの郵便局。
琴子の姿があった。震える手で住所を書いている。
必死だった。『それ』を窓口で出し終えて・・・・・・そこで限界だった。
再び悪の手先91号に体を奪われていくのを感じながら・・・・・・祈っていた。










お願い行久・・・私を信じて・・・・・










「パパ?」
幼稚園の帰り道里奈が心配そうに声をかける。
行久はぼんやりとしていて答えない。
「パパぁ!どうしたんですか?どこかいたいんですか?」
ここでようやく里奈の声に気がつき慌てて答える。
「あ・・・ごめんね。大丈夫だよ。どこもいたくないよ」
「うそです。いたそうなおかおしてます」
確かに痛い。胸が痛くてたまらない。
「パパげんきありません・・・へんです・・・おみやげもなしでした・・・」
行久はこの前の飲み会の時里奈にお土産を買ってくる約束をしていたのに
色々あって忘れていたのだ。里奈の言葉で思い出した。

「ごめん・・ごめんね里奈」
行久は立ち止まりしゃがんだ。
里奈の顔を見て詫びた。
「・・・おみやげはいりません。でもパパがいたいのはいやです」
里奈が大きな瞳をうるうるさせながら訴えた。

行久は・・・子供って何でも感じ取ってしまうんだなぁ・・と思い、このままじゃダメだ・・・と思った。

「里奈、お詫びに今日のおやつは特大ホットケーキ作るよ」
行久は里奈を抱っこして笑いながら言った。

里奈は嬉しそうに行久に抱きついた。













夜、残業を終えた琴子は家には向かわず新宿のホテルに部屋をとった。
そこから家に電話を入れる。

『はい。川野です』
「やっほー!行久!」
悪の手先91号の明るい声。行久はため息をつく。
「行久〜!今ねホテルにいるの〜!高級ホテルよ!夜景が綺麗よぉ」
ホテル・・・行久は固まった。
今はどうしても不安に思ってしまう・・・信じているけれど不安でたまらなくなる。
そんな行久の気持ちを感じたのかクスクス笑いながら言った。
「安心して!1人よ・・・・・・でも」
『でも?』
「でも明日はわからないわよ。竜雄と食事するしね〜!
・・・・・行久、今日笹岡と会ったんでしょう?」


行久はゆっくりと目を閉じて、気持ちを落ち着かせながら言った。
『・・・やめて下さい。そんなこと・・・』
「だったら今からここへ来て」
悪の手先91号の強い意志を感じた。
行久はどう返答して良いのかわからなかった。
しばらく考えた後・・・小さな声で言った。

『わかりました・・・』





受話器を置いた悪の手先91号はホッとしたようにベッドに横になった。

・・・本当はこんなことしなくても虜にしておけると思っていたのに・・・。
琴子の意志が思ったより強くなり始めている・・・・・・遊びは終わり・・・。
「もっと楽しみたかったけどね」
悪に手先91号は窓の夜景を見つめて笑った。

胸の痛みを感じる。


「琴子・・・あなたがどんなに邪魔しても私は行久を自分の物にする」
痛みに耐えながら言葉を続ける。

「良いじゃない。そうすればあなたもずっと一緒にいられるのよ。ずっと・・・・ね」
琴子の心がどんなに暴れても絶対に負けない。


「たった1回で良いのよ・・・」


悪の手先91号はたとえどんなに恐ろしい胸の痛みに襲われても『悪の光線』を撃つ決意をしていた。
2001.7.11