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正義の味方A


夜、行久はお客用の布団を居間へ運び敷いていた。
悪の手先91号と同じ寝室で寝る気にはなれなかった。


それを見ていた就寝前の里奈がパジャマ姿で楽しそうに「りなもここでねる〜」と言った。
行久が少し困ったような顔をしていると悪の手先91号がやってきて笑いながら言った。

「じゃあママもここで寝ようかな」
「うん!ママもここでねよう〜」
無邪気にはしゃぐ里奈。
行久は悪の手先91号を睨んだ。目で抗議したのだ。

悪の手先91号は里奈に聞こえないように耳元で囁く。

「可愛い里奈ちゃんを不安がらせたくないでしょう?」

行久はため息をついて黙ってもう一組布団を運んできた。

行久は里奈を自分と同じ布団に寝かせた。
里奈をかばうように悪の手先91号とは反対側の隣に寝かせている。


電気を消してしばらくするとはしゃいでいた里奈もすやすやと寝息を立て始めた。

行久は警戒心から寝られずにいた。

「・・・そんなに警戒しなくても良いのに・・」
小さな声で可笑しそうに悪の手先91号が言った。

行久は無視して寝たふりをしていた。

「本当に可愛い人ね」











そして一応何事もなく土日が過ぎ・・・月曜日。



「じゃあ言ってくるわね」
いつもより少し大きめの鞄を肩にかけ玄関に向かう悪の手先91号。
会社に行く気なのだ。

「あの・・・」
行久は靴を履く悪の手先91号を呼び止めた。

「なぁに?」
行久の方から話し掛けることなどなかったので不思議そうに振り返る。


行久は不機嫌な顔をしながらお弁当を手渡した。

受け取った悪の手先91号は本当に可笑しそうにクスクスと笑って上機嫌で出て行った。
その姿を見送りながら
「琴子さんのために作ったんだ・・・」と呟いた。






会社に着いた琴子は鞄の中から紙袋を取り出し机の中へ閉まった。
紙袋の中には正義のマントとレーザーガンが入っていた。




そんなこととは知らずにいた行久。
琴子が会社に行き、里奈を幼稚園へ送っていった後、必死になって
正義のレーザーガンを探した。

悪の手先91号がどこへ隠したのかまったくわからなかった。
押入れもひっくり返し、荷物を出しながら『片付けるのが大変だな・・・』と
思いはしたもののそんなことにかまってはいられなかった。

けれども探しても探しても見つからず・・・。
「もしかして・・・処分しちゃったとか・・・・」と呟き途方にくれていた時、チャイムの音がした。

急いで玄関に行ってドアを開けると、そこには良く知っている人の顔があった。

「母さん」
行久の母がニッコリ笑って立っていた。



「うわぁ・・・お邪魔だったかなぁ・・・」
部屋の散らかりようを見て母が言った。
「ちょっと部屋の大掃除しようと思って・・・」
慌てて言い訳する行久の顔を見て母は「ふぅ〜ん」と意味ありげに言った。

「近くまで買い物へ来たものだからついでに寄らしてもらったの」
母は微笑みながら言った。
行久の母は少しやせ気味で小柄な女性だ。穏やかな話し方をする。
足には昔の火傷の跡が残っている・・・。

行久は母のお土産のお茶菓子とお茶を居間へ運んだ。
2人でお茶を飲みながらたわいのない会話をかわした。
「里奈ちゃんは元気?」
「うん。今も幼稚園で元気に遊んでいるよ。せっかくだから顔見ていけば?1時間もすれば
お迎えの時間だから」
「そうね・・・でもあまり時間がないから今日は諦めるわ」


そうして少しの間会話が途切れ・・・・母が優しく言った。

「何かあった?」
行久は少し驚いたように母を見つめた。

「・・・何にもないよ?」
ぎこちなく笑う。母はクスクス笑って言った。
「嘘。行久は嘘をつくのが本当にヘタね」

そんな母に行久は情けなさそうに微笑んで言った。
「俺の嘘ってバレなかったことないもんね」
「そうよ。だから白状しなさい」


行久は小さなため息を付き話し出した。
「俺さ・・・時々思うんだ。俺に琴子さんを幸せにしてあげることが出来るんだろうかって」
「幸せにしてあげる?」
「うん。俺は琴子さんよりかなり年下だし頼りないしそれに・・・」
行久が自分を卑下する言葉を続けようとするのを母は遮った。
「何偉そうなこと言っているの」
行久は母の言葉にキョトンとした。

母はゆっくりと話し出した。
「夫婦なんてものはね・・・2人で一緒に歩いていくものなのよ。片方が転んだらもう片方が手を差し伸べて、
片方が弱音を吐いたらもう片方が励ましてあげたり叱ったり・・・時にはケンカもしたりしてさ」
「歩いていくもの・・・」

母は頷いて笑った。
「そうして初めてお互いが『幸せだな・・・』って感じることが出来るんだと・・・母さんはそう思うよ」

行久は母の顔を見つめた。
母はちょっと意地悪そうな笑いを浮かべて言った。
「あなたは要領が悪いんだからあまり余計なこと考えない方が良いよ」
行久は母の言葉にクスッと笑った。



「さてと・・・そろそろ帰りましょうかね」
母はゆっくりと立ち上がった。

「今度はもっとゆっくり遊びに来てよ」
「そうね。琴子さんにも会いたいしね」

玄関まで送り、母は靴を履いた後、最後に行久の顔を見て言った。
「行久は琴子さんを守って、そして琴子さんに守られているのよ」

















その頃、悪の手先91号は会社の前にある公衆電話で名刺を手に持ち受話器を握っていた。
名刺には『笹岡竜雄』と書かれていた。

















PM6:30
悪の手先91号は喫茶店でコーヒーを飲みながら待っていた。
扉が開き待ち人の姿を確認するとニッコリと微笑む。

「竜雄。こっちよ」

笹岡はゆっくり近づき席に座った。

ウエイトレスが注文を取りに来てコーヒーを注文する。


「まさかお前の方から電話くれるとは思っていなかった。名刺を渡しておいて良かった」
笹岡は微笑みながら言った。



コーヒーが運ばれてきて笹岡は口をつける。

悪の手先91号はしばらくその様子を微笑みながら見つめていた。
笹岡はその視線に居心地が悪くなり言った。
「何だよ。じろじろ見て・・・」

悪の手先91号は静かに言った。

「この前惚れたって言ったわよね?」
「ああ・・・それがどうした?」
「だったら奪ってみてよ」
「・・・はぁ?」
笹岡はあまりにも意外な言葉にどう返答してよいのかわからなかった。

悪の手先91号はゆっくりと席を立ち笹岡を見下ろして言った。

「私のこと欲しければどんな手を使ってもいいから奪って見せてよ。あなた得意でしょ?
そういうこと。話はそれだけ。・・・・じゃあね!」

ニコっと笑い悪の手先91号は店を出て行った。

残された笹岡はこの前会った時の琴子とはあまりにも違う、その変貌振りに唖然としていた。















夕方・・・行久は洗濯物をたたみながらこれから先のことを考えていた。

行久に唯一残されているのは正義の味方バッジのみ。

悪の手先91号が近寄ると警戒音が鳴りっぱなしになるので今は外して戸棚に閉まっていた。


「そういえば・・・まだ退治していないということは・・・・今は戦闘中ってことなのかな・・・」
ボソっと呟く。



戸棚からバッジを取り出し呼びかける。



「すみません。○×区△町担当の川野です・・・」


しばらく後にバッジから女性の声が聞こえてきた。
『いつもお世話になっております。正義の味方管理局でございます。
○×区△町担当の川野様でいらっしゃいますね。本日はどのようなご用件ですか?』
「担当の猿渡さん。お願いします」
『かしこまりました。少々お待ちください』
そして保留音が鳴る・・・。

『はい。猿渡です。川野さん。どうなさいました?』
猿渡の明るい元気な声がバッジから聞こえた。
行久は力なく話し出す。

「琴子さん・・・妻が悪の手先に取り付かれました・・・」
それを聞いた猿渡は驚くそぶりも見せずに「そうですか」・・と言った。
「こんなことになるなんて思ってもみなくて・・・」
「川野さん・・・」
猿渡は優しい声で話し出した。
「人間ならば誰でも悪の手先に取り付かれる可能性があるんです。・・・そう奥様も・・・そしてあなた自身も
例外じゃないんですよ」
「でも・・・」
「大丈夫。川野さん・・・あなたが考え、決めて、思った通りの行動をして・・・決着をつけて下さいね・・・」
最後に猿渡はそう言って通信を切った。




「思った通りに・・・・」
行久は窓から見える夕日を見つめた。
2001.7.8