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悪の手先91号が・・・琴子さんに取り付いた・・・
行久はのろのろと考える。

『悪の手先』は人間の最も脆い・・・弱い部分を狙って体を乗っ取る・・・・』

『正義の味方マニュアル』に書かれていたことだ・・・・。

今、目の前で微笑んでいるのは・・・・琴子さんじゃない!
行久は勢い良く立ち上がり後ずさって悪の手先91号から離れる。


レーザーガンを構えた。
「琴子さん・・・今助けますから・・・」

行久の声が震える。かなり動揺していてレーザーガンを持つ手も心もとない。

悪に手先91号はそんな行久に優しく・・・本当に優しく語り掛ける。
琴子と同じ、行久の聞きなれた、大好きな琴子の声で・・・優しく囁く・・・・・。
「行久・・・撃たないで・・・・・・」
一歩一歩行久に近づいて来る。

悪の手先91号は微笑を崩さず話し続ける。
「・・・・・私を撃てば・・・琴子の本当の姿は見られなくなるわよ・・・・」
「・・・本当の・・・姿・・・・?」
「悪の手先の行動は・・・乗っ取られた人間の『心』がベースになっているのよ」


行久もそのことは今までの戦いで感じていた。

だからこそ、動揺しているのだ。

それと・・・琴子が悪の手先の手に堕ちたという事実。

琴子の心には何らかの暗い影が落ちていたはずなのだ。

その暗い影が悪の手先を呼び込んだんだ・・・。

行久はそんな琴子の心にまったく気が付かなかった。

それが・・・行久自身をどうしようもなく追い詰めていた。

琴子が心の中で何を叫び何を求めていたのか・・・。



「琴子は今私の中で耳をふさいで心を閉じているわよ・・・・」
いつのまにか悪の手先91号は行久の目の前に立っていた。
レーザガンはその胸元に触れていたが行久は撃つ事も逃げることも出来ないでいた。

「彼女から私に体を明け渡したのよ・・・・自分自身から逃げ出したのよ」
クスクス笑いながら行久の手に琴子のしなやかな指先が絡まる。

ゆっくりとレーザーガンを行久の手から奪い・・・正義のマントも外された。

「安心して・・・あなたを『悪の光線』なんかで撃ったりしない・・・第一琴子がそれを許さないしね」
悪の手先91号は行久の背中に腕をまわしやわらかく抱きしめる。
行久は力なく立ったまま抵抗しなかった。

鳴り続ける警戒音。

行久に触れる温かい体は確かに琴子のもので・・・。

行久は・・・必死で呼びかけていた。
「琴子さん・・・・」

「お願いだから答えて下さい・・・琴子さん!」


「琴子さ・・・」
行久の叫びは琴子の唇にかき消されてしまった。


行久はこの現実を見たくなくて・・・目を閉じた・・・。




正義の味方

最終章
正義の味方







「パパ・・・もうお腹いっぱいです〜」
里奈が朝食を食べて満足げにお腹をポンポンと手でたたく。

「里奈ー野菜残しちゃダメよー」
琴子が里奈に微笑みかける。
いつもとまったく変わらない朝食風景。
悪の手先91号は完璧に琴子を演じている。

「里奈〜今日は1日私と遊ぼうね」




行久はいつも通り家事をこなしていた。
頭の中は動揺しながらも少しずつこれからどうすれば良いのかを考えようとしていた。

正義のマントとレーザーガンは悪の手先91号に渡してしまった。

今は悪の手先91号の行動を見守るしかなかった。







琴子さん・・・何を望んでいるの?

行久はベランダで干した洗濯物が風になびくのをぼんやり見ながら・・・・昔のことを思い出していた。

琴子に初めて会った日。

緊張して挨拶した新入社員の行久に琴子は笑って言った。
「よろしくね!」


爽やかな笑顔。
綺麗な人だなぁ・・・・行久はそう思った。

琴子からはいつも自信と心の強さが感じ取れた。

そんな琴子を見ていると行久は元気になれた。

力を分けてもらっているような・・そんな気持ちにもなった。

憧れていた。

その気持ちがなんなのか、そんなことは考えられないくらい
手の届かない遠い存在だった。



そんな琴子に「好きだ」と言われた時には心底驚いた。


突然のことだったので、戸惑い、焦ったりもしたけれど・・・嬉しかった。



とても嬉しかったんだ・・・。




「何ぼんやりしているの?」
突然背後から聞き覚えのある声がした。


行久が振り返ると悪の手先91号が窓枠に寄りかかって立っていた。

「・・・別に・・・・」
行久は表面上は冷静に、無表情に答えた。


「そっけないわね」
クスクス可笑しそうに笑いながら言った。
そんな悪の手先91号を見て行久はため息を付いた。

悪の手先91号は意地悪な微笑を浮かべながら言った。
「あなた今、必死に考えているんでしょうね。琴子はいったい何を望んでいるんだろうかって」
「・・・・・・・・・・・・」
行久はじっと悪の手先91号を見据えた。
「・・・良いわね・・・その目・・・・」
本当に楽しそうに笑う。

「そうやって、頭の中も心の中も全部琴子のことで埋め尽くしなさい」

そう言い残し悪の手先91号は部屋の中へ入っていった。





『とにかく・・・レーザーガンだけでも取り返さないと・・・』
行久はそのことだけは急いで実行しようと思った・・・。








「ママ〜!パパはどこにいますか?」
居間でお絵かきして遊んでいた里奈、琴子が現れ駆け寄る。
琴子は里奈の頭を撫でて優しく言った。
「パパ、洗濯物干してるのよ〜」
「そうですか!」
そう言ってお絵かきを続行する里奈。
その様子を見ながら・・・悪の手先91号はほくそえんだ。

『正義の味方』を使い物にならなくすることがこんなに簡単だったなんてね・・・
そんなことを考えながら琴子の胸のあたりを軽く撫で、言った。
「良い入れ物を手に入れたわ・・・・」




悪の手先91号によって封じ込められた琴子の心。
琴子の心は・・・行久を待っていた。
目を固く閉じ、耳をふさぎ、逃げ出した琴子。
それでも行久のことを必死で呼んでいた。

『早く私を迎えに来て!』

2001.7.8