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正義の味方D


「あの余裕にみなぎっている顔!腹立つ!」
仕事を終え、駅までの道を明日香と佳代は歩いていた。
明日香は琴子とのやり取りを佳代に報告していた。

佳代は明日香の話を聞いて琴子の気持ちを考えていた。

余裕・・・本当にそうなのかしら・・・。

川野君は確実に明日香の演技に気がつかないだろう。

何が『酔って具合が悪くなる』だ・・・佳代は呆れた。
明日香は男の前だとお酒に弱いふりをするが実際はとんでもなく強いのだ。

明日香にかかったら川野君・・・必ず送ってくはめになるでしょうね・・・。
具合の悪い人放っておけるわけないし・・・。
でも、そこから先はどうかしらね。
佳代はそんなことを考えながら自分はどうしたいのか・・・考えていた。








飲み会当日。
琴子は早めに仕事を切り上げ帰り支度をしていた。

「川野課長」

名前を呼ばれて顔を上げると前に佳代が立っていた。
「えっと・・・あなたは確か・・・」
「島本佳代・・・川野君の同期です」
「夫なら今日参加できるわよ」
「・・・・お話があるんです・・・少しだけお時間いただけますか?」




屋上に行き、気持ちの良い風にあたり少し微笑む琴子。
柵の側に行き景色を眺めながら言った。
「話って何?」


佳代は琴子の背中を見つめ言った。
「何で川野君参加させるんですか?」
琴子は佳代の言葉にゆっくり振り向き言った。

「何でってたまには羽を伸ばしてもらおうと思ってね」
「本当ですか?」
「・・・・・・」
何も言わず佳代を見つめる。

「川村さんがやろうとしていることを知っていて止めないのは絶対大丈夫って自信からですか?」
琴子は佳代の目を見て・・・微笑んだ。

「自信・・・・ねぇ・・・・」
そんなもの、あるわけないじゃない・・・。

「私・・・思ったんです。課長・・・川野君のこと試そうとしていませんか?」
佳代の言葉にハッとする。
「図星ですか・・・」
その様子で佳代は自分の言ったことが当たっていると確信した。
琴子は小さなため息をついた。


「課長・・・川野君、このこと知ったら傷つきますよ」

琴子は目を閉じて静かに言った。
「そんなことわかっているわよ」

佳代は琴子から目をそらしわざと軽い口調で言った。
「ま、私には関係ない話ですから・・・・・・お時間取らせて申し訳ありませんでした」

軽く頭を下げ琴子を置いて歩きだす。
少し歩いた所で立ち止まり、立ち尽くしたままの琴子の方へもう一度振り返る。


「課長。川野君って優しいですよね・・・」
琴子は佳代が突然言い出した言葉に、意図がつかめず戸惑いながら答える。
「ええ・・・・」

「川野君にとって『優しい』って言葉・・・辛いものだって知ってましたか?」
「え?」

琴子は佳代の言っていることがまったくわからなかった。
その様子を見て佳代が・・・とても冷たい微笑を向ける。
「なんだ。知らないんですか」
「どういうことなの・・・・?」

「川野君から直接聞いて下さい」
クスッと笑い再び出入り口に向かって歩き出す。歩き出す時一瞬琴子を見つめ言い残した。


「課長と川野君・・・本当にお互いのことわかっているんですか?」


それはとても残酷な言葉だった。




佳代は自分の席に戻り・・・・思わず言ってしまった自分の言葉を嫌悪し・・・後悔した。
「・・・私・・・・卑怯だな・・・」
そう思った・・・・。


















この日、行久の元に金色の封筒が届いた。
正義の味方管理局からの指令書だ。

指令書(悪の手先91号の退治)

敵のコードネーム   悪の手先91号
出現日時        10月13日(土)午前7時〜9時の間

注意事項・・・過去との対決


悪の手先が現れるのは明日だ。
とりあえず今日は出かけられるな・・・と思い、いつもの指令書をまじまじと見つめる。
いつも書いてある必殺技や弱点が書いていない。まあ、いつもあんまり役に立たない情報だからな
・・・と思い、代わりに書いてあるものに目が止まる・・・・注意事項・・・。
「過去の対決・・・?」
行久は首をかしげた。




















「じゃあ行って来ますね」
琴子が帰宅し行久は出かける準備を整え言った。
行久の格好はいつもと同じようなジーパン姿。みんなスーツ着ているから自分もそうした方が
良いのかと迷ったけれど結局普段着を選んだ。どうせ普通の居酒屋だしいいだろうと思ったのだ。

「パパおでかけですか?りなもいけますか?」
寂しそうに行久を見上げる里奈。
琴子は頭を撫でて優しく言った。
「里奈とママはお留守番。良い子に待っていようね」
里奈はちょっとしょぼくれた。
行久はしゃがんで里奈の目を見た。
「すぐに帰ってくるよ。お土産買ってきてあげるからね」
「うん!」
行久の言葉を聞き元気に答えた。

「じゃあ、後よろしくお願いします。琴子さん」
「あ・・行久」
「はい?」
「・・・ううん。何でもない。楽しんできてね」
「・・・はい」

行久はこの時、琴子の様子が少し変だとは感じながらも時間がなかったため
慌しく家を後にした。


















大きな居酒屋の一角で盛り上がっていた。
少し遅れてやって来た行久をみんなは懐かしげに迎えた。
「お前全然変わんないな〜!!」
「俺なんか肥っちゃってさぁ」
「お子さん可愛い?」
初めのうちは少し緊張していたもののすぐにその場に打ち解けられた。

「はい。川野君」
ちゃっかり隣に座った明日香が行久のコップにビールをつぐ。
「どう?久しぶりにみんなと会った感想は」
「うん。楽しい。誘ってくれてありがとう」

行久の言葉に明日香はニッコリと笑う。
佳代はそんな2人の様子を離れた席から見つめていた。


PM9:00
居酒屋をでて今度はカラオケに行こうという話になった。
「川野、お前もくるだろ?」
「いや、帰るよ」
「え〜!!まだいいだろー!!」
「ごめん。また誘ってくれよ」
そう言って帰ろうとした時
「私も帰る・・・」
明日香が少し元気がなさそうに言った。

いつも最後までいる明日香が突然帰ると言い出し、佳代以外の同期連中がビックリする。
「どうしたんだ?川村」
同期の一人が声をかける。
「ううん。なんでもない。ごめんね。今日は私も帰る。川野君。駅まで一緒に行こう」
「うん」
明日香の様子に行久も少し心配そうに見つめる。


「じゃあ川野、今度もまた来いよ!!」

行久と明日香はここでみんなと別れ駅に向かって歩き出した。
2人の後姿を佳代はじっと見つめていた。








「ごめん・・・何だか気持ちが悪い・・・」
しばらく歩いた所で明日香が立ち止まりうつむく。

「大丈夫?喫茶店にでも行って休む?」
行久は心配そうに明日香にそう言った。
「ううん・・・家に帰りたい。何だか立ってるのが辛い・・・たぶん・・飲み過ぎたんだと思う・・・」
「わかった。タクシー拾ってくる」

行久はタクシーを止め明日香を乗せる。
「一人で帰れそう?」
行久の言葉に明日香は答えず見を縮めて震えていた。
かなり具合が悪いんだろうか・・・家の前まで送った方が良いかなと思い
行久もタクシーに乗り込んだ。

明日香は住所を弱々しく伝えタクシーは走り出した。




明日香の家の前でタクシーは止まり歩くのも辛そうな明日香に手を貸し行久達は
降りた。

可愛い感じの2階建てのアパート。この1階で明日香は1人暮らししている。

何とかドアの前までたどり着き明日香がハンドバックの中からカギを取り出し
行久に手渡した。
ドアを開けて明日香を中に入れ、行久自身は玄関にも入らず言った。
「あの、じゃあ俺帰るけど・・・大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「え?」

今までうつむいて具合悪そうに立っていた明日香がいきなり行久の腕を掴み
玄関に引っ張り込んだ。
ドアがバタンと閉まる音がした。
不意打ちの状態だったのでよろけて危うく転びそうになった。
なんとか壁に手をつき転ばずに済んだが・・・・行久は、このわけのわからない
行動を咎めるように明日香を見た。

明日香は行久をさっきまでの弱々しさとは正反対の元気一杯な笑顔で見つめてた。

「川野君。今日泊まっていきなよ」
明日香の言葉と態度に行久は戸惑いながらも不信感一杯の表情で言った。
「・・・・・具合が悪かったんじゃないの?」

明日香は悪戯っぽくクスクス笑いながら言った。
「川野君すぐに騙されちゃうんだもん」

行久はムッとし「帰る」と言ってドアのノブに手をかけようとした。

その時行久の背中に明日香が抱きついてきた。
「私川野君のこと好きだったの・・・」

その言葉と抱きつかれたことに驚いた行久は振り返り明日香を引き離した。

明日香はもう一度静かに言った。
「好きなの・・・」
「・・・・・だからこんなことしたの・・・?」
明日香は頷いた。
行久はため息をついて言った。

「俺は結婚してるし第一俺が好きなのは・・」
「私の方が課長より先に、こんな風にしていればあなたは私の気持ちを受け入れてくれたでしょう?」
行久の言葉を遮るように明日香が叫ぶ。

こんな風にって・・・ああ・・・忘年会の夜のことだな・・・と思い行久は明日香の言いたい事を理解した。

琴子と行久のことは、琴子の行動がわかり過ぎるほどハッキリしていたのと、誤魔化すのが下手な
行久の性格が原因で噂といえどその内容はほとんど事実に近いものだった。
・・・ただ、2人の心の中の出来事は2人にしかわからない。

行久はクスッと情けなさそうに笑った。
「・・・なるほどね・・・俺ってよっぽど優柔不断に見えるんだね」
「川野君」
行久は静かに言った。
「俺は琴子さん・・・妻を愛してる。昔も今も。だから君が先だろうと後だろうと関係ない」
はっきりとした拒絶の言葉。
明日香の瞳から涙がこぼれる。
行久はその涙を見て・・・小さな声で言った。
「ごめん・・・気持ちに答えてはあげられない・・・」
明日香は泣きながら訴えた。
「私だってずっと・・・忘れようと思って頑張っていたの・・・でも
どんな人と付き合ってもダメなの・・・・ダメだったの・・・川野君の顔がちらつくのよ!!」
行久は黙って聞いていた。
「・・・私の方が先だったら課長と立場が逆だったかもしれないって思ったのよ・・・・」
そう言って・・・明日香は震えながら泣いていた。
行久はこの居たたまれない状況をどうしようかと困惑していた・・・・・・その時、突然ドアが開き
「はい。そこまで!」・・・と声がした。

驚いた行久と明日香は声の主を確認する。


ドアを開けニッコリと笑った佳代が立っていた。


「島本さん・・・」
「佳代・・・いつからここにいたの?」

佳代は平然と言った。
「初めからドアの外にいたわよ。あなた達の後つけてきたんだもの。全部聞かせてもらったわ」

明日香は怒ったようで顔を真っ赤にした。
「何でそんなことするのよ!」
「あったりまえじゃない。川野君が心配だったからよ」

行久はキョトンとする。
「俺が心配?」
「そうよ。明日香が一晩中具合が悪いふりをし続けたら、たぶんあなたずっと付き添ったでしょ?」
「そんなこと・・・」ないよ・・・・と言おうと思い・・・でも確かに帰れなかっただろうな・・・と思った。

佳代は明日香を見てニヤリと笑っていた。
「この子はやましいことは何もなくても、泊まったって事実だけでどんな悪巧みするか
わかったもんじゃないからね」

明日香は半泣き状態で佳代を睨む。
「佳代!!酷いよ!」
「いいじゃない。これであなたも・・・そして私も昔の気持ちにケリがつけられたんだから」
「ケリって・・・どういうことよ!」
佳代は明日香に微笑みながら言った。
「ちゃんとふられることが出来たってことよ」
明日香は佳代を見つめて言った。
「・・・・佳代も好きだったの?・・・川野君のこと」
明日香の問いに佳代はクスッと笑っただけだった。
そして何が何だかわからずぼんやり2人のやりとりを見ていた行久に言った。
「川野君・・・明日香を許してあげてね・・・これで気持ちに区切りがつけられるはずだから・・・」
行久は何と言って良いのかわからず・・・言葉の代わりに頷いた。


「それと・・・川野君・・・私あなたに謝らないと・・・・」
「?」
「私課長に酷いこと言った・・・」
「酷いこと?」
佳代は行久の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「川野課長・・・今日のこと全て知っていたのよ。全て知っていてあなたを送リ出した」
「・・・・え?」
行久は言われていることの意味がわからず困惑した。
「明日香が何をしようとしているか承知の上であなたを参加させた・・・何故だかわかる?」
「・・・わからないよ・・・」

行久にはわからなかった。
『たまには行久も遊んできなさいよ!大丈夫、明日は早く帰ってくるから』
そう言っていた琴子の顔が浮かぶ。
佳代はうつむき加減で少し微笑みながら言った。
「・・・試したかったからよ。川野君の気持ちを・・・私にはなんとなくわかる。その気持ち」
「試す・・・・?」
佳代はコクンと頷き・・・目を閉じて言った。
「でも・・・やっぱり腹が立って言ってしまったの・・・・『課長と川野君・・・本当にお互いのこと
わかっているんですか?』・・て。昔あなたが私に話してくれたことを利用して課長のこと傷付けた
あなたの傷を利用した・・・。話してくれたあなたの心を裏切った。ごめんなさい・・・」
一気に言葉を吐いて・・・恐る恐る目を開けて行久を見た。
行久は・・・言われたことの意味を消化できずにいた。
俺の気持ちを試す?何で?何でそんなことする必要があるんだ?・・・そんな言葉がぐるぐる
頭を駆け巡る。
佳代はそんな行久の様子を見て言った。
「あの・・・最後に言っておくけれど・・・課長ってあなたに関してはとても脆い人なんだと思う。
だから・・・・不安から守ってあげて」









佳代の話を聞き終わった瞬間、行久は外へ飛び出していた。

大通りに出てタクシーを拾う。家に向かいながらずっと考えていた。

『どうして?琴子さん。俺の気持ちなんかわかりきっているのに・・・』

『何で疑うんだよ・・・』

行久は・・・・・・悲しかった。







行久が去った後・・・明日香と佳代は女2人で飲んでいた。
「わかっていたわよ・・・きっとダメだろうって・・・でも・・・もしかしたらって・・・」
泣きながら日本酒を飲む明日香。
佳代は「はいはい」と言いながら明日香の気持ちを聞いてあげている。
これで私達の気持ちは洗い流せるかしら・・・と思っていた。
佳代は琴子を無性に傷付けたくなった瞬間の気持ちを思い出す。
自分にあんな一面があることを初めて知った。

「課長と川野君・・・大丈夫かしら・・・」
小さな声で言った。・・・・・・責任を感じていた。






里奈を寝かし琴子は寝室のベッドの上で膝を抱えて座っていた。
小さくなって座っていた。
好きなのに、誰よりも好きなのに・・・信じているのに試してしまった。
自分に自信がないからだ。
こんな気持ち初めてだ。
『課長と川野君・・・本当にお互いのことわかっているんですか?』
あの人は何を知ってるっていうの?
琴子は脅えていた。

「行久・・・早く帰ってきて・・・・早く・・・・」

琴子の頬を涙がつたう。

「でないと私・・・・・・捕まっちゃう・・・・」

琴子の心の底で・・・ささやく声がする。






『そんなに苦しいなら私が代わりに彼の全てを手に入れてあげようか?』
「嫌!!」
『そんなに彼の気持ちを試した自分が許せないならここから先は私が代わりに実行してあげようか?』
「・・・嫌!」
『私に任せれば・・・楽になれるわよ・・・』
「・・・・・・嫌よ・・・」









行久が家に着いた時にはPM11:00を回っていた。
ドアを開け中に入ると電気は消えていた。
「琴子さん・・・」
返事はなく、電気をつけた。台所にも居間にも琴子の姿はなく
もう寝てしまったのかなと思い2階へ上がる。

寝室に入るとベッドで琴子が眠っていた。
すぐにでも起こして話をしたかった。

『不安から守ってあげて・・・・・・・』
佳代の言葉が脳裏を過ぎった。


今の自分では冷静に話せないかもしれない・・・と思い、明日まで待とうと決めた。

階段をおりて居間で座り込む・・・。

ぼんやりと天井を見ながらずっと琴子のことを想っていた。










気が付くと夜が明けていた。
窓から差し込む光でうたた寝から目覚めた行久。
あのまま居間で眠ってしまったのだ。
時計を見るとAM6:40だった。
のろのろと起きて・・・思い出す。
『ああ・・・今日は悪の手先が来るんだっけ・・・』
こんな時に・・・と思いながら正義の味方セットを出す。

全てを身に付け台所へ向かう。

朝食を手早く作り食卓に並べる。

淡々とした作業。

準備が終わりイスに力なく座った。
ちょうどその時階段をおりてくる足音が聞こえた。




「おはよう行久」
姿を見せたのは琴子だった。

微笑みながら行久を見つめている。
その微笑みが何だか琴子のものでないように思えた。

「・・・おはようございます・・・」

ゆっくりと行久の方へ歩いてくる琴子。

座っている行久を見下ろしクスッと笑う。


その時

『敵がいるぞっ!敵がいるぞっ!』

行久の胸に付けていた正義の味方バッジの警戒音が鳴り響く。



「え・・・?」
行久は時計を見る。


AM7:07




「まさか・・・悪の手先91号って・・・・・・」
行久はぼんやり琴子を見つめる。


「私よ・・・正義の味方さん・・・」
恐いくらい優しく微笑み行久に口付けする。
長い口付け・・・その間行久は抵抗も出来ずにされるがままになっていた。

唇を解放されても何の言葉も発することが出来ずただ琴子・・・悪の手先91号を見つめていた。





悪の手先91号は行久の頬を愛しそうに撫でて言った。
「本当に・・・恐いくらい愛してる・・・」

2001.7.5

最終章へ⇒

次回最終章!『正義の味方』です。やっとここまで来た〜(泣)もう少しだけお付き合いください!!
しかし・・・4章は後で激しい修正をするかも(汗)