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正義の味方C


「・・・幸せそうな顔しちゃって・・・」
琴子はクスッと笑う。

琴子が帰って来ると、いつもは行久のお出迎えがあるのだが今日はなかった。
おや?と思い里奈の部屋を覗いてみると・・・里奈と一緒に熟睡している行久発見。
里奈のベッドの傍らで幸せそうに寝ている行久を起こすのは忍びなかった琴子は
そっと部屋を出ようとした・・・が、
「・・・ぁれ?・・・あ、琴子さん」
琴子の気配で起きてしまった。

「あ、ごめんね。起こすつもりなかったのに・・・」
「いえ、まだやらなきゃいけないことあるし・・・琴子さんお腹空いてませんか?」
「たくさん食べてきたから大丈夫よ」
「じゃ、お茶でも入れましょうか」

目を擦り、部屋を出て行く行久の背中を見つめ琴子は笹岡の言葉を思い出す。

『惚れた・・・・今のお前に』

相変わらず思ったことをポンポン口に出す人よね・・・まったく。
そんなことを考えて・・ふと思う。

もし、私が強行突破しなければ・・・行久と私って今頃どうなっていたのかしらね・・・。

「琴子さん。今日何食べたんですか?」
琴子の思いなど知るわけもない行久がのん気に言った。
「フランス料理のフルコース、ワイン付き!」
「良いなぁ〜」
笑いながら羨ましがる行久。
琴子は少しうつむいて言った。

「行久が作る夕食の方がずっと美味しいわよ・・・」








欲しくて欲しくてたまらなかった、あたたかな私だけの場所・・・
その場所を見つけて私は強くもなったし・・・・・・・弱くもなった。
もうこの場所なしでは強い自分でいられない。
・・・だから時々・・・・・・不安でたまらなくなる。










次の日

夕方・・・仕事が一区切りついたのでフロアにある休憩所で缶コーヒーを飲んでいた琴子。
休憩所にはジュースの自販機と2つテーブル席がある。

「今日も残業かな・・・」
琴子はため息を付きボソッと呟いた・・・。

「今日のうちにじゃんじゃん仕事片付けて下さいね!川野課長!」
誰もいなかったはずの休憩所に響いた明るい声。

いつのまにか入ってきていた明日香がニコっと笑った。

琴子は明日香の顔を見て目を細めた。

「え〜と・・・確かあなたは・・・ゆき・・・・・夫の同期の・・・・」
「川村明日香です」
ああ・・そうそうそんな名前だったわね・・・結婚式でやたら私を睨んでたっけ・・・
などと思いながら明日香を見つめる。


「課長!お願いがあるんですが・・・」
「何?」
「明日の金曜日私達同期会やるんですけれど、旦那様にも是非出席してもらいたいんです!
・・・同期会って言っても単なる飲み会なんですけどね!昨日誘ったら断られちゃって・・・
課長の方から勧めてもらえませんか?」
琴子は頬杖をつき淡々と考えた。
要するに明日は早く帰って家から行久を解放しろってことね・・・。

「いいわよ。言ってみる。たまには外で羽伸ばしてもらわないとね」
琴子はすんなりOKした。
明日香は次に言おうとしていた台詞を琴子にとられ肩透かしをくらわされた。

「さてと、じゃあ頑張って仕事をしますか!」
琴子は立ち上がり軽く伸びをした。
明日香の横をすり抜け休憩所を出ようとした。

その時明日香が言った。
「私川野君のこと好きだったんです」
そんなこと言うつもりなかったのに自然に言葉が出ていた。

琴子は振り返り明日香の顔を見て微笑んだ。
「知ってたわよ」
余裕の笑み。少なくとも表面上は・・・。
そんな琴子を見て、明日香はその微笑みをどうしても崩してやりたくなった。

「私・・・明日酔って具合が悪くなる予定なんです。川野君に送ってもらおうと思って」
琴子は何も言わず明日香を見ていた。
明日香も琴子から目をそらさず言葉を続ける。

「課長がやったことと同じ状況を再現しようと思っています」
せっかく立てた計画、こんなこと課長に言ったら川野君を参加させるわけがない・・・
再現どころか計画じたいがおしゃかだ・・・と思いながらも言葉が止められなかった。


でも、琴子の反応は意外なものだった。
「なるほどねぇ・・・・やっぱり噂になってたのね・・・・まぁ、隠しもしなかったしね・・・」
クスッと笑い、言葉を続けた。

「いいんじゃない?やってみれば」






明日香はしばらくの間何も言えず琴子を見つめた。
自分の旦那を誘惑しようとしている女に対しての返答とはとても思えず
「え?本当に良いんですか?」などと確認を取りたくなる明日香だった。

そんな明日香を尻目に「ま、頑張ってね」と言って休憩所を後にする琴子。




明日香は出て行く琴子の背中を見て心の中で叫んでいた。
『そんな余裕を見せられるのは今のうちですよ!!この勝負、絶対勝ってやる!』
明日香は琴子に『余裕』があるからあんな言葉を言えるのだと思ったのだ。











自分の席に戻り仕事を再開しようと書類を広げる琴子・・・・でも頭の中は仕事のことなんか
考えていなかった。

『私・・・・バカだ・・・・』琴子は小さなため息をついて目を閉じた。

『いったい自分は何をためそうとしているのか・・・・』
琴子は自分の中にある不安と焦りを感じていた。
今だけじゃない・・・・行久と会ってから初めて感じた気持ちだ・・・・琴子はぼんやりと思い出す。


行久と会って目が離せなくなり・・・その気持ちは止められなかった。
誰と話しているのか、誰に笑いかけているのか・・・何が好きなのか誰か好きなのか
全てが気になった。
そんなことばかり考えるようになって初めて知った感情。


大好きだから嫉妬してしまう。

大好きだから不安になる。

信じているのに相手の気持ちを確かめたくなる。

昔はそんな感情わからなかった。

そんな感情醜いものだと思っていた。

でも今は・・・・・・・・わかる。



私は強くない・・・・・・・ねぇ行久・・・知ってる?
私、行久のことになると・・・すごく弱いのよ・・・。
私がどれくらいあなたのことが好きか・・・知ってる?




『私のこと嫌い?』
『・・・いえ・・・・・好きです・・・・』
あの夜、あなたは焦って困惑しながらも
はっきりと言ってくれた。

でも・・・


ずっと・・・自信がなかったんだ・・・・
ずっと・・・はっきりとした『証拠』が欲しかったんだ・・・
あなたが誰よりも私を愛していてくれるという『証拠』。


琴子は自分の気持に嫌悪する。
人の気持ちを試す・・・琴子が最も嫌う行為。



でも止められない。





















「飲み会?断りましたけど・・・」
夜遅く帰宅した琴子の夕食の支度をしながら行久は言った。

琴子は帰って来てすぐに明日香に頼まれた通り行久に話をしたのだ。

食卓に夕食がならんでいくのを見つめ琴子は言った。
「たまには行久も遊んできなさいよ!大丈夫、明日は早く帰ってくるから」
「でも・・・そんなにすごく行きたいってわけじゃないし・・・」
行久は確かに少し行きたいとは思っていた。
毎日の生活で子供達とそのお母さん達とのお茶会は結構あるが
飲み会なんてものはないし、久しぶりに年賀状だけのやり取りしかしていない
みんなにも会いたいような気もしていた。
でも長いこと会ってないし話も合いそうにないから気が重くもあった。

「どうしようかなぁ・・・」
迷っている行久に琴子は微笑みながら言った。
「行ってきなさいよ・・・みんな喜ぶわよ」

行久は少し「う〜ん・・・」と考えて
「じゃあ・・・行ってみようかな・・・」と言った。

「楽しんできてね」
「はい」
琴子の言葉にちょっとだけ嬉しそうに笑って言った。




『ごめんね・・・行久』心の中で詫びる。
琴子はうつむきながら夕食を口に運んだ。
いつも美味しい行久の料理。でも今日の琴子には味がわからなかった。
2001.7.4