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正義の味方A


PM7:00
・・・・琴子が懐かしい喫茶店の扉を開けると1番奥の席に笹岡は座っていた。
琴子を見つけると軽く手を上げレシートを持って琴子のもとへ歩いて来た。

「出よう。店予約してあるんだ」
そう言って清算を済ませさっさと店を出てしまった。
琴子は軽く肩をすくめ苦笑いした。
『変わってないわねぇ・・・』ちょっと懐かしい感覚にクスッと笑った。



高層ビルの最上階にあるフランス料理のお店。
夜景の良く見える窓側の席での食事。贅沢だなぁ・・・と琴子は声に出さずつぶやいた。

「何考えているんだ?」
ぼんやりしている琴子に笹岡が微笑みながら言った。

「旦那と子供・・・今頃何食べているのかなって思って」
琴子も微笑む。
「子供いるんだ」
「ええ・・・女の子」
琴子は笹岡を見ながら言った。
「竜雄、結婚は?」
「してない。付き合った女はたくさんいるけどな・・・」
「ふーん・・・」
「お前結婚してもやっぱり仕事辞めないな。共働きか・・・」
「ううん・・・旦那が主夫やってるの!」
笹岡は琴子の言葉にクスッと笑い「なるほどね・・・」と言った。

「旦那ってどんな奴なんだ?」
微笑を消さずにいたが目はとても真剣で・・・笹岡は質問した。

琴子は少しうつむき穏やかな声で言った。
「・・・とても優しい人」
「へぇ・・・会ってみたいな・・・琴子を捕まえた男だもんな・・・」
「私が彼を捕まえたの。結婚申し込んだのも私の方」
笹岡は琴子の言葉を聞き、一瞬目を見開き・・・ゆっくりと言った。
「・・・正直驚いてるんだよ・・・・お前は結婚しないと思っていた・・・結婚より仕事を取ったんだからな・・・・」




琴子を真っ直ぐ見つめ・・・言った。
「俺に足りなかったものは何なんだ?」












琴子と笹岡はお互い25歳の時に知り合った。
その日、琴子は仕事で小さなミスをしてしまい上司から「これだから女は・・・」と
ネチネチ嫌味を言われたのだ。
怒られるのはミスした自分が悪いのだから当然だ。でも「女」を引き合いに出されたことが
気に入らなかった。当時琴子の会社ではまだ総合職の女性は少数だった。琴子は
その数少ない総合職だった。


夜・・・小さなバーのカウンターで一人「不機嫌」という文字を顔に貼り付けて
水割りを飲んでいた。


「美人が台無しだな・・・」
突然右隣に座っていた男に声をかけられた琴子。
この時の琴子には男は全部敵にしか見えず男を睨んで見た。

その男が笹岡だった。

これが2人の初めての出会い。

初めは「嫌な奴!」と思い無視していたがそれでも懲りずに話し掛けてくる笹岡。
耳に入ってくる笹岡の話はとても可笑しなものばかりで我慢しきれず思わず笑ってしまったのだ。

何度かその店で顔を会わし・・・2人は恋人同士になった。


笹岡は自信過剰の一歩手前というくらいいつも堂々として自信に満ちていた。
弱みなど決して見せない男。
笹岡は一流企業のサラリーマン。かなりの野心家のようだった。
当時の琴子も仕事にかけていたので笹岡と一緒にいると、お互い「負けるもんか!」という
ライバル心みたいな気持ちと、一緒に走っている仲間のような気持ちとが混在し
そんな関係がとても好きだった。

・・・ただ・・・疲れもした・・・。
笹岡には弱みを見せたくなかった。
いつもそれなりに緊張していた。


それから4年間付き合った。

「結婚して欲しい」
4年目に、出会ったバーで飲んでいる時に言われた笹岡の言葉。
琴子の答えは「NO」だった。

それどころか別れ話を切り出した。

理由を問い詰められたが「仕事の方が大事だから結婚なんて邪魔」としか
言えなかった。

本当の理由は・・・もう一緒に走るのが辛かったからだ。

笹岡のことは愛していた。
けれど限界だったのだ。



琴子自身もその時にはよくわからなかった自分の気持ち。ただ限界を感じ疲れていた。




そして・・・別れた。





その時には認めたくなかった感情。
今ならわかる。弱い自分。

疲れた時、弱音を吐きたい時、立ち止まって・・・ただ優しくして欲しい時
笹岡にはそんな自分の気持ちをどうしても素直に出せなかったのだ。
笹岡は甘えさせてくれただろう。けれど琴子の方が「笹岡に甘える自分」を許せなかったのだ。
結局最後まで笹岡には・・・強い自分しか見せられなかった・・・。






















琴子はワインをひと口飲み静かに言った。
「あなたに足りないものなんてなかったし、愛してもいた・・・・・・ただ、
私が走れなくなったのよ・・・」

笹岡は少し首を傾げた。
「よくわからん・・・」
「竜雄、私のこと強い女だと思う?」
「ああ」
「実はねぇ〜・・・すごく弱いのよ・・・私」
琴子ニッコリ笑い・・・・その笑顔は優しい微笑みに変わる・・・。
「私見つけたの・・・・・・ずっと欲しかった場所」
時折自分の心を襲う寂しさの正体を教えてくれた人。
愛されたかった自分を教えてくれた人。

欲しくて欲しくてたまらなかった、あたたかな私だけの場所。

「それが旦那の腕の中」

琴子の、そんな言葉と表情を見て笹岡が言った。
「変わったなぁ・・・・お前・・・・・」






食事も終わり・・・のんびりと駅までの道を歩いていた。
笹岡はタクシーで送ると言ったのだが琴子は断った。
何となく無言のまま歩く2人・・・・と、笹岡が足を止めた。
2〜3歩、歩いてからそのことに気が付き琴子も足を止め振り返る。

「どうしたの?」
キョトンとして笹岡を見る琴子。

笹岡はしばらく琴子を見つめ・・・言った。



「惚れた・・・・今のお前に」





琴子は目をまんまるくして・・・・笑った。
「何バカなこと言ってんのよ!私、結婚しているのよ?」



笹岡は笑いながら言った。
「わかってる・・・ただ今の気持ちを素直に伝えただけだ」
そう言ってまた歩き出した。
「ほれ、駅に向かうぞ。帰るのが遅くなる!旦那と子供が待ってるんだろう?」
琴子の横をすり抜ける笹岡。



琴子は立ち止まったまま笹岡の背中を見ていた。





















その頃川村明日香と島本佳代は居酒屋で飲んでいた。
明日香はどうやって行久を飲み会に引っぱり出すかの作戦を練っていた。
色々話し掛ける明日香の言葉を聞きながら佳代の心は別のことを思っていた。



入社してすぐのこと・・・行久の行動や言葉に佳代は「川野君って優しい奴だねぇ・・・」
と、深い意味はなく言ったことがあった。
その時一瞬辛そうな顔をした行久に・・興味を持った。

行久が言っていた言葉・・・。
『自分がそんな人間じゃないって知っているからだよ』

何故行久がそんなことを言うのか・・・・佳代は知ることが出来た。

偶然知ることが出来たのだ・・・・・・。


入社して1ヶ月は社内研修を受ける日々が続いた。
同期は男6人女5人。
残業もなくて金曜日などはみんなで飲みにも行ったりした。


その日も退社後みんなでワイワイしゃべりながら飲み屋に向かっていた。


集団の後ろの方を歩いていた行久と佳代。

前から歩いてくる女性が行久の横を通り過ぎる瞬間
行久はその女性の顔を見て足を止めた。
女性の方も行久の視線に気がつき足を止め振り返った。


同期の集団から行久は取り残され佳代だけがそのことに気がつき立ち止まった。

少し離れた所で佳代は行久達を見ていた。




行久は・・・何も言わずただその女性を見つめていた・・・。
先に話を切り出したのは女性の方だった。
「川野君・・・久しぶりだね・・・」
微笑みながら言った。とても優しい笑顔で・・・年上だとは思うが・・・可愛い女性だった。

「浅子さん・・・・」
行久の方の表情は固かった。とても辛そうな顔をしていた。

「川野君・・・元気だった?」
「・・・はい」
「私・・・・結局あの時謝れなかったから・・・今言うね・・・ごめんね・・・嘘ついて」
少しうつむきながら浅子がそう言うと行久は首を横に振り慌てて言った。
「いえ・・俺の方こそ・・・・」
そこから先の言葉は言えなかった。言えないままうつむいた。

浅子は顔を上げ行久を見つめて静かに言った。

「川野君・・・私今幸せよ・・・・」
行久はその言葉を聞いて顔を上げ微笑んだ。
「彼と結婚したんですか?」
浅子は頷きニコっと笑った。

「じゃあ私・・・行くね・・・」
浅子はもう一度笑いクルっと向きを変え、歩き出した・・・・・その後姿を行久は見つめていた。
・・・と、浅子は突然立ち止まって振り返り行久に向かって言った。


「私・・・あなたに会えて良かったと思っているわ。昔も今も・・・」
行久は・・・少し驚いたような表情になり悲しそうに微笑んだ。
浅子は歩き出し、もう振り返りはしなかった。



佳代はそんな2人を見ていて動けなかった。
もう同期連中は遠くに離れていた。

しばらくその場で彼女の去った後を見つめていた行久・・・佳代はその背中を見つめていた。


肩をすくめ振り返った行久と佳代の目が会った。


その時の行久の顔が今にも泣きそうな寂しいものだったので佳代は動揺した。



「あの・・・島本さん。俺、帰る。悪いんだけどみんなに先に帰るって伝えてくれる?」
無理して笑っている行久。
・・・・・・佳代は帰ろうとする行久の腕を反射的に捕まえていた。


「島本さん?」
少しビックリした行久にかまわず佳代は言った。
「飲みに行こう!!」
「でも・・・」
「いいから!」

強引に腕を引きながら同期連中が進んでいる方向とは逆の方へ歩き出した。



「あの・・・みんなに言ってこなくて平気かな・・・」
「そんなこと心配しなくていいわよ。それより川野君の方が心配」
「へ?」
言われたことがわからずキョトンとする。

「さっき・・・死にそうな顔してたわよ」











佳代は小さな居酒屋を見つけ行久と入っていった。




佳代はどこか頼ってしまいたくなるような雰囲気を持っていた。
落ち付いていてじっくりと話を聞いてくれそうな・・・安心感をあたえる。
実際佳代は聞き役になることが圧倒的に多かった。

決して意見を押し付けるのでなく佳代なりの考えを返してくれる。
みんなそんな佳代を信頼していた。



この日一緒にいたのが佳代でなかったら行久も話さなかったかもしれない。

酔っていなかったら決して話さなかっただろう。




店の隅の2人用の小さな席に座った。
佳代はさっきの女性のことについて問い詰めようなんてこと考えてはいなかった。
ただ・・・あのまま行久を帰したくはなかった。


1時間もしないのに、行久はかなりの量のお酒を飲んでいた。

テーブルには空になったとっくりが数本乗っかっている。



そして
行久がぽつりぽつりと話し出した。

「さっきの女性・・・窪田浅子さんっていうんだ・・・あ、今は高橋浅子さんかな」
名字を言い直してクスッと笑う。


「・・・昔彼女のこと傷付けたんだ」
日本酒を一口飲んでため息を付いた。







「俺、彼女から逃げ出したんだ・・・・・・・」
2001.7.1

(ちょこっと後書き)イメージ変わらないと良いなぁ・・・行久の・・・次回・・・1番大事なお話です。