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「琴子さん。今年はいつ頃夏休み取れそうですか?」
珍しく定時で仕事を終えた琴子・・・なので3人で仲良く夕飯を食べていた。
本日のメニューは手巻き寿司。

琴子は行久の質問に少し考えてから答えた。
「まだわからない・・・でも1週間きっちり取るから大丈夫!!」

行久は里奈にたまごの入った手巻き寿司を作ってあげながら微笑んで言った。
「今日お義母から電話があって今年はいつ頃来れるのって言ってました」

夏休みやお正月は泊りがけでお互いの実家に顔を出しているのだ。


2人の両親は里奈が可愛くて可愛くて仕方がないらしく、顔を見れるのが待ち遠しいのだ。


琴子はお味噌汁を飲み、ふぅ・・・と美味しそうなため息をつき言った。
「決まったら私が電話する・・・」

琴子はクスッと笑う。
心の中で・・・『私も変わったわよね』・・・・・と穏やかに思う。

親に反発し家を出た琴子。
一応連絡先だけは伝えたけれど琴子の方からは一切・・・電話一本しなかった。
ごくたまに・・・心配してかけてきた母の電話にもそっけなく・・・冷たく突き放し電話を切っていた。

それが行久と出会って・・・変わった。

結婚しようと決めた時、琴子は両親には事後報告・・・ハガキ1枚で済ませるつもりだった。
結婚式もしなくてもいいかな・・・と考えていたのだ・・・。

「だめですよ。俺はきちんと挨拶しに行きたいです」
琴子の考えに行久は反対した。

行久にそう言われると・・・琴子としても自分の気持だけ押し通すわけにもいかなかった。


そして会いに行った。家を飛び出てからずっと帰っていなかった実家。
行きの電車の中で・・・行久はとても緊張していた。そして琴子も違った意味で緊張していた。
行く前に電話で結婚することは伝えていた。
電話の向こうの雰囲気を探った。行久との年齢差もあるのだろうが
家柄がどうのとか・・・経歴を気にするに決まっている。反対するに決まっている。
・・・そう琴子は決め付けていた。

そういうことになったら・・・戦ってやる!!・・・と琴子は心の中で拳を握り締めていたのだ。


でも・・・実際は・・・あっけなかった・・・・。





「娘さんを私に下さい!」
緊張気味に頭をさげて言った行久。



「娘をよろしくお願いします」

琴子の両親は静かに言った。
・・・後は・・・信じられないような家族の団欒・・・。
気まずい気持ちを引きずっていた琴子・・・その団欒になんとなく居心地の悪さを感じていた。
自分の家なのに・・・・琴子は苦笑いした。

一方行久は馴染みまくっていた。琴子は『さすが行久だわ・・・・』と呆気に取られながらも感心していた。
行久が母親と話しこんでいる時に・・・父親が琴子にだけ聞こえる小さな声で・・・言った。

「おめでとう」





父も母も・・・そして私も・・・時間が流れて・・・気持ちが変化して・・段々丸くなったのか・・・
寂しくなったのか・・・・・・穏やかだ・・・。
きっかけが・・・欲しかったのかもしれない・・・。
歩み寄れる・・・きっかけ。

「琴子さん、お義母さんが漬けたぬか漬け美味しいですね〜!」
嬉しそうに笑う行久に・・・・・・・・・・・・・・感謝した。

そんなことを思い出していた時
「あっ!!」
・・・と、行久が急に声を上げた。
琴子と里奈はビックリして行久を見つめる。

行久は困ったように琴子を見つめ・・・言った。
「正義の味方の仕事があるから・・・泊まりに行けない・・・」

琴子は一瞬あっけに取られて・・・笑い出した。

「だったら今年はうちに遊びにきてもらえば良いじゃない!!そんな顔しないでよ」

こんなふうに行久と一緒にいられる時間はいつも穏やかで・・・・幸せだった。

『でも・・・何でかしらね・・・時々・・・不安になるのは・・・・』
琴子はそう思い行久を見つめた。




そして夏が過ぎ・・・・季節は秋になっていた。

正義の味方

第4章
琴子と行久と正義の味方


「琴子!琴子じゃないか?」
取引先との打ち合わせのため先方の会社へ向かう道すがら後ろから声をかけられる。
『何よ、急いでるのに・・・!』と心の中で文句を言い振り返る琴子。

人が行き交うオフィス街。人を避けながらその男は歩いて来て琴子の前に立った。
声の主を確認し、目を丸くする。

「竜雄!!」

笹岡竜雄。41歳。琴子と同い年。背が高くがっちりとした体つき。メガネをかけていて
その奥にある瞳は、とても鋭いものだった。威圧感がある男・・・・この男と琴子との
関係は・・・・。


「久しぶりね・・・」
少し困ったように微笑む琴子。
対する笹岡はとても嬉しそうに笑って琴子を見て言った。

「何年ぶり・・・・12年ぶりかな・・・」
「そうね・・・・・」
「ちょっと喫茶店にでも行かないか?話がしたい・・」
「仕事中!ダメよ・・・」
「じゃあ今夜飲みに行かないか?」
「だめ。旦那が待っているもの」

琴子は左手を笹岡の顔の前に突き出し指輪を見せた。

笹岡は一瞬驚いた表情になり・・・ニヤリと笑う。

「・・・結婚したのか・・・・こりゃ驚いた!!」
『そりゃ驚くわよね・・・・あの頃の私しか知らないしね・・・あなた』と琴子は思う。

笹岡はちょっとため息をつき気を取り直すかのように言った。
「でもちょっと飲みに行くくらい良いだろ?昔待ち合わせてた喫茶店でPM7:00な!待ってるぞ」
笹岡はそう言って返事を待たずに琴子の横をすり抜け歩き出した。

琴子は振り返り笹岡の背中に言葉を投げかける。

「ダメだったら!!行かないからね!!」
笹岡はそんな琴子の言葉をまるっきり無視し人ごみに消えていった。

















電話が鳴る。お風呂の掃除中だった行久。必死で電話の前までたどり着く。

「はい。川野です。・・・あ、琴子さん。どうしたんですか?・・え?・・・あ、はい。わかりました。
あんまり飲みすぎないで下さいね!」
受話器を置く行久。
居間でテレビを見ていた里奈が行久の所にかけてくる。
「おでんわだれでしたか?」
「ママからだよ。今日ママ遅くなるんだって」
「おしごとですか?」
「お友達と会うんだって」

そう言って行久が風呂掃除に復帰しようと歩き出したとき。
またも電話が鳴った。



「はい。川野です」
『川村です。川村明日香です』
「あ、お久しぶりです」

川村明日香。29歳。行久が会社に入社した時の同期。大きな瞳と少しポチャッとした頬。
美人というより可愛い感じの女性。昔、いつも元気一杯の彼女は社内で、男性社員の人気の的だった。

行久が会社を辞めた後も同期で集まって飲み会などがある時など連絡をくれた。


「今週の金曜日・・・明後日ね、同期で集まって飲み会するの!川野君もどう?」
行久は 辞めてから5年も経つのに毎回誘ってくれるのは嬉しいと思いながらも
1度も参加したことがなかった。

「ごめんね。参加出来ないよ・・・」
今回も・・・申し訳なさそうにお断りした。
「え〜!!・・・やっぱりダメかぁ・・・・」


ガックリと肩を落とし明日香は携帯電話を切った。

会社の屋上のベンチ。明日香は足を組んで座っていた。

「・・・あんたも懲りないわよね・・・・」
隣に座っていた同じく同期の島本佳代がため息混じりに言った。
島本佳代。29歳。髪は短いショートカットで化粧もうっすらとしているのみ。
さばさばとした性格の持ち主だ。

明日香は佳代を軽く睨みながら言った。
「・・・・・・結婚したからって・・・・可能性がまるっきり無いわけじゃないわよ!!」

『川野君に限っては可能性は無いわね・・・・・もっとも・・・正攻法で攻めた場合は
・・・だけれど・・・』佳代は心の中でそう思い、明日香は・・・
多分何かしらの罠でもしかけるんだろうということもわかっていた。

佳代は入社当時、男性社員に『可愛くて明るい』と人気があった明日香のことを冷めた目で見ていた。
明日香が計算高い女だということはすぐにわかった。

欲しいものは何でも手に入れたがる・・・我侭な面があった。


佳代は明日香のことを冷めた目で見ていたものの・・・嫌いではなかった。
自分の気持に忠実・・・というか、自分が幸せになるために必死な明日香が・・ある意味
可愛く思えたりもした。・・・もちろん佳代自身に被害が及ばないように気をつけて付き合っては
いたが・・・・。

佳代は呆れたように言った。
「いくら男にふられたからって・・・何で川野君にいくかなぁ・・・」
明日香はうつむき低い声で言った。

「違うの!!川野君結婚してから何人もの男の人と付き合ったけれど・・・だめなの!!本気になれないのよ!
・・・・・やっぱり・・・川野君じゃなきゃダメなのよ!」
・・・・男にふられるたびに明日香はそう言った。
付き合っていくうちに明日香が本気でないことが相手の男にもわかり、ついでに
10匹くらいかぶっていた猫をどんどんはがしていっちゃって・・・
そこには優しさも愛情もなくて・・・・
いつも『君は俺のことが好きなわけじゃないんだね・・・』と男達は去っていくのだ。

明日香の気持ちは行久にあった。

だからこそ辞めて5年以上経つ行久に同期で飲み会があれば必ず連絡をいれていたのだ。

明日香は・・・入社当時から行久のことが気に入っていた。
軽く堕とせると思って好き好き光線出してことあるごとにまとわりついていたのだが
・・・・・行久は明日香の気持ちに徹底的に気がつかなかった。

それが明日香を本気にさせた。こうなったら実力行使で手に入れてみせる!!・・と
思った矢先・・・・・琴子との結婚話。


しかも噂で、忘年会の出来事を聞いた時は・・・・悔しくてトイレで泣いた。



明日香は立ち上がり曇った空をキッと睨む。

『待っててね!!川野君!あなたは私との方が幸せになれる!!』

明日香の瞳は燃えていた。


佳代はそんな明日香の背中をぼんやり見ながら思い出していた。

『川野君ってさぁ・・・何で『優しい』とか言われると・・・・辛そうな顔するの?』
佳代の質問に困ったように微笑んだ行久。

『自分がそんな人間じゃないって知っているからだよ』

佳代の胸がかすかに痛んだ。

ズキン・・・・・。


ヤッバイなぁ・・・・私も同じ穴のむじな・・・・か・・・。
佳代は小さなため息をついた。
2001.6.28